殺し屋と少女
花火太
◆殺し屋と少女の出会い▼
この世で一番汚ねえものは何だと思う?
金か?
戦争か?
環境か?
国か?
いいや違う。
この世で一番汚ねえもの。それは
人間だ。
人間って生き物が存在しているからこの世は汚ねえんだ。見てるこっちが気持ち悪くなるくらいに、人間っていう生物は汚ねえ。
まあ、俺もその汚ねえ人間な訳だが。
さて問題だ。
今、目の前に糞より臭え人間のゴミがいるとする。俺の手には拳銃。その銃口は目の前で鼻水と涙を垂れ流すおっさんがいる。
さあ、この後人間嫌いの俺が取る行動は?
答えは簡単。難しく考える必要なんかねえ。
「答えは……撃つ、だ」
甲高い銃声が寂れた路地裏に鳴り響いた。
脳天をブチ抜いた銃弾は頭を貫通して後ろの壁に嵌っている。
風穴が空いた頭から、脳漿と血と、薄桃色の脳味噌がべチャという音を立てて溢れた。
噴き出した血と脳漿が僅かに顔にかかる。
「おえ、気持ち悪りぃ……」
くっそ……何が好き好んでおっさんの脳味噌拝まなきゃいけねえんだ。頭じゃなくて心臓にしときゃよかったな。
まあ後の処理は片付け屋にでも頼めばどうにでもなるか。スーツにかかんなくて良かったぜ。
昨日仕立てたばかりのスーツの胸ポケットからマールボロを取り出して火を付ける。ずっしりと重い煙が喉を通り薫りを残す。
「ーーふぅ……あぁ、面倒くせぇ」
煙草を指に挟んだまま、ポケットからスマホを取り出す。指で操作しながら奴の番号を探す。
通話開始ボタンを押し、何度か呼び出しコールが耳元で鳴る。
『……もしもし』
「片付け屋か、処理を頼みたい。場所はーー……」
いつも通りの日常。いつも通りの生活。その裏側で行われる、いつも通りじゃない日常。いつも通りじゃない生活。
表も裏も、この世界は汚ねえ。反吐が出そうになるくらいに、人間って生き物は汚ねえ。
そんな汚ねえ人間を殺す俺も、汚ねえ人間だ。
俺は人間が嫌いだ。嫌いで嫌いで、正直自分すらも嫌いで仕方がねえ。
名前なんか随分と前にその辺の便所に捨ててきた。仕事柄も相まってか、裏の業界の奴らには『
呼び方なんかどうでもいいんだが。仕事で初めましての野郎共に哀れな目で見られるのは納得いかねえ。脳天に風穴開けたくなってくる。
「……ああ、それで頼む。報酬は明日にでも」
そう言って通話終了のボタンを押す。
片付け屋は基本的に仕事以外の事を口にしないから話が早くて助かる。運び屋の野郎は無駄な事しか喋らねえから口を縫い付けたくなる。
今日の仕事はこれで終わり。これからどうしようかと悩んでいると、鼻先に冷たいものがポツリと当たった。
「ちっ、雨かよ……」
いつの間にか頭上の空はどんよりとした雲に覆われていた。様子を見る限り、これから本降りになりそうな感じだった。雨粒が器用に煙草の先に当たり火を消化する。クソ不味い煙を吸って思わず蒸せ返る。
「ああ、面倒くせぇ……」
昨日仕立てたばかりのスーツが台無しだ。
雨が強くなる前に帰ろうと、俺は少し駆け足気味で帰路に着いた。
▼▼▼
この世で汚いものは何でしょうか?
お金ですか?
戦争ですか?
地球の環境ですか?
国ですか?
いいえ、違います。
この世で一番汚いもの、それは
人間です。
人間は心が汚いです。
外見が汚い人間もいれば、内面が汚い人間もいます。
女の人を『SEXがしたい』という目でしか見ない卑猥な男。
男の人を『自由な時にお金を貰えるATM』としか見てない女。
そんな人たちだけではないでしょうが、皆んな人間は汚いと思います。
無論、私も例外ではないですが。
さて、ここで問題です。
今、目の前で私の中にたっぷりと汚い白濁液を流し込んだ私の父が寝てます。睡眠薬を仕込んだビールをアホのように飲んでいたので、これから半日はこのままでも起きる事は無いでしょう。
その隣で起きている私の手には、力の弱い私でも簡単に喉を切れるナイフがあります。
さあ、人間がとても嫌いな私は、次にどうするでしょう?
