魔導書喰い《グリモワール・イーター》の食事事情

Yoru

第1話 疑似魔導書

「・・・魔導書の擬似的複写により、世界は爆発的な発展を遂げるに至った事は皆も前々回と前回の講義で概ね理解できたことだと思います。簡単に表現するならば、火打ち石を打ち、木屑に火をつけ、それに息を吹き込むことで、枝木を燃やし、炉としていた15世紀。一方で、火の魔導書グリモワールの最初の数ページを複写する事で簡易的な疑似魔導書ファルス・グリモワールを作製し、その疑似魔導書に魔力を流すことによって『火を起こす』という作業を簡略化させた16世紀。これは・・・」


昼下がりの暖かい日差しが大講義室のカーテンの隙間から、ちらりちらりと漏れてくる。


下半期の始まりにやる気を持てという方が難しいだろう。


『疑似魔導書歴史学』という、なんとも長ったらしい講義で御高説を並べているのは、エイワス・マールという教授プロフェッサーだ。史上最年少で飛び級を果たし、ドクターまで修了、頭のお堅いもとい狂った先生陣の仲間入りを果たした天才眼鏡美少女。銀色の髪を肩下まで伸ばし、藍色のシャツの上に白衣を纏っており、下は黒のショートデニムとタイツを履いている。彼女に聞きたい事は二十歳はたちを少女と呼んで良いかという疑問以外に、学歴を史上最年少のバーゲンセールにするためにはどうやって生きてきたのか。それぐらいだろう。

つまり、興味が無いどうでもいい。縁もないだろう。強いていうならこの講義くらいだろう。


「・・であるからして、まだ私見ではありますが、魔導書は潜在的な意識を下層域に宿しており、それが我々の日常に何らかの形で影響を与えるという事が考えられ・・・ねえ、そこ。」


その声に驚いて、ボーっとしていた目の焦点を教壇に合わせる。…決して、自分だと思っている訳では無い。確認のためだ、確認のため。


そして、目が合う。え、俺?と自分で自分に指を差す。

「…違うわ、あなたは毎回死んだ魚のような目をして静かに授業を受けているでしょ。あなたじゃないわ。」


目を細目ながら、訝しげにこちらを見て、告げられる。

クスクスと周囲で笑いが漏れる。

それはそれで心にくるものがある。


「その死んだ魚の目をしている奴の後ろにいる二人組です。さえずりが抑えられないなら、大衆的な酒場でも行ってくれないでしょうか。そして、二度と私の講義に顔を出さないでください。では、私が言いたいことは言いましたのでさっさと、消えてください。」


消えてください、という彼女の言葉と共に彼女の白衣の中から一冊の本が浮かび上がり、発光する。


火よ・・


その紡いだ言葉とともに風がページを勢いよく、めくった。


これが疑似魔導書だ。

簡易的に奇跡・・を体現する装置。

発動速度がとても速い。


彼女の持ち上げた掌に小さな火球が表れ、それが徐々に大きく膨れ上がっていく。


「この場から去るか、燃えるか選びなさい」


ガサガサと教科書の類をしまう音がした後、椅子をガタっとさせて、後ろの気配が消えた。


同時に宙に浮かんだ魔力の炎もポシュっと消え去った。

さっさと教壇に戻る天才少女は何事も無かったかのように、講義を再開する。


太陽は、先程より少し高いところに登っており、時間の経過をそっと知らせてくれる。


(早く終わんねーかな・・・ほんと)

そう思うが故に時間はゆっくりと刻まれるのである。


「さて、講義はここまでとします。レポートとして疑似魔導書ファルス・グリモワールの原本である魔導書グリモワールについてなんでもいいから、用紙にまとめてくるように。尚、文字は4000文字以上とします。適当な物をだしたり、書き写しだったり、そもそも、やらないという選択肢を取るならば、この講義の単位取得は限りなく難しいと思ってください。ああ、提出は来週のこの講義の前までです、以上」


教室に残るのは大ブーイングの嵐。立ち上がり、「横暴だ!」「許されるものか!」「女神様慈悲を!」など声高らかに思いの丈を叫ぶ生徒たちを彼女は無視し、何食わぬ顔で教室を颯爽と去っていく。


この気力をレポートに使えばいいのに。そう思いながら片付けを始める。


「おーい、死んだ魚の目よ!これから、レポートを一緒にやろーじゃないか」


講義が終わり、学徒達が散らばり始めた教室の中では、すでに固まった仲良しグループが会話を始めていた。


次の講義があるものは早々に別の教室へと去った。この教室では自由時間フリータイムを迎え、講義の静けさとは対称的に賑やかで楽しそうな雰囲気が教室内を包み込んでいる。


参加したいと思わなくもないが、いかんせん、ここに語らう友もいない。何より、我が愛しき布団が待っている。


つまりだ。


帰るべきだとは思わないか、否、帰るしかないのである。


「聞いてるのかー!ええっと・・「ザビエルだ。」ザビエル!最近、ほとんど講義にいないじゃないか!!まったく見かけないわ、見かけても、風のように消えていく!他の講義にも参加しろ・・・って、ザビエルは違うでしょ!?」


