第5章 妖都疾走

出立の夜

 夜が更けた。


 崩れかけた校舎の中庭の花壇に、物部老人の愛用していた猟銃が、銃口を下向きに突き立てられている。

 猟銃の前には、白い糸のような煙を立てた線香が供えられていた。


「物部さん、今はこれが精一杯ですが、正式なご葬儀はいずれ必ず……」

 理事長が、墓標に手を合わせて泣いていた。


「すみませんでした……。私が至らなかったばっかりに……!」

 間接的とはいえ、彼の娘が物部老人を死なせたのだ。

 後悔と心労で、一夜にして理事長の髪は白髪となっていた。


「炎浄院さん……」

 理事長の背中からそう声が聞こえて、彼が振り向くと、リュウジが一人立っていた。


「如月君、君にも、色々苦労をかけたな……。水無月君や雨君には本当に済まないことをしてしまった」

 肩を落としてリュウジにそう理事長。

 リュウジは再び、いたたまれない気持ちになった。


「実は、こんな大変な時に申し訳ないんですが、学園を、出ようと思うんです!」

 そう切り出したリュウジに、


「なんだって!?」

 理事長の目が驚きで見開かれた。

 リュウジは理事長に、姉の結衣のメールの事を話した。

 そして、事実を確かめるために、単身新宿に向かうつもりであることを。


「新宿……! 危険すぎる、自殺行為だ」

 理事長が驚いて彼を引き止める。


「炎浄院さん……今確かめておかないと、一生後悔する気がするんです」

 リュウジは理事長に言った。


「確かに世界は、この先どうなるか分かりません。でも、茉莉歌には約束したんです! 絶対にあいつの両親を見つけるって、それに……」

 リュウジは、聖痕十文字大学に研究室を構えていた恩師、大槻教授おおつききょうじゅのことを考えていた。

 あの朝、彼は世界の秘密を求めたはずだ。はたして無事だろうか。


「やはり、新宿には何かがある。そんな気がするんです、もしかしたら、娘さんを助ける方法も見つかるかもしれない!」

 理事長はリュウジを見た。

 リュウジの眼には、決意の輝きがあった。


「……男なら体を張れか……。わかった、如月君」

「ありがとうございます。俺が戻ってくるまで、茉莉歌の事を頼みます!」

 理事長にそう言うリュウジだったが、


「だめだ……如月君。私には請け負えないよ」

 理事長が、悲しそうに首を振った。


「私は無能な男だ。お預かりした生徒とご家族を、大変な危険にさらしてしまった。物部さんも……」

「炎浄院さん……」

 リュウジは言った。


「あなたが来てくれなかったら、俺と茉莉歌は恐竜に食べられていました。他の生徒やご家族だって、一緒です」

 今しかないのだ。

 失意の理事長に、せめて自分の感謝の念と、今の思いを伝えたい。


「あなたは、俺達を守ってくれた。どんなに結果が不条理で残酷でも、その一点は真実です!」

「…………!」

 理事長の背筋が伸びた。


「わかった、如月君。水無月君は当校で責任をもってお預かりしよう」

 理事長はそう言った。


「その必要はないよ、おじさん!」

 背中から声が聞こえて二人が振り向くと……


 そこには、茉莉歌が立っていた。

 いつからだろう? 二人の話を立ち聞きしていたのだ。


「私も新宿に行くからね。リュウジおじさんだけじゃ頼りないもんね」

 茉莉歌が自分を指さしてそう言った。


「茉莉歌ちゃん……駄目だ! 危険すぎる!」

 狼狽するリュウジに、


「学園で一体何を学んだの? おじさん、『願い事』は組織化されるほど有効に機能するのよ。一人よりも二人の方が、ずっと安全でしょ。それに……」

 彼女は譲らなかった。


「お父さんと、お母さんのこと、自分の目で本当の事を確かめたいの。結果がどうであっても!」

 何かが吹っ切れた茉莉歌が、一気にリュウジにまくしたてる。

 彼女の決意もまた固かった。


「俺も行くぜ」

 コータが、ひょっこり顔をだす。


「リュウジはヒョロくて弱っちいからな、戦いには、タフなおとこが必要だろ? それに『これ』もまだ使えそうだし……」

 コータは校庭で拾い集めた、バラバラになったメタルマンスーツを指差して言った。


「茉莉歌、コータ、お前ら……!」

 リュウジは理事長を見た。

 理事長は無言で頷いた。


  #


「本当にいいのかい? 鳳君、君の商売道具だろ?」

 焼き鳥の移動販売車『てば九郎』を前に、リュウジが鳳乱流おおとりらんるに言った。


