不具合 #002
四月四日。
「……というワケなのよん★」
さっき食べたラーメンスープねこまんまが逆噴射の準備を開始する。ステンバーイ、ステンバーイ。
「きゃーん! やっだーん! そんなにジロジロいやらしく見開いたおめめで見・な・い・でぇ〜ん★」
今だけ法律が無くなればいいのに。心底そう思った。
とても簡単に面倒臭く説明しよう。今自分の眼前には、身長190cmはある筋骨隆々な巨漢にピチTを着せてエナメル仕様のホットパンツ履かせて真紅の口紅塗ってロングの金髪カツラ被せて女言葉使わせたような男、と口にしようものなら物凄い勢いで胸ぐらを掴まれそれはもう鬼低いマジトーンで「おんな、だよな?」と性別不退転破壊条約を強いてきそうな乙女野郎がいる。言わずもがなこんな知り合いは居ないし、やはりこの自称乙女も自身を
じゃなくて。
「大体の事情は解った。反比例して納得はできないけどな」
「いやーん、ハンピレイいただきましたー、ちょーリケー★」
神様、無限に武器が製造できる能力をください。
「バグって言ってもぉ〜、様々でしょう? アタシみたいな非の打ち所のないパーフェクトレディも居れば、その"やよい"とかいう小娘みたいなのもそりゃ居るわよん」
毎度の事ながら、どうしていつも
仕事は遅々として進まないが、この異常現象が自分の精神的なものではない事の確認の方がややウェイトが勝り、それでも
お陰で肝も頭も冷えたから仕事に移行できたのだけれど、よく考えたらあいつが存在しなければもっとスムーズだったんだよ。あー、また腹立ってきた。
「じゃあ、やよいの事は知らねーんだな」
「そうよん」
「ふーん……なぁ、家族とかはいんの?」
「いっるわよぉ〜〜! ちょー大家族よアタシんち!」
お前
「もしここでバグが増えたりしたら、お前の家族も出て来んのかな。すっげぇ迷惑なんだけど」
「きゃーん! パパとママが出てきたらそのままお見合いからの披露宴とか考えてるんでしょー! んもー、ハレンチ★」
極力後ろを見ないようにしているのであくまで想像だが、渾身のサイドトライセップスでも決めていそうな口調だ。
「それに、お前じゃないわよ、マコトっていう名前がちゃんとあるんだから」
本名だとしたらナイスだ両親。どっちでもオーケーだ。呼びやすい。
「それじゃあ……マコト、あのな」
「プ、プププロポーズ!? やだわ待って動画撮る!」
不運が重なり偶然と悪魔が握手して撮影機が爆発しますように。心の賽銭をありったけ投げながら振り返ると、掌に収まりそうな小さいカバンから太い指で器用に携帯を取り出そうとしていて、それが、疲弊でもなんでもいいから理由を付けて間違いにしたいくらいに女性っぽく見えてしまったというか、諸事情ありまして全てが面倒になったので撮影拒否をする事なく話を続けた。
「もしここで
携帯のカメラレンズをコチラに向けて真剣な眼差しで画面を見ながら野太い声が答えた。
「知らないわよそんなの」
「やよいは消えちまったんだけど」
「いいわよ昔の女の話は、アタシは過去を詮索したりしないわん」
「ちげーよ! 修正しちまっていいんだな、消しちまっていいんだなって聞いてんだよ!」
「じゃかしゃあオラァ! プロポーズしねぇんだったらとっとと仕事なりなんなり勝手にやりやがれやボケカス! それとも何だ、さっきのビール缶みてぇになるか? あ? いつでもしてやんぞ! ああ!?」
自分の中で何か生きる上ではとても大切な気がするシナプスが外界との交信を断った音がした。目の焦点を自身で調節できなくなったままゆっくりと首を前に戻しマウスを握って、すみません、と答えた。と思う。
あらやだシッケー★アタシってお茶目。そんな言葉が聞こえたような気がしなくもありません。
――今回の
重く低い溜息が体温を下げていく。いやいや落ち込むな、いつも言っているだろう。飲まれるな。一つずつ、一つずつだ。焦るな、集中、集中……。