身振り手振りを駆使して、俺を見かけないとのたまってくるこの金髪碧眼美少女。

神に愛され、しっかりと両手で造られた様な黄金比の造形物である。本当に作り物のようだ。

だが、天は二物を与えなかった。


僕に何かと近寄ってきてはテンション高めに、いや、オーバー気味に話しかけてくる頭が残念な金髪碧眼美少女の名はアルセ・リューである。


考えるよりも先に体が動く直情型の人間である。

この大学の初めての講義にたまたま隣で、落としたペンを拾ってやった事で何かと話しかけてくるようになった不思議な奴である。

ちょっと懐かれたのかなと思ったのが運の尽きであった。


「ええっと、確か神乃かんのだっけ?不思議な名前だよね?偽名なの?」


特徴は物忘れが酷いのか、興味が無いことにはとことん興味がない。


「おい、人の名前を呼ぶ度に偽名扱いするんじゃない。俺の親のそのまた親の代から延々と受け継がれてきた名前だぞ。東欧にいる俺の親に謝れ。まず何より精神的に傷ついた俺に謝れ。というか、お前は俺と会っているじゃないか。昨日もガマガエルみたいな教授の講義で見かけたぞ。」


名前は忘れたが、薬学を担当する授業の先生だ。確か、ザフなんとかだったと思う。容姿を事ある毎に変化させており、授業に行かなければ誰がその教授かわからないともっぱら有名な不思議先生である。ただの変人だ。今はガマガエルみたいな顔をしていたはずだ。


何故かは聞かないでくれ、知らん。


「そうだったか?そうだったような?そうであったかもしれないようだ、の三段活用。まぁ、それは置いておくとしよう。そんなことよりも、先程の話しだが、私を君の親に紹介したいという遠回しのアプローチか?キミは案外、奥手に見えて遣り手だな。照れるぞ。」


こいつが何を言っているのか、一瞬理解が追いつかない。


うんうんと腕を組み、何やら納得顔で頷き始める目の前の金髪碧眼美少女。

いや、頭が残念な金髪碧眼美少女はなにやら、酷い勘違いをしているようだ。


リューをまじまじと見つめる。その視線から逃れるように明後日の方向を向くリュー。


「お前の頭の中の思考回路がどうなっているか、俺は1度でいいから見てみたい。」


本当にお前の頭の中がどうなっているのか知りたいよ。


「な!?・・・そっ、そんなに私の心の中が見たいなんて。不安にならなくても、その、私はお前が、その、嫌いじゃないぞ・・・。」


「お前は夢見る乙女か!?」


「夢はよく見る方だ!ついでに寝つきも良い方だぞ!」


「子供か!断じて、そういうことじゃない」


「さて、挨拶はこれくらいにして「挨拶!?」、カンノは入学してから、1度として昼食の時間に食堂で見掛けた事がないんだが、何処にいるんだ?一緒に食べたり、話ししたり、色々としたいの三段活用なんだが。」


「ん?あぁ、昼食は食べない派なんだ。そして、早く三段活用を考えた人に謝れ。俺は次の教室に行って午後の講義が始まるのを待つことにするからお前だけで行ってこいよ」


こいつと昼食を食べたりしたら、俺の憩いの時間が、地獄に変わる。それだけは阻止しなくてはならない。

というよりそもそもの話し午後の授業はサボると決めていたのだ。


「なに!?この次の講義もサボるつもりのカンノが事前に教室に行くなんて!加えて、待っているだって!?この世の終わりだ!」


「とりあえず、俺に謝ろうか!?いいか?これでも、俺はちゃんと、講義を受けている時もあるんだぞ」


何故、こういうときは鋭いのか。

解せん。


「…では、何故見かけないんだ?」


あれれ?と首を傾げるリュー。

心の中でおっしゃる通りサボっているからだ、とボソッと呟く。



「しるか、お前の目に聞け。(いや素直か!)」


「この私、自慢では無いがアルセ・リューは自分の目と話せない!」


そして、この不思議ちゃんがまたわけのわからないことを言い始める。


ああ、いつものことか。


「そんな事、わか・・・ふむ、今すぐ、鏡を見て来い。そして、自分の目を見て『君と話したい』と念じながら、顔に水をぶっかけるんだ。そして、話しかけるんだ。そうすれば答えてくれる・・・らしい。」


「おぉ、瞑想的なものなのか?魔術というより東欧の呪術的な感じか?そんな方法があったとは!?それは素晴らしい!今すぐ、実行しよう!!・・・それではちょっと待っていてくれ!」


そう言って走りだそうとクラウチングスタートの構えを取り始める。おい、ここは室内だぞ。


「まぁ、待て。落ち着くんだ」


「なんだ?止めないでくれ。私は私の目と話しがしてみたいだけなのだ」


「アドバイスだ。念が届くには時間がとても掛かるんだ。だから、すぐに諦めるんじゃないぞ?」


「なに!?それは知らなかった。情報提供感謝するぞ!では!」


颯爽と走り去っていった。


これで、邪魔者は消えたか。今のやり取りで更に目が死んだのがわかる。


勿論、先程教授に言われたことなど全然まったく気にしていない。


どっと疲れが来た。もう帰るかと考えていたが、ふと思いだす。


「・・・あぁ、そう言えば、あれ・・に呼ばれているんだったな。でも、まあ明日でいいか」


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