答えは至極簡単です。悩む必要なんてありまさん。
「答えは……刺す、です」
ドス! っとくぐもった音を鳴らして、私の握ったナイフが父の首に吸い込まれていきました。刺した部位から大量の血液が溢れ出して、顔や服を真っ赤に染め上げました。
今、この私の姿を見た人は『
ナイフから力を抜いた後も、死体となった父の首からはドロっとした真っ赤な血がベッドを汚しています。
これからどうしましょうか……?衝動的にとはいえ、私は実の父親を殺してしまったのです。私、まだ十歳なのに、殺人犯になってしまいました。
父親の親族なんて死んでも頼りたくありませんし、だからと言って身寄りがあるわけでもありません。詰まる所、私は今崖っぷちに立たされているのです。
ああ、何ということでしょうか……。近親相姦を繰り返す父を殺して解放されたと思ったら、次は生きるのが難しくなってしまいました。これでは父に犯されていた方が楽に生きていけたのでは無いかと錯覚してしまうほどです。
「とりあえず、家から出ましょうか……」
特に行く宛がある訳でもないのですが、私は家を出る事にしました。着替える服もありませんから、返り血を浴びたままの服で街に繰り出しました。
幸いな事に、外は雨が降っていました。血濡れた髪がベトベトして気持ち悪かったので、洗い流されて少しスッキリしました。
ラッキーは重なって、今日は人が殆どいませんでした。何か行事でもある訳ではないのに、街にいる人は数人を見かけるのみでした。
雨が強くなる前に何処か休める場所を探そうと、私は少し駆け足気味で今日の野宿先を探しに始めました。
◆◆◆
ああ、最悪だ。スーツは雨でベットベト、お気に入りだった革靴も中まで水でグシャグシャだ。これじゃ靴はパーだな。新しいのを探すしかなさそうだ。
今日の運勢『運命的な出会いがある! お気に入りの靴を履いて出掛けましょう!』を少し信じた俺が馬鹿だった。所詮俺も騙されやすい人間だな。
「はぁ、面倒くせぇ。本降りになってきやがった」
さっきまで小雨だった雨は、今は地面で弾けて薄い霧を漂わせるくらいには激しく降っていた。今年頻繁に起こるゲリラ豪雨というやつだろうか。
雨宿りに丁度いいバス停を見つけ、濡れたスーツと靴を脱ぎ捨てベンチに放り投げる。雨も暫く降りそうだし、ああ、今日はついてねえ……
「ーーはぁ………………………………あん?」
煙草に火を付け煙を吸っていると、俺の足元で頭から赤ペンキを被ったんじゃねえかというほど服を真っ赤に染めた少女(ガキ)が立っていた。
真っ白な白髪に宝石のような蒼い瞳。十歳程度の下の毛も生え揃ってないようなちんまりとした子供だった。
こういう輩には関わらない方が吉だとつくづく痛感している。俺は無視を貫こうと側にあったボロいベンチに腰掛けた。
「………………」
「………………」
俺がベンチに腰掛けると、少女も俺と同じようにベンチに座る。一体何がしたいのかサッパリ分からなかった。第一、俺は子供が一番嫌いだ。泣けば何でも許してもらえると思ってる糞ガキが大嫌いだ。
ジジッ、と燃焼材が燃える音がやけに大きく聞こえた。雨音がベニヤ板の屋根に当たり大きな音を響かせる。隣の少女は何が楽しいのか、ベンチに座り宙ぶらりんになった足をブンブン振っていた。
「…………」
「…………」
よく見れば、少女の身体には幾つかの青痣があった。子供が普通に遊んでいればつくことのない大きな青痣。首の付け根や腕、太股など、様々な箇所に青痣が浮かんでいた。
虐待か?
………待て待て、何を考えているんだ俺は。こんなガキの事なんざどうでもいいだろう。子供に関わるとロクな事が起こらねえって事は身を以て体験してるだろ。
「…………」
「…………」
「…………殴られたのか」
「…………」
「…………」
「…………うん」
「…………そうか」
あああああ!? 何で話しかけてんだ俺!? ばっかじゃねえの!?
内心で思わず絶叫した。今まで子供に関わる仕事でいい思い出なんか一つもねえ。仕事の邪魔されるわ拳銃壊されるわ靴汚すわで良いことなんか一つもねえのに、
どうして俺はこの少女に話し掛けた?
「………家(うち)、来るか?」
「………うん」
同情か? この少女に、俺は同情してこんな事を言ってんのか?
だとしたらそれは途轍もなく残酷な嘘だ。
同情からは何も生まれやしない。傷の舐め合いをしていれば、いつか痛みは麻痺して人間として屑になる。ただでさえ汚くて塵も同然の人間が更に堕ちたら生きてる価値すらなくなる。
なら何故、俺はこの少女を家に来るよう誘った?
「……ああ、綺麗だな」
気付けば雨は止んでいて、雲の狭間からは太陽が輝いていた。濡れた葉っぱや屋根が太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
その中で、雨に濡れた少女が楽しそうに俺の前を歩く。
ああ、そうか。そういう事か。
俺は、俺がどうしてこの少女を助けたのか、少しだけ理解する事ができた。
俺は、この日初めてーーーー
人間を綺麗だと思ったんだ。
▼▼▼
不思議なお兄さんに出会いました。
名前も知りませんし、この人がどんな仕事をしているのか分かりません。
でも、何故でしょうか。私はそのお兄さんがとても綺麗に見えました。
人間を汚いものだとしか思っていなかったのに、そのお兄さんだけはとても綺麗に見えたのです。
「…………」
「…………」
「…………殴られたのか」
「…………」
「…………」
「…………うん」
「…………そうか」
お兄さんの声はとても優しい声でした。
年齢は二十歳くらいでしょうか?黒い髪に真っ赤な瞳が印象的で、何処か悲しい雰囲気のお兄さんでした。
「………家(うち)、来るか?」
「………うん」
あら、何という事でしょうか。お兄さんは見ず知らずの私を自分の家に誘ってくれました。
何処から来た誰かも分からない女の子を家に誘うなんて、意外と大胆なのでしょうか?
でも、これで何とか数日は生きて行ける希望を持てます。精々上手く利用させて貢がせて、そして最後はーー
「ねえ、お兄さん」
「あ?」
ああ、でもそれじゃあ勿体無いですね。どうしてでしょうか、大人は皆んな嫌な人ばかりだと思っていました。このお兄さんも、私の身体目的で家に連れ込もうとしたのだろうと一瞬考えが頭を過ぎりました。
でも違いました。私を見るお兄さんの瞳は嘘も、下心も、一つもありませんでした。先を行く私を見て何か呟いていたお兄さんに、私は満面の笑みで言いました。
「いつか私をーー殺してください」
これは、私とお兄さんの歪んだ恋の物語。
殺し屋のお兄さんと、小さな少女の不思議な物語。
そして、お兄さんが私を殺すまでの、お兄さんと私が歩んできた軌跡。
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