職業は魔法少女!

コウ

第1話 荷物


 遠い日の記憶。


 とある休日の早朝、私はお母さんと二人で、あるテレビ番組を観ていた。

 画面に映し出されていたのは、魔法少女モノのアニメ。

 そのアニメを観ていたとき、お母さんにこう尋ねたことを今でも覚えている。


「おかーさん、どうしてこの女の子たちはたたかってるの? 」

「それはね。街のみんなを守るためよ。そのために悪者をやっつけてるの。」

「へー 」


 どこにでもいる普通の女の子達が、魔法少女に変身し悪者を退治していく。そんなありきたりで安っぽい子供向けの作品。

 だけど幼い頃の私にとって、悪者と勇敢に闘うその魔法少女達は──憧れだった。


「いつか私もなれるかな?強くてカッコいい、みんなを守れるような──魔法少女に! 」



* * *



 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ。

 薄暗い部屋の中で、キーボードを打つ無機質な音だけが響き渡る。

 部屋を唯一照らしているのは、パソコンのモニターから発せられる光のみ。


「よし。討伐完了っと」


 モニターにはQUEST CLEARの文字がデカデカと表示されている。

 ネットゲーム──通称ネトゲ。

 その多くはオンラインを駆使することで、リアルタイムで同じゲームをしている人間と、ゲーム内で交流することができる。

 偏にネトゲと言えど、この世には数多くの種類のネトゲが存在している。

 その中でも私が好んでプレイしているのは魔法を主体としたゲーム。魔法というものは、いつも私の心に夢とロマンを与えてくれる。

 なんだかネトゲの話が中心になってしまったが、私がやるのはなにもネトゲだけではない。ネトゲ以外の市販のゲームソフトをプレイすることも多々ある。無論、魔法が使えるファンタジーもの限定だが。


 私──東崎奏海とうさきかなみは、ゲームが生き甲斐の現役女子高生。ゲームに生き、ゲームに人生を捧げる16歳。

 故に生活のほとんどを家の中で過ごしている。

 世間では私のことを引きこもりのニートだのとのたまっている者もいるが、断固として否定する。

 なぜならば、私はべつに登校拒否をしているわけでもなんでもない。高校を卒業可能な最低出席日数から逆算し、どれだけ休んでも大丈夫かを把握した上で、計画的に休みを取り入れているだけだ。

 さらに言えば、バイトだってしたこともある。三日で辞めさせられたが。

 以上のことから私をヒキニートだと定義するのは間違っている。私はただ効率良く生きているだけだ。


『今回のイベクエも乙でした!』


 と、ゲーム内のチャットに、パーティーメンバーへ向けてそうメッセージを書き込むと、数秒ほどで返事が返ってくる。

 私は適当に別れの挨拶を済ますと、ゲームをログアウトし、パソコンをスリープモードに切り替える。


「あー……流石に20時間ぶっ続けでネトゲは疲れた……。休憩しよ 」


 そんな独り言を呟きつつ、冷蔵庫へと向かうと、中から冷えた麦茶を取り出す。

 コップに注いだ麦茶を飲んでいると、



 ピンポーン。



 と、インターホンの音が豪快に鳴り響いた。


(この前ネットで注文してた新作のゲームソフトでも届いたのかな?)


 そう思い、テーブルの上にコップを置くと、私は玄関まで歩みを進め、扉をそっと開いた。


「お荷物をお届けに参りました-!ここにサインお願いしやーす! 」


 無駄にハキハキした若い宅配の男性が、伝票の丸い破線部分を指差し、荷物と共に手渡してくる。

 私は差し出されたボールペンで、『東崎』と自分の苗字をサッと書いて、宅配の人に無言で差し出す。


「ありがとーございやしたー! 」


 男は一礼するとクルリと背を向け、乗ってきたのであろうトラックへと小走りで駆けて行った。

 私は玄関の扉を閉め施錠を済ますと、受け取ったダンボール箱を自室まで運び込む。


「さてと、早速中身を拝見するとしますかね 」


 ダンボール箱を開こうと意気込んだその時、ふと箱の上部に貼りつけられた宅配伝票が目に入る。

 そこには見覚えのない名前が書かれていた。普通ならば私の名前が書かれていなければおかしい箇所に、別の人物の名前が書かれていたのだ。

 私は開こうとしていた両手を引っ込め、伝票を凝視する。


「誰、これ?」


 さらに依頼主の項目の欄にも、聞き覚えのない企業の名前が書かれている。そして品名の欄には、生物と二文字だけ記されていた。


「ナマモノ? 」


 新作のゲームソフトではなく、肉でも入っているのだろうか?


