地獄は此処より

「うごおお!」

 茉莉歌の反撃に、狼狽する教授。


「今だ! コータ!」

 リュウジが叫んだ。


「いけえ!」

 コータが教授に狙いを定める。


 そして、


 ジュッ!

 茉莉歌を捉えた教授の触手を、コータの撃ち放った熱戦パルスレイが直撃、触手を根元から焼き切った!


「茉莉歌!」

 落下する茉莉歌をキャッチして、リュウジと共に研究室から飛び出すコータ。


 その時だ。


「ありがとう…… 」

 懐かしい声が、茉莉歌にそう語りかけてきた。

 お母さん……! 彼女は目を見開いた。

 遠ざかっていく教授の内側から、茉莉歌だけに聞こえてくる声。

 母親の、水無月結衣の声だった。


「お母さん!!!!」

 茉莉歌が叫ぶ。

 コータの小脇に抱えられながら、母を呼ぶ茉莉歌のその目から滂沱の涙。


「おごおおおおおおおおおお!!!」

 慌てて手榴弾を飲み込んでしまった教授が、もんどりうった。


 そして、次の瞬間。

 チュドーン!


 内側から風船のように膨れ上がって、爆発四散、教授の肉体は粉々になって研究室全体にまき散らされた。

 研究室の壁が崩れて、部屋に、冷たい夜気が流れ込んできた。


  #


「これは、一体……?」

 重い体を引きずって、エナがようやく研究棟の最上階に辿りついた時、彼女が目にしたのは、号泣する茉莉歌と、彼女の肩を抱くリュウジ。

 そして、死闘の緊張から解放されて、メタルマンスーツを着たまま床にひっくりかえっているコータの姿だった。


「みんな……大丈夫?」

 三人の元に駆け寄るエナに、


「ああ、エナ。君のおかげだよ」

 エナに気づいたコータが床から起き上がり彼女を向いた。


「色々あったけど、どうにかみんな無事だった。終わったんだ……」

 両親を失った茉莉歌を、姉と義兄を失ったリュウジを悲痛な面持ちで眺めながらも、


「それにしても……」

 正常に戻った様子のエナを見て、コータはホっとした顔でエナにそう言った。


「まったく酷い恰好だなぁ、エナ!」

 血塗れの彼女の姿に、呆れ顔のコータ。


「こ、これは……仕方ないでしょ! コータさんたちを守るためだったの!」

 エナが、口をとがらせた。


「でもよかった……。みんな無事で、コータさんも……」

 エナが、コータを見てクスリと笑った。


「エナ……!」

 コータの胸に、熱いものが込み上げてきた。

 あの日会って以来、はじめて、彼女が笑ったのだ。


 でも……


 一瞬、コータの顔が曇った。

 彼は教授がリュウジに吐いた言葉を思い出していた。

 『世界が終わる』…………。

 それが本当ならば、理事長の努力も、エナを救いたいというコータ達の願いも、両親を救おうとした茉莉歌とリュウジの戦いも、そしてコータ達を助けるためのエナの奮戦も、全て、無駄だったということか?


「エナ、聞いてくれ……今、ここで……!」

 コータがエナにそう話しかけ、


「ん? どうしたのコータさん?」

 エナが再びコータの顔を見た、まさにその時だった。


 ズバッ!


「ぐおおおおおおおお!」

 コータが、苦悶の叫びを上げた。

 突然、コータの胸部から、メタルマンスーツの装甲を引き裂いて、鋭い刃物が飛び出してきたのだ。


 ブウウ!

 コータの口から、真っ赤な鮮血が溢れた。


 そして、

 コータの背後、爆破された研究室の奥から、ズルズルと異形の影が這い出してきた。


「言っただろぉぉおおお! バックアップにも、気を使っているってぇえええ!」


 なんということだろう。

 研究室から現われたのは、大槻教授だった。

 『宇宙の秘密』の知識を手にした彼は、常識では計り知れない方法で自身の生命を『バックアップ』していたのだ。

 そして爆発四散した肉体を寄せ集めて、今ここ再び研究棟に肉体を成してたのである。

 だが、教授の集めた『補助脳』は既に失われ、彼の半身からはズルズルと蠢く醜い蛸足の塊が露出していた。


 再生を果たした教授が、先端から医療用メスを生やした蛸足で、コータの背中から胸部を串刺しにしたのだ!


「ぐぼおああああああ!!」

 苦痛にその顔を歪ませて、コータは床にうずくまった。

 真っ白なリノリウムのその床には、みるみるうちに真っ赤な血だまりが広がっていく。


 ズルン。

 教授がコータから、触手を引っこ抜いた。

 そしてメタルマンスーツの胸部装甲が、無残に砕けて床に散った。


「コーターーーー!」

 リュウジが叫ぶ。


「コータさん、そんな!」

 エナもまた愕然。

 コータに駆け寄っていく、リュウジと茉莉歌のその目の前に、


「私の計画! 私の計画~~! 絶対に許さんぞ貴様ら! 全員まとめて引き裂いてやる!」

 憤怒の形相で、大槻教授が立ちはだかった。

 その顔面は、まだ肉体の再生が追いつかないためか、半分欠け落ちて、露出した灰色の脳髄までもがフルフルと怒りに震えていた。


 エナは、血を流してうずくまっているコータを見た。


  ――傷は、深い。

   ――もう助からないよ。


 エナの中の『誰か』が、彼女の内に巣食った混沌カオスが、楽しげにエナにそう告げた。


「ふぅぅぅぅうぅうううううううううう!!!!」

 エナは、貌を覆った。


 彼女の中にかろうじて残っている最後の理性のタガが、今、溶けて無くなろうとしている。



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