「三人で移動に使えそうなのは、こいつくらいでしょ? 力仕事にも使えるし、それに……」

 乱流らんるが答える。


「進呈するなんて言ってません。『貸す』だけですからね。絶対に無事に戻ってきて下さいよ如月食糧相! 商売道具なんだから!」

 乱流がリュウジの手を握り、別れの挨拶をする。


「鳳君……! ありがとう! らんらん!」

 感極まったリュウジが、勝手に変な仇名を付けて彼をハグハグした。


「時城君……」

 理事長が、コータに言った。


「君とは色々あったが、あの時は娘のことを……うれしかったよ。済まなかったな……」

「エナさんの事、何とか助けたい……! 絶対に、何とかします!」

 コータが力強く答えた。

 理事長はだまって頷いた。


「よし、出発だ!」

「いくぜ、リュウジ!」

「行きましょう、おじさん!」


 ブルルルルル……


 リュウジが『てば九郎』のアクセルを踏む。

 暗闇の中、三人をのせた『てば九郎』は、一路新宿をめざして聖痕十文字学園をあとにした。


  #


 新宿への道のりは平坦ではなかった。

 三人は、道中で様々な冒険に巻き込まれた。


 リュウジは、ロリコンを憎む妖怪国際連合のベアード事務総長に捕まって、十字架のかけられて火あぶりにされかけた。

 間一髪でロリコン魔女裁判から逃れた彼を待ち受けていたのは、超絶の秘術で各々の銀河帝国領地を収めていたオーバーロード達の小競り合いだった。

 彼ら『冥府門業滅十魔王めいふもんごうめつじゅうまおう』の一人、『冥条琉詩葉めいじょうるしは』に一目惚れされてしまったリュウジは、魔王衆の恋のパワーゲームに巻き込まれて地獄の恋愛曼荼羅を見た。

 リュウジに横恋慕の美少女魔王衆、『裂花れっか』がジェラスメラメラで放った刺客の数々が、リュウジを襲った。

 彼は前宇宙の巨大怨霊惑星『ヨミ』を蛹として羽化した魔眩蝶『プレトリアス』の人喰い麟粉に食べられそうになったり、高次元からアクセスした生物に片端から浸潤同化して爆発的に増殖する精神寄生系吸血凌辱魔『グリューン』の超恒星系捕食網に巻き取られそうになったり、銀河の中心にある暗黒監獄から解き放たれた破星黒龍『アンカラゴン』に焼き殺されそうになったり、この世界とは1/2スピンの小さい粒子で構成された『影の国』一恒河沙の臣兵が互いに殺しあって、最後まで生き残った十二の人外魔将『魔影剣十二獄将まえいけんじゅうにごくしょう』と戦うはめになったりした。


 コータは、それから何度も夢の中で、彼を魅入ったエナに連れられて、南極を横断する巨大山脈や、その高次に広がる平原を探検した。

 『平原』は、地上のあらゆる人々の見る夢に接続されていた。

 蒼穹に飛来した浸宙昆虫軍団『ドレッド・バガー』、第十二世代航宙一等軍艦『ドゥラエモフ』百億隻の大艦隊と、『ブラックホールモーター』を駆動系に用いたアストロノミカル・ユニット・ロボ『バスター・アルティメス』の一個師団が、草原から立ち出でた超時遍在獣性『キバ一族』、真死法調停者『ネオノミコス』、邪宗門『グランドオーダー・オブ・オリエンタル・トワイライト』の魔屍導師たちの鋳造した『シュバルツァイス・ファウスト』、邪導戒律執行機械『ミートボールマシーン』と戦端を開いた。

 幻夢郷で始まった電波大戦に否応なく巻き込まれたコータを護り、誘い、王道へと導いたのは、白銀の剣を振り楯を取った緋衣のベアトリチェ。エナだった。


 茉莉歌は、中部国際空港セントレアで繰り広げられた、ゆるキャラバトルロワイヤルから逃走してきた異端のゆるキャラ『るなっしー』の逃避行に巻き込まれた。

 彼を憎む日本全国のゆるキャラが、おかしな武器とおかしな技で二人の命をつけ狙い、るなっしーが屠ったゆるキャラの数は九百匹に上った。

 追跡の手を逃れ、おかしの国に潜伏した二人は、キノコ派とタケノコ派の血で血を洗う抗争に巻き込まれて、双方から改宗を迫られた。

 両派の諍いは日毎にその規模を拡大していった。

 ついにキシリトールの野で全面衝突した両軍の戦いは、まさに熾烈を極めた。

 最後の決戦は、その機体に555基の太陽炉ドライブを搭載したタケノコの塊『ファイズオーライザー』が、キノコ軍を焼き尽くす凄惨なものだった。

 タケノコの勝利は目前だった。しかし彼らの諍いを物陰から窺う、第3の邪悪な勢力があった……。


 けれどもこれは別の物語。いつかまた、別のときにはなすことにしよう。

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