ダンジョンズ・キャプチャー

まつやに。

第1話 ダンジョン ー 入口

「本当にこの道で合ってんのか? なんか昨日と同じところをぐーるぐる回り続けてるだけな気がするんだが」

「落とし穴に落ちたんだから私に分かるわけがないじゃない。皆この階層は初めてなんだから」

「しっかしわし達はどこまで落ちてきたんじゃ……。魔物もちらほら見たことのない種類が出てきておるし、それに洞窟内だというのに日中の様な明るさじゃ」

「わ、わたしが罠に嵌ったばかりに……。ごめんなさい!」

「ドハハッ、謝るこたあねぇぞ嬢ちゃん。 浅い階層の魔物は手ごたえがなくて退屈だったし、こいつの修行にもならねぇ、なぁムカイ!」

「叔父貴の言う通りだ、俺はもっと強くなりたいからな! むしろアンタには感謝してるぐらいだぜ!」

 ダンジョンの地下深く、階層も不明な場所で六人の男女が話している。洞窟内だというのに木々が生い茂り澄んだ川が流れ、ある筈の天井には青空が広がっている。地上でも見られる野兎や野鳥と共にハーピーやゴブリンが時折姿を現すこともあった。

 このダンジョンは第二と第三階層は入り組んだ迷宮構造と冒険者の間では決まっており、その先第三階層以降の階層を詳しく見た冒険者は多くない。居たとしても情報を統制と規制している実力者ギルドか、多くは地上に戻れずに命を絶たれた者達が大体の所だろう。


 彼らは先日第三階層を探索中に一人が運悪く落とし穴の罠に嵌り、それを救助しようともう一人が飛び込み、それを補助しようとまた一人となし崩しで全員落ちてしまうという冒険者ギルドとしては最悪な状況であった。


「駄目です……、やっぱり感知の魔法でも森の全体像までは分からない。余程この森が巨大なのか魔法で空間が歪んでいるのかもしれません」

 森に耳を澄ましていたヒューマンの魔法使いの少女ががっくりと肩を落とす。周囲の環境を探知する魔法で現在位置を探ろうとしていたようだが上手くいかなかったようだ。

「ふむ、ありがとう。ますますダンジョンとは摩訶不思議なものじゃ。だがここまでの迷宮を作り上げ展開するとは……。狂気の魔女と呼び名こそ恐ろしいものだが魔術の面ではよほど優れた人物だったのだろう」

「感心してる場合か爺さん。どうするんだこれから」

 ハーフレッグスの青年とローブを着たノームの老人が手書きの地図を手に森を見比べている。老人の方は目が悪いようで眼鏡を弄りながら見比べていた。歩きながら書き加えられている地図を覗くと数時間前に通った場所と現在位置が酷似しているようだ。

「叔父貴、あの魔物の名前はなんだ?」

 腰に剣と背にバックラーを担ぎ、革鎧を身に纏った少年が空を飛行するハーピーを指さしながら隣の人物と話しかける。ヒューマンの少年は皆が現状に頭を抱える中、奇妙な色をした花を見つけては喜び、巨大な洞がある木々に登ってみたりと幼子の用に全てを楽しんでいるようだった。

「ドハハ、あれはハーピーって奴だ。頭と胴体は人型で腕と足が鳥の可笑しな奴だ。獲物を見つけたら空からすげぇ速度で降りてきて脚で掴んで巣に持ち帰る。すばしっこいからあんまり相手にしたくねぇ。気をつけろよ」

 古傷だらけで筋骨隆々とした体に大きな斧を背負ったドワーフの老人は隣の少年に注意を促す。体付きと使い古されたアイテムを見るに歴戦の戦士を彷彿とさせる。


 立ち往生しているパーティーに森の奥から弓矢を背負った褐色肌のエルフの女が合流する。

「一通り森を回ってみたけど、どう回っても同じ場所に着いちゃうわ。おそらくこの森に何か呪いの一種が掛けられていると思うの。それかこの森自体が幻術の類か。メルティ、ヤクさん何か感じない?」

「確かに微かだが魔力の流れを感じるの。だが詳しく調べてみないと分からん!」

「感じます。少し気持ち悪くなるくらいですが、肌に纏わりつくような……だけど私の力じゃよくわからないです……」

 その後もしばらく歩いてみたが風景は変わらず森ひたすらに回り続けるだけだった。見えるはずのない日も暮れはじめ、パーティー全体に疲れが見え始めた。そして、注意が疎かになっていたのか魔法使いの少女が木の根に引っ掛かり足を挫いてしまった。

