第5章 狂戦士 4

「リオン、フィリスが戻ってこない」

 歩哨に立っていたリオンの元に、アーダがやって来てそう告げた。

 突然の言葉に、リオンは言っている意味が、最初分からなかった。

「どういうことですか?」

 訝しげに、リオンは尋ねた。

「それが……わたしと一緒に休んでいたのだが、ふらりとどこかへ行ってな。それきり戻ってこない。所用かと思ったから、声をかけなかった」

 リオンの顔から視線を逸らし気味にして、アーダは言いずらそうに口にする。

 アーダは、王太子――兄殺しをした元闘魔種の契約グランターであったフィリスを、憎んでいる。だから、フィリスとのちょっとしたコミュニケーションが疎かだった。そのため、一緒にいながらフィリスがどこへ行ったのか分からないのだ。

「そんな、王女様が僕に見張っていろって言うから、フィリスから離れたのに。ちゃんと見ていないだなんて」

 リオンの口調は、責めるものとなってしまう。

「フィリスとて、もう子供ではない。自分のことは自分でできる。いちいち口出しするのはどうかと思ったのだ」

 顔を赤らめ、アーダは王女としてアザレア騎士団団長としての威厳を纏い、口調を厳めしくしてリオンの詰問を躱そうとする。

「まだ、フィリスは子供です。一一歳ですよ。なのに、僕たちがちゃんと見ていないでどうするんですか!」

「うっ――」

 リオンの剣幕と正論に、アーダは言葉を詰まらせた。

 責任の一端は自分にあると、本来根が素直なアーダは分かっている。

「姫様に何て口の利き方をするの?」

 近くにやって来たルナがリオンの言葉を聞き咎め、きつい口調で注意してきた。

 その後ろには、ジゼルもいた。

「リオン殿、落ち着いてください。誰のせいということはありません。フィリス殿が、わたしたちの元からいなくなるなど、考えてもいませんでした」

 物腰の柔らかいジゼルが落ち着き払いそう言えば、リオンを含む皆聞く耳を持つ。

「そ、そうだ、リオン」

 責任を感じているアーダは、幾分狼狽えながらも態度を取り繕う。

 淡褐色ヘーゼルの瞳を、リオンは若干白ませた。

狂戦士バーサーカーを生み出したことで災厄の巫女と呼ばれても、やはり元契約闘魔種には愛情があるのだろう。みすみす、わたしたちの手で殺されることが忍びなかったか」

 態度を元に戻したアーダは、自分の考えを口にする。

「フィリスは、災厄の巫女なんかじゃありません」

「言葉の綾です、リオン殿」

 ジゼルは、琥珀色アンバーの瞳に静謐さを宿させ、やんわりと言った。

「いちいち、姫様に突っかからないで」

 きっと、アーダに忠実なルナは、リオンを睨んだ。

「アーダ様も、もうフィリス殿のことを許されても構わないのではありませんか?」

 理知的な美貌を和らげ、ジゼルはアーダを見遣った。

 暖かな雰囲気を、ジゼルは滲ませている。

「分かってはいるのよ。でも、どうしても許せない!」

 青紫色ヴァイオレットの瞳に激しさを浮かべ、珊瑚色の唇をアーダはきつく引き結ぶ。

 リオンとしても、アーダの気持ちが分からなくもなかった。理性と感情の釣り合いがとれないのだろう、と。

「リオン殿。あなたは、フィリス殿と契約した闘魔種です。精神を研ぎ澄ますのです。身に宿した神聖核ホーリーコアをグランター――フィリス殿と繋ぐのです」

 冷静にジゼルは、どうすべきか指示を出す。

「えっと、どうすれば……」

 ジゼルの言葉に、リオンはまごついた。

「グランター――フィリスを感じるのよ」

 ルナが当然のように言った。

「先ずは、落ち着いてお座りください。リオンどの」

 苦笑を浮かべ、ジゼルが地面を示した。

「はい」

 言われるがまま、リオンはあぐらをかき腰を下ろした。

「目を閉じて、意識を研ぎ澄ませるのだ。フィリスを思い浮かべろ」

 アーダが、指示を出してくる。

「はい」

 リオンは、言われるとおり目を閉じた。

 神聖核ホーリーコアを感じ、フィリスと繋がろうとする。その途端リオンは、フィリスの思いを考えてしまう。元契約闘魔種であるランヘルトを、フィリスは今でも思っている。瞬間、繋がろうとした聖気が消えた。邪念に邪魔をされ、リオンはフィリスと繋がることができなかった。

「駄目だ……」

「もっと、自分のグランターのことを思いなさいよ」

 リオンの様子に、ルナが叱咤してくる。

「あれほどわたしに楯突くほど大切なグランターなのだろう。リオンならできる」

 様々な思いはあるのだろうが、アーダもそうリオンを後押ししてくる。

 リオンは、よけいな思いを振り払った。ただ、フィリスだけを思う。

 ――フィリス……。

 リオンの意識は、深く沈み込んだ。

 途端、神聖核ホーリーコアが発する聖気が、何かと繋がった感触を得る。リオンの身体が、白い光を宿した。

 リオンの意識は、空を飛んだ。

 まるで意識の目が、フェリオスを駆け抜けているかのようだ。

 そして、ある場所で止まった。

 見えるのは外界と繋がる一層南門近くの塔。

「あれは、歓迎の塔……」

 その塔の名前が、リオンから漏れた。

「そこか」

 アーダの青紫色ヴァイオレットの瞳が、鋭さを帯びる。

「フィリスは、そこに――歓迎の塔にいます」

 意識を身体に戻したリオンは、顔を上げアーダたちを見た。

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