硝子の天井

歩弥丸

本編

第一日

第1話 日常の附票(1)

【体競:球技】

【芸能:不祥事】

【政治:政局】

朝起きたら、寝ている間に起きたニュースの附票タグが意識の端っこにダラダラ流れている。

うるさいな。今はまだ、ニュースの気分じゃないんだ。

掃き出しスワイプ

附票が視界から一斉に消えて、薄暗い寝床に戻った。

「おはよ。早く起きな」

こっちは母さんの声。掃き出しても消えない方の声。【猶予なし】と附票付き。

今行く、と声に出しながら、音声に【眠い】と附票付け。

「カイ! 朝練に遅刻するよ!!」【至急】

そんな時間か、と視界の隅の小道具ウィジェットに意識をやると【0710】と附票が返ってくる。

なるほど遅刻する。

僕は慌てて跳ね起きた。


「おはよう、カイ」【挨拶:通例】

通学路で声とともに伝文メッセージを送ってきたのは、近所の同級生だ。

「ああ、シノ。おはよう。君も遅れるんじゃないの?」【挨拶:通例】

「いや、俺は運動部じゃないから遅刻じゃないってば」【ツッコミ:通例】

「それもそうだな」【普通】

小走りでシノを追い抜いて、僕は先を急ぐ。

【24マート::今のお薦め:肉まん】

【有価コーラ::原産:日本;価格:200円;100mlあたり熱量:150kcal】

パン一枚だけかじって飛び出してきた身には、街角に溢れる美味しそうな宣伝附票は余りに酷だ。片っ端から意識の外に掃き出す。

次からは、もう少し早く起床鳴動アラームをかけるよう小道具を設定し直しておこう。【通例】


陸上部の朝練は、兎に角走り込みだ。大人の世界では肉体改造有りの改造競技サイバネティック・スポーツが流行りで、五輪でもそっちの方が好感値フェイバリットが多く付くくらいだけど、未成年の僕らはそもそも拡張現実機能付き個人素子の埋込みを除いて肉体改造が禁止されているので、練習で身体を鍛えるしかない。ついでに言うと、体育競技ナチュラル・スポーツでは拡張現実の読み取りは明文の規則ルールでこそないが習律マナー違反だそうで、附票や伝文を送りつけてくる奴もいない。

だから、僕は、走り込みの時間が好きだ。走っている間は、モノの附票も流れて意識の外に行く。後付けされた情報は勝手に掃き出されて、ただただ、目の前の走路と僕らだけになる。息と心音と走る足音だけが響き、そこにはもう何の附票も好感値も嫌悪値ヘイトもない。

そこに、突然小道具からの通知文ノーティファーが割り込む。

『始業15分前 そろそろ冷却して着替えに移るように』【推奨】

予め顧問の先生から仕組まれた時間割スケジューラー通りの通知だった。野暮なことこのうえない。


走るのをやめたばかりで肩で息をする僕ら陸上部員同士には、まだ伝文の遣り取りも言葉もない。そのうち、心音が落ち着くにつれて、周りの備品や校舎の附票が嫌でも目に入ってくる。

【整地ローラー:製造20年;鉄製】

【校舎:築35年;SRC造】

附票がないのは、もう、空くらいだ。

そう思って空を見上げたら、あるはずのない附票が付いていた。


【硝子の天井】


意識を向けると、見慣れない/聞き慣れない声色で伝文が流れた。


『硝子の天井が見えていますか?』


その伝文を追おうととした途端、防護セキュリティ正道具ソフトウェアが僕の意識を遮った。

『安全性が確認されていな 汎文書パンテキスト関連リンク付き伝文です 処理を中断します』【強制終了】

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