「なんだよ。あの宅配のやつ、送り先間違えてんじゃん 」


 最近の若いもんはダメだね。そんなんじゃ社会で通用しませんよ。

 それにしてもどうしたものか。

 宅配業者に電話するというのが確実なのだろうが、電話というものは好きではない。電話だと相手の顔が見えないので、表情も読めず、相手が何を考えているのかが全くわからない。普通に対話するのですら好まないというのに、そんな状況下で一対一で会話をするなど考えられない。

 この線はなしだな。

 もし何もせず黙っていれば、向こうが間違いに気づいて回収に来たりするのだろうか。しかし、その間ずっと他人の荷物を放置しておくというのも気がひける。


「うーむ …… 」


 しばらく思考を繰り広げたところで、私はようやく結論を出す。


「仕方ない。直接届けるか 」


 幸い荷物の本当の受取人の住所は、ここからそれほど遠くはない。この程度なら自力で届けられるだろう。

 願わくば外出などしたくはないが、この際しょうがない。

 このミッションにおいて最大の難関と考えられるのは、受取人に荷物を渡す際、多少の説明をしなければならないことである。普段他人と対話しない私にとって、それは非常に難易度が高い。

 なので、すでに対策法は考えてある。

 ズバリ──インターホンを鳴らさずに、玄関の前に荷物を置いて帰ればいいのだ。

 そうすれば会話することもなく、無事荷物も届けられる。我ながら名案だ。うん。

 そうと決まれば早速支度をしよう。



 簡単に外出ようの服に着替えると、荷物を抱えたまま駐輪場へと足を運んだ。


「これでよし! 」


 ダンボール箱を自転車の荷台に、頑丈そうな紐で括り付け、固定し終えたところで私は満足げに呟く。


「ていうか、これ本当に中に何か入ってんのかね?めっちゃ軽いんだけど」


 荷物を運んでいるときに気づいたのだが、この箱は驚くほどに軽かった。

 肉や魚などのナマモノが入っているのだとすれば、そこそこの重さがあってもいいはずなのだが。

 ささやかな疑問を抱きつつも、私は自転車のサドルに跨り、ペダルに足をかける。


「まあ、いっか。 そんじゃ、行きますかね! 」


 自身の足に体重を乗せ、豪快にペダルを踏む。


 雲一つない、青く拡がる晴天の下。目的地へと向かうため、傾斜の急な坂を下っていく。

 我が街は周囲が山や森に囲まれているため、空気が澄んでいてとても心地よい。これは田舎者の特権と言えるだろう。まあ、外出自体あまりしないから、その澄んだ空気を感じることはほとんどないのだが。


「たまには、こうやって風に当たるのもアリかもねー」


 下り坂を軽快に走りつつ、そんな言葉が思わず口から漏れる。

 しかし、いつまでもルンルン気分で楽しんではいられない。既に坂の中盤を過ぎ、スピードもかなり出てきている。そろそろ速度を落とさなければ、収拾がつかなくなってしまう。

 "もしも"の話だが。こんな爆速で走っている中、ブレーキが壊れるなどというハプニングが起きたなら、私はタダでは済まないだろう。

 まあ、それはあくまで、"もしも"の話だ。そんなことは滅多に起こるものではない。

 そう思い、自信気にブレーキに手をかけたその時──私は背筋にひやり、と冷たい雫が滴り落ちるのを感じた。


「え、ウソ……。ブレーキかからないんだけど…… 」


 尚もブレーキをかけようと必死に手で押し引きするも、一向にスピードが緩まる気配はない。


「ちょ、ブレーキかからないんだけど!かからないんだけど‼かからないんですけど─────‼ 」


 そんなことを叫んでいるうちにも、自転車はさらに速度をグングンと上げていく。今の状況を例えるならば、安全装置をしっかり装着しないまま乗車したジェットコースター。そんな感じだ。

 いや、そんな悠長にたとえ話をしている場合じゃなくて!


「いやいやいやいやいやいやいやシャレにならないって、これ─────‼ 」


 予想外の展開に思考がぐちゃぐちゃになる。ただそのような状況下に置かれながらも、一つだけ確かにわかることがあった。



 ──私、死んだな。

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