咽たいのに咽れない僕たち
三色アイス
序章 デイアフタートゥモロー
第1話 とある戦場1
崩れかけたビルの窓からスコープ越しに見下ろす先に小さい移動物体がいる。
上部に軽機関銃とグレネードランチャーを装備したウェポンラック。
小さな可変クローラでゆっくり移動しながらウェポンラック後方上部から飛び出た複合センサーを左右に振っている。
おそらく警備モードで稼動しているのだろう。
自動戦闘機械、いわゆるロボット兵器だ。
地上用無人兵器としては小型サイズだ。
通称ワームと呼ばれているシリーズの物だろう。
民間用ではテイザー銃や催涙ガスなどを装備していたらしいが、軍事基地である以上装備は殺傷兵器だろう。
恐らく7.62mm弾の軽機関銃と口径45mmのグレネードランチャーだと思う。
対人用で開発され広まった5.56mm弾だが、強化服の出現で火力不足に陥った。
特撮のメタルヒーロー系コンバットスーツみたいな外見の素体スーツですら間接部等の弱点を狙わないと碌にダメージを与えられないのだから仕方無い。
装甲を追加した機装兵だともうお手上げになる。
俺はスコープから顔を離し、射撃姿勢をといてあぐらをかいて座った。
「コマンド、カウントダウン表示」
小さく口の中でつぶやく。
視界の隅に数字が表示される。
作戦開始までまだ10分強ある。
1本位吸えるか。
フルフェイスのヘルメットの左右のこめかみ近くのリリーススィッチを押す。
空気の抜ける様な音がしてメットのマスクとバイザーの部分が数ミリ前にスライドした。
それを両手でつかむと顔面から剥がし傍らに置く。
そして強化服の腰の部分につけたサイドポーチからタバコとライター出す。
作戦中は吸えなくなる。
あまり時間があるわけじゃないが楽しもう。
俺の名は霧風 烈。
冒険者だ。
今回のミッションはギムリー空港を中心に空挺部隊の駐屯地や対空陣地を配置した空軍基地、エリア21が舞台だ。
前の大戦で破壊され放棄されたエリア21だが、兵器開発工場が無人で稼動しているとの情報が入った。
どうやら施設の管轄の違いから電源等が独立しており、今まで稼動していたらしい。
しかし、エリア21自体は大規模な攻撃で大戦の初期に放棄されて廃墟となった為、誰も近寄らなくなっていた。
それで今まで分からなくなっていたらしい。
まあ、不発弾等の可能性もあるし、冒険者でもなければ近寄らないだろう。
そう、この世界の冒険者にとってはこういった廃墟こそが活動の舞台だ。
大戦の影響で技術の内容にもよるが、10年から20年は後退してしまった。
そんな現状、状態の良いジャンク品の回収を生業とするのが冒険者だ。
危険は多い。
稼動中の自動戦闘機械や警備システム。
バイオナノマシン兵器の暴走によって誕生したミュウタントモンスター。
そして、こちらの装備を奪おうと襲い掛かる強盗達。
そんな危険に硝煙と爆炎を撒き散らし立ち向かうのが俺達冒険者だ。
一定年数以上の軍隊経験により予備役兵の資格を持ち、政府より一定の兵器所持、使用の許可を得て、更に賞金稼ぎの資格も与えられた存在。
それが冒険者だ。
残念ながら、そこらのゴロツキにはなれない。
そこがファンタジー小説との大きな違いだ。
むしろゴロツキが襲ってくれば自衛行動が許されてるし、一定の逮捕権もある。
遺跡(廃墟)あさりに商隊護衛に賞金稼ぎ。
大戦で荒れちまった世界の困った事を解決する何でも屋だ。
何でも屋、その意味ではファンタジー小説と一緒。
それ故の冒険者という名前なのだろう。
「インフォメーションメッセージ、ミッション開始3分前」
メットの耳もとのスピーカから女性の声がした。
タバコは吸いおえた。
マスクと一体になった網膜投影スクリーン付きバイザーを再びメットに装着する。
そして射撃待機姿勢に戻る。
「コマンド、モードVC継続、周辺脅威走査開始。
トラックナンバー割り振りはデフォルトの脅威設定順。
ミッション開始のカウントダウンは10秒前から音声。
マーク」
ささやく様に小さくつぶやく。
「周辺走査を開始。
トラックナンバー割り振り。
01から04を設定。
01へ誘導します」
再び耳もとのスピーカーから音声が聞こえる。
同時にスコープ内の視界の隅に矢印が表示される。
そちらに少し視界をずらすとワームの一体がいた。
先ほどの音声とスコープ内の表示は傍らに立つ直径300mm、高さ500mmの円筒からのレーザー通信によるものだ。
観測ユニット。
観測手(スポッター)と呼ばれる狙撃手のサポート役の代わりを務める機械だ。
ゴルゴダの丘の13番目の男や都市のハンターをはじめとする多くのフィクションの狙撃手は大抵単独で行動している。
まあ、彼らの背景を考えれば仕方ない、演出的にも。
しかし、現実の軍隊の狙撃手はスポッターと呼ばれる観測手とコンビを組むのが普通だ。
スコープの中だけしか見えない狙撃手に着弾位置を伝えたり、次の標的への誘導をしたりといったサポートをするのが観測手だ。
射撃距離を300mを基本とする警察の狙撃手。
軍隊の特殊部隊の狙撃手は900mだ。
しかも戦場で敵はこちらの都合どうりは動いてくれない。
過去の湾岸戦争で狙撃距離のレコードが更新された時、その距離は1000mを越えていた。
そんな長距離狙撃では初弾がスコープ内視界に着弾するだけでも奇跡の域だ。
そうなると狙撃手に着弾位置が分からない場合もある。
そこで観測手なのである。
そして、技術の進歩により、AI搭載の高度な複合センサーを搭載した観測手の
ロボットとして観測ユニットが登場したのだ。
むしろ人間の観測手よりも優秀な場合もある。
高性能な機種だとレーザーセンサーで距離だけでなく、大気中のチリの動きで風速を精密観測したり、レーダーやサーモグラフィや赤外線スコープまで併用できたりする。
特に風速は大きい。
通常は狙撃手のいる場所で風速計を使って観測された数値で射撃調整をする。
しかし、標的との距離があれば標的のいる現地では観測された風速、風向きと違っていることもあるだろう。
それを観測し、射撃調整に自動で反映してもらえる。
それどころか、弾道中の全ての風速、風向きまで反映できる機種さえある。
勿論、値段が上がるし大型化してしまうが。
俺の使用している観測ユニットは軍で標準採用されているモデルで、性能そこそこ、値段もそこそこといった物だ。
最新鋭では無いが現用で払い下げ等で市場にも多くでており、部品やオプションの入手も容易で使いがっての良いモデルとなっている。
「インフォメーションメッセージ、まもなく十秒前。
カウントダウンを開始。
10、9、8、7、6、5、4、3、2、1」
「コンバットオープン」
そうつぶやくと同時に引き金を引いた。
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