第6話 感動と安堵
窓の外を見るのを止め、横を振り返るとソイツはいた。講義が終わってすぐ、気配を感じていたが、無視していたのだ。何処からともなく気配が現れたのだ。
「いやー今日のエイワス教授は凄かったな!とてもわかりやすく、真摯に生徒に寄り添う感じが今までとギャップ過ぎて私は萌えたぞ!猛烈に萌えた!」
相変わらずのアルセ・リューである。それに加えて、もう一人後ろに人がいた。茶色い髪を肩まで伸ばした奥ゆかしそう、もとい人と会話するのが苦手そうな感じの女の子だ。自信なさげにチラチラとこちらを見ている。
リューは被っている講義が終わると決まって絡んでくる。元気なことだ。
ズイズイと近付いてくる彼女は距離感がバグっているのだ。ところで後ろにいる少女を放置しているが、良いのか?俺、話しかけられないからね?
「うむ、エイワス教授の話しをしようと思ってな?」
「おい、エイワス教授の話しかよ!しまいには多分、泣くぞ!後ろの娘!…はぁ、あれは心境の変化にしてはとんでもない変化、もとい改善だな。何かあったとしか思えんが、興味が無い。講義の内容がわかりやすくなった、もうそれで良いじゃないか」
「死んだ魚の目で授業を受けていた君でもそう思ったのなら現実だったのだろうね。そうだった!すまない!リナ!この子はリナ・クリストファーという友人だ。」
そういうとリューの横から申し訳無さそうに顔を出すクリストファーさん。リス見たいですね、なんて言えない。
「うんん、大丈夫だよ。こちらこそ、ごめんね。二人の間に入っちゃって。はじめまして、西国出身のリナ・クリストファーです。リューの友達です。」
「おい、リュー。なんでお前にこんな常識人の友人がいるんだ…は、はい。神乃です、東欧出身です。はじめまして」
「よ、よろしくお願いします…」
この子は初対面の人と話すのがあまり苦手じゃなかったようだ。同類だと思っていたのに。緊張するよね、そしたら敬語になるよね。そんでもって挨拶で終わる。
「リナは私の友人でとても良い奴なんだ!ところで聞きたいことがあるんだが」
ん?突然、話し出す前にもじもじしはじめるリュー。いつもこんな感じだったら、良いのだが…。いや、こんなふうに話せないか。これぞ、ジレンマ。
「どうした?」
「この前、スモーカー教授に連れてかれたときの事が気になっていたんだ。君、私以外に友達いないだろ?「いや、そんなことな…い」だから、他の人に確認できなくてな。君に聞こうと思って色々とあっちをぶらぶらこっちをぶらぶらしたのに君を見かけるまでが限界だった!」
「お、おう…ちなみに他にも、友達はいる…ぞ?」
いるったらいるんだ…。寮の近所にはたくさん…。
「それもこれも世が悪い。社会が悪い。途中で絶対に何か起こってしまう…。君に友達が私しかいかいないのもそうなんだろう。この前なんて、セリル教授の訳のわからない被験体として薬を飲まされたり、私が通ると学校長室の扉が開きそうで開かないって言われて歩き方を何十通りも試しながら、ランウェイばりに学校長室の前を行ったり来たりさせられたりだとか…。それに…」
さらっと、危ない内容が聞こえたが、セリル教授は何やってるんだ…。そして、俺にだってたくさん友達がいる。バリエーションだってカラフルだし、話しかければ答えてくれる。
それにしても…
「苦労してるんだな、お前」
「そうなんだよ!確かに!君に友達がいないのも大変な苦労だろうけど!もっと私に興味を持って、私の話しを聞いてくれよ!」
「いや、聞いてるだろーが!俺、友達たくさん、い、いるからね!?もう、数え切れないくらいな!」
そう、ミケやクロにタマ、トラジロー。皆、友達だ。だから、俺には友達がいる!餌も上納してる!
「で、本題に戻る」
悲しそうな目でこちらを見ながら、話しを進めようとする。リューに目で訴える。
「…エイワス教授の話しか?」
そう諦めて問う。
「違うぞ!スモーカー教授の話しだ!良いではないか!別に困ることでもないだろう?」
話したくないという気持ちが顔に出ていたのか、それを察して逃げ道を塞いでくる。
「はぁ、困らないがまだわかんないんだよ。研究室の配属の話しでな」
それを聞いて、なるほどというような表情をするリュー。なんか納得したらしい。びくっと横の茶色が髪を揺らす。どうやら、確認したいと思っていたのはリナ・クリストファーさんだったらしい。
「なるほどなるほど!成績優秀者は先にツバをつけられるということだね!で、晴れてスモーカー教授にうち来ないか?と言われて夜な夜な…」
「おおおい!変な方向に行ってますよー?それに、俺は成績優秀じゃない!強いて言うなら中の上!」
「何を言ってるんだ。研究だろ?あそこの研究室は魔導書関連において最強だって噂されてるよ。ふむ、とするとおかしいなー…。そう言うなら下の上くらいか」
しまいには泣くぞ…。
初等教育機関では成績表が配られて、俺いくつだった!と話題になったが、研究機関兼教育機関なので特に張り出される事もない。成績が収められた封筒が休みのうちに寮に届く。つまり、あまり話題にならず、いつの間にか人が消えていくのだ。
「おい、俺は成績表の見せ合いっこなんてしたことないからな。そんな無駄な事する必要もなかったし、勉強で忙しかった」
「うん、なんの話しかな?結局、教授に研究室来ないかって誘われたのか?」
「全く誘われてない。強いて言うなら、他の先生のところになりそうだよ。」
うむ、俺のとこじゃねーよ的なこと一方的に言われたしな。事実だ。ホッとしたリナ・クリストファーさんよ、頑張ってスモーカー教授の研究室に行ってくれ。
「だそうだぞ、リナ。無用な心配だったな」
「リューちゃん!?ち、違うの!違わないけど!あの!えと!」
あせあせ、という表現を身体全体でしはじめるクリストファーさん。
言われて気づいたリュー。
「あ、間違えた。私が興味あったんだった!そうか、じゃあ違うとこになりそうなんだな!そうなんだな!行こうか、リナ!ありがとうな、カンノ!じゃあ、また!」
脱兎の如く、言葉を連ねて去っていったリュー。
ぺこりと、一礼してその後ろをついていくクリストファーさん。
時に人生において戦略的撤退は有効な手段の一つである。本当にどうしようもなくなったら逃げる。それも手だ。
逃げたいと言えば、胸の裏ポケットに入れている封筒を思い出す。今日、寮の自室を出ようとしたところでドア付近に落ちているのに気がついたのだ。扉の隙間から通したのだろう。
差し出し人の部分にはエイワス・マールと書かれていた。内容は至って単純であった。
『今日、講義後に部屋に来るように』
それだけだった。不安でしかないが、行かないわけにもいくまい。そう思いながら、未だ学生が残る教室を後にするのだった。
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