「今日はここで野宿じゃな。夜に森を歩き続けるのは危険じゃし、皆の疲労の事もあるしの。休息をとって明日に本格的な探索を行うことにしよう」

 彼らは沢の近くにキャンプをすることになった。キャンプといってもほぼ野宿と変わらないものだが。落ちた枝を集め、火打石で火をつける。初めは小さな火種だが風を送り、枯葉をのせて大きくしていく。そして周囲の安全を確保する。近くに魔物が居ないか確認したり、この階層の魔物に効くか分からないが魔物除けの呪いを念のため掛けておく。交代で見張りをするとは言え何が起こるか分からないのがダンジョンだ。

 安全を確保し焚火を囲んだ六人は荷物から取り出した携帯食料を食す。固いパンに干し肉を焼いて挟んだものと簡単なスープ。スープというよりも薄味の白湯を飲んでいる様なものだが何も無いよりはましである。それに疲れと空腹で麻痺した体にはこれだけでも美味さを感じさせる。


 日が完全に落ちある筈のない月が浮かぶ。森は静寂に包まれ、彼らの耳には薪が燃える音と沢を流れる水音ばかりが聞こえてくる。どうやら呪いが効いているようだった。

 食事も終わり休息をとりながら思い思いに過ごしていた。武具の整備をする者、地図や日記を書いている者、単純に体を休めている者。その中で魔法使いの少女が口を開いた。

「あたし達、ちゃんとお家に帰れるんでしょうか……」

 少女の言葉は重く、不安感が漂うものだったが仲間達は特に気にも留めず慣れた様に返事を返した。

「ダンジョン内での遭難はそう珍しいモノではないわ。私だってもう何度も経験しているし、初心者ならなおさらよ。それに今年に入って四組ものパーティーが行方不明になったという話で、その中には歴の長い大手ギルドも入っているわ。遭難扱いになったら救助金目当ての冒険者だって湧いてくる。死んだってうちには蘇生魔法が使えるヤクさんもいるし、そう悲観する事でもないわ。成功するかどうかは別だけどね」

 エルフの女が少女をフォローするが、あまり効果はないようだった。それもそのはずこの二人の間には大きな経験の差があるからだ。

「ドハハ、初めてのダンジョンで遭難たぁなかなかに運が悪い。普通浅い階層にはあのタイプの罠はない筈なんだがな、あったとしても比較的近くにぶっ飛ばされたり落ちたり。ここ最近ダンジョンの構造も変わってきてるって話もある。いやぁ、何が起こるかわからねぇもんだ。まぁ嬢ちゃんが不安になるのも無理はねぇ。それに比べてうちの阿呆は能天気すぎる、同じ初心者なのにこうも違うとはな」

「だってよ、見たことねぇもんがいっぱいあるんだぜ! 花だろ、木の実だろ、変な動物だろ、魔物だろ。まだまだ楽しめそうじゃんか! アンタももっとこう、パーッと明るく考えようぜ!」

 「うるせぇ」と拳骨を貰った少年は涙目ながらも終始笑っていた。少女と同年代のはずなのに男女でこうも考えが違うのかと少女は考える。

(私もこんな風に明るく振舞えたら良かったな……)

「ダンジョンってのは基本全ての道が入り口に繋がっているものなんだ。落とし穴や転移魔法で飛ばされてもちゃんと元に戻れるようになっている……はず」

「一応迷宮のベテランが四人もいるんじゃ、安心なさい。それにいざという時は君だけでも帰還の魔法で上に帰してあげるよう。その他の奴はしっかり働いてもらうぞ、その為に高い前金を払ってるんじゃからな」

 少女の背を優しく撫でながらノームの老人は語り掛ける。出来るだけ少女の不安を取り除こうとしているのだろう。

「さぁ、明日も早いからもう寝よう。見張り番はワシからゴドリフ、セファルウス、ソット、ムカイ、シーフォの順でしよう」

 たき火を囲んでリュックを枕にして寝に着く、寝袋を地面に敷いて床につく。土の感触や背に当たる小石の痛みで安眠ではないが雑魚寝よりはこれまたマシである。


 寝袋の中で丸くなりながら魔法使いの少女は願う。

「明日こそは出口がちゃんと見つかりますように……」

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