第9話 阻まれた恋路

『行ってきます』

俺はいつもより早く家を出た。すると母さんが、

『今日はいつもより早いのね。どうかしたの?』

『ちょっと用事があるんだ』

用事というのは、佐久野が家から出てくるのを待つことである。しかし、そんなこと言えるはずがないので用事と言った。

『そうなの。行ってらっしゃい。気をつけてね』

母さんは軽く頷いて手を振った。

『うん、わかった!』

そう言うと俺も手を振り替えし、佐久野の家に向かった。


しかし、俺がいつも学校に行く時間になっても佐久野は家から出てこなかった。

『どうして出てこないんだ?』

時間が過ぎていく。そして、もう行かないと遅れる時間になってしまった。

『仕方ない、行くか…』

そう呟いて俺は学校へ走って向かった。

念の為に、常に身の回りの警戒は怠らなかった。

例え歩行者信号が青でも、横から車が突っ込んでこないかも確認した。


学校に着いて、教室に向かった。

階段を上り終わり、曲がったところで誰かとぶつかった。

『いたっ!』

互いに声が出た。顔を見ると、名前は知らないが隣のクラスの人だった。俺が、すいませんと謝ると相手は顔を少し下げて無言で走っていった。

恐らくこれも不幸なんだなと少し思いながら、俺は教室のドアを開けた。そして自分の席がある方を向くと驚いてしまった。すでに佐久野が自分の席に座っていたのだ。

どうやら佐久野はもっと早い時間から来ていたようだ。


佐久野は窓から外を見ていた。寂しそうな顔をしていた。俺のそんな佐久野の顔を見るのが辛かった。

そして、俺は席に着くとすぐ佐久野に挨拶をした。

『佐久野さん、おはよう』

佐久野は俺の方を向きニコッと笑うと、おはようと言って、またすぐに外の方に顔を向けた。顔は見えなかったが、横から見る佐久野もやはり寂しそうに見えた。

しかし、この場で全てを話そうとは思わなかった。話すなら二人だけの時がいい。そう思った俺は、佐久野と放課後に会う約束をするために話しかけようとした。だがその時、

『おはよう、新瀬!』

俺はびっくりして思わず、わっと言ってしまった。そして振り向くと、そこには羽野がいた。昨日と似た展開である。

『お、おはよう。びっくりするじゃないか』

『すまん、すまん。その方が面白いかなって思ってさ』

『何だよ、それ』

『とりあえず挨拶はきちんとしないとな。じゃあ頑張れよ!』

そう言うと、羽野は笑いながら戻っていった。

『何を頑張れっていうんだ…』

話しかけるタイミングを外してしまった。俺は仕方ないと思い、次の休み時間に話しかけようと思った。


そして、1時間目の授業が始まった。国語の授業だ。しかし、順番に教科書を読んでいくだけで全く面白くなかった。

俺の順番が回ってきた。教科書を手に持ち読もうとした時、前に座っている段坂琉依(だんさかるい)が突然、続きを読み始めたのだ。すると先生が、

『段坂さん。次は新瀬君ですよ』

『え!?』

段坂は振り向いて、ごめんなさいと言った。俺はとても読み辛くなってしまった。ふと佐久野の方を見ると、不安そうな顔をしていた。

そして俺は続きを読み、そのまま無事授業は終了した。


俺は佐久野に話しかけようとした。しかし、

『佐久野さん』

前に座っていた段坂が、先に佐久野に話しかけたのだ。何を話しているのかはわからなかったが、最後に佐久野が、『ごめんね』と言っているのだけ聞こえた。

また話しかけるタイミングを外してしまった。

『また次の時間か…』

俺はそう呟くと、机に片肘をついて手の上に顔を乗せて座っていた。


そして、次の授業が終わった。

すると佐久野は、急いで教室を出て行ってしまった。どうかしたのだろうか?

しばらくして教室に戻ってくると、荷物を纏め始めた。そして、そのまま荷物を持って行こうとした。その姿を見た俺は、

『佐久野さん、どうかしたの?』

『うん…ちょっと体調が悪いから早退することにしたの』

『え!?大丈夫なの?』

『大丈夫だとは思うけど、一応ね』

『そうなんだ…気をつけて』

『うん、ありがとう。新瀬君も気をつけてね。じゃあ』

そう言うと佐久野は手を振って教室を出て行った。

結局、肝心なことは何も話すことが出来なくなってしまった。俺は席に着くと、

『どうなってんだよ…』

そう言って、手で頭を押さえた。

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