「おフロ借りていいかしら?」
一発芸・マーライオンやりまーす。口に含んだ麦茶が全て机の上にこぼれた。
「風呂はいんのかよ!」
「入るに決まってんでしょ! レディのたしなみよ! おたんちん!」
今やヒューマノイドだって開発されている時代だ。電子の世界に風呂ぐらいあったって別段、驚いた。物凄く驚いた。
「トイレとおフロが一緒になってるー! きゃーん! お湯になるまで時間がかかる奴ー! サイテー!!」
風呂トイレ別なんてどこのセレブだよちくしょう。さぞ優雅なんでしょうね0と1の世界はよ、まったく。あーぁ、夕方特売の数量限定カップラーメン二十四個入りケースももう売り切れてしまっただろうな。早く終わらせて、屋台のラーメンでも食いに行こう――
「さっぱりんこ★」
「っせぇ」
「やだなにかっこいい、突き放されちゃった。惚れそう……」
長風呂にも程があるお陰で随分解析が進んだ。なるほどな。もうこれも省略していいくらい毎度の事だが、解ってしまえば簡単なもんだ。幾本ものタコ糸を握って両端を何度も捻ったら、どれが正しい両端か見分けがつかなくなる、ちょっと違うかもしれないけどニュアンスはそれと一緒だ。管理棚のような役割をしていた情報が見間違いから入れ替わってしまった事に気が付かず、誤認をそのままスルーしてしまった完全なケアレスミスだ。最短でいけば、これとこの変数を入れ替えるだけで済むかもしれないな。たった一つ情報が逆になるだけでこんなにも異なる。怖い世界だよプログラムって。
「めっかっちゃった!」
何時の間にか隣でマコトが画面を見ていた。こいつ……シャンプー持参かよ!なんかすげーいい匂いとかさせてんじゃねーよ! ぐぇー。
「多分ここだ。こことここを入れ替えるだけで終わるっぽい」
「へぇー、これがアタシなのね」
「知ってたんじゃないのか? まだ信じてねぇけど、自分なんだろ?」
「だったらどうして聞かなかったのよ」
言われてみればそうだ。テンパっておったもんで。
「ま、聞かれても解らないんだけどね、これはホントよ★」
「そんなもんなんすか」
「えぇ。……へぇ〜、理解さえしてくれれば単純で華奢な愛くるしいバグって事なのね★ 見た目も繊細そう、全部アタシにそーっくり、うふふ」
なんだかなぁ。ヘリウムガスでも吸わせて記憶喪失になって姿を見ないようにしていれば、乙女、なんだよなぁ。なんだかなぁ。人生って難しいなぁ。
「なにぼーっとしてんの、もう解ったんならバグじゃないでしょ、早く直しちゃいなさいよ。あ、ビールもらうわよー」
へーい、お好きにどうぞーって、おい! 待て! 二本目ってそれ最後の一本だろ! 慌てて立ち上がり巨漢の肩を掴もうと手を伸ばしたが威圧感のある物体などどこにもなく、どこぞの芸人のお家芸よろしく思い切り空回って床に転げた。甘いようで爽やかなようで酸っぱいような女々しいシャンプーの香りと、いびつに雄々しく潰れたビール缶だけが自分一人では起こりえなかった何かがあった事を物語っていた。
「なんでだよ! まだ直してねーじゃん!」
別に話したい事なんてねーし、心底ウザかったからいいんだけどな。嫌味でも言って突き放さないと何故だかとても収拾がつけられそうもなかった。くだらない掛け合いが心地良くすら感じてきてしまっていた、だとか、友としては申し分なくいい奴だよな、だとか。吐露してしまえばそういう事がよぎっていた事を認めた所で今更どうなる。後の祭りだ、最早捨てるか、忘れるかしかない。至ってシンプルな事ってのはどうしてこんなにもやりにくいんだろう。
――もう解ったんなら
ごもっともだ、ちくしょう。
不具合 #002 修正完了
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