第1章「ワシ、監督やめる」

1.

12月20日、総選手30名による冬季インターハイ予選。空馬高校、参加部員数5人中5人進出。

今大会はトーナメント形式で行われ、そのうち上位6名が総当たりの本戦へと勝ち進む。

各試合開始まで、約30分。


控え室にて。


「さァて。今回はダレが獲るか...楽しみやなァ?」

ー1年エース。賭場とばアカギ。


「そんなの、あーくん(アカギ君)に決まってるでしょ(笑)」

ー1年フォース。総部すべマシロ。


「どうせ、なにも起きやしない」

ー2年セカンド。部長。影廻かげみヤジロウ。


「ま、気張ってこうや」

ー2年サード。副部長。黒羽くろばねソウジ。


「ええ、頑張りましょう」

ー1年フィフス。泉いずみケイ。


空馬高校のスターティングメンバーが、10畳と少しの空間に揃い踏む。

内、2人は既に全国を制覇している。

今インターハイ、確実にこの5人の中から優勝者が選出されるのだ。

...いや、正確には上位4人の中から。


控え室にはスターティングメンバーの他に、試合を見ることのできる補欠部員6.7名が待機している。

まぁ、この部員たちは観覧という名目であるが、主な仕事としてスタメンのための雑用や試合審判を行うために召集されている。これは一般的なことだ。

あとの役割はー...


「あァー、...なんか、ノド渇いたわァ?」


一年、エース、賭場 アカギ。

身長は177センチ程と高校一年生にしてはやや大きく、いつ見ても元々そこに生え揃っていたかの様な存在感ある赫あかの頭髪とうはつが特徴的だ。

アカギはわざとらしく顎を上に突き上げ、周囲の注目を集める。

...こういう事だ。

おそらく飲み物を買ってこい、ということなのだろう。


「アカギさん、僕行ってきます。何にしましょう?」


名乗り出たのは9番手の補欠部員。

フブキ監督による指導の元では、同学年内でも部内順位によって明確な格差が生じる。

例え1年生と3年生でも、順位によっては立場が逆転する。

漫画みたいだ、と思う人がいるかもしれないが、これはフブキ監督の嫌う不確定要素を排除する手法の一つなのだ。

立場を明確にすることによって、無用な争いを避けるための。

例えば、側から見れば立場が同じ人間の意見が食い違ったとき、まさか無条件で自分の意見を曲げたりはしないだろう。

そんなとき、"上の立場の人間には従わなければならない"という取り決めがあったとすれば、どうなるかは火を見るよりも明らかだ。

と。


「ちゃうちゃう。ワイはそこの短髪の兄ちゃんに言うとんのやァ」


「なァ、イズミ。外の自販機でペプシ買ってきてや。わかるやろ?カロリー0パーのやつ」


...まさか。アカギのやつ、本気か?

部内格差について長々と説明はしたものの、インハイ本番まで30分を切った今、あろうことか選手に遣いを言いつけるなんて。

...場の空気が重さを増す。咄嗟の事態に、補欠部員たちはどう動くべきか判断しかねている。


「......わかった。会場入り口の自販機だな」


断ることは出来ない。

それはこのチームを構成する仕組みの、根幹に反発することになる。


「...イズミさん。僕が代わりに...」


補欠部員が申し出る、しかし、それが通るはずも無く。


「ン〜ん、んン”っ!」


咳払い...それから。

補欠部員に向けられる、威圧。


「それってェ、ワイがイズミに頼んだお遣いの邪魔するってことかァ?」


「いえ...そ、そんなこと...」


「なら。邪魔せんといて貰えるかなァ。それとも、ワイになんか思うところがあるんかァ?」


この空間において、部内順位は絶対だ。半無限的な権力を有し、時には法にも成り代わる。

絶対的な権力をもつ"王"の言葉は、攻撃的であればあるほど、鋭い凶器の役割を果たす。

この状況を例えるならば、王に剣先を突きつけられた丸腰の平民。逆らえるはずがない。

遣いの代わりを申し出た補欠部員は、まるで自分が法を犯した罪人であるかのような蒼白の様相を呈している。


「やめろよ、アカギ。俺も水分が欲しかったところだ...早く買いに行きたい」


「ははは、ほな丁度良かったやんけ。じゃあはよ行けや」


あくまでアカギは威圧的だ。

...俺は部員たちの間を縫って、控え室の扉の方へ向かう。

部屋の扉を開ける瞬間、視界に白雪しらゆきの色が写り込む。

ぴょこんと。


「いつものことだけど、許してやってよ。あーくんも色々辛い立場にあるんだから。...ね?」


1年フォース、総部 マシロ。

アカギとは対照的な小柄で華奢な身体に、触れれば解けてしまいそうな、緩いウェーブのかかった髪。

薄い唇は常に少し微笑まれて、それ以外の印象を与えることはかなり稀だ。

アカギを"強烈な有彩色"だとすれば、マシロは"全くの無彩色"である。


「分かってる。こういう事も必要なんだろうな...多分」


「助かるよ、ケイくん」


控え室を出て、会場の自販機の場所を思い出しながら早足で歩き始めた。...俺が出たあと、メンバーは会場へと向かうようだ。

既に会場にはまばらな人だかりが出来ていて、他の選手たちは既にウォームアップを始めている...まずい。

第一ホール、第二ホール入り口、トイレ...売店、ペプシ無し。

えーっと。

ぐるぐるぐる。

広い建物だけあって、出口や入り口が入り乱れている。かなりの時間ロスになりそうだ。

そこから1.2分歩く。

廊下を突き当たって右に曲がり、ようやく入り口の自販機を見つけたと思ったら、そこには見知った人陰が。


フブキ監督だ。


この建物の外、入り口頭上を覆うように茂る緑の木漏れ日を浴びながら、御老体が自販機に指を指している。

黒いコートを着込んだ痩せた身体つきに、白く長い髭が目につく。

年齢らしからぬ澄んだ眼は、覗くものの心を見透かすようだ。

...3メートルほど。この距離じゃ逃げられない。

内側のセンサーが反応し、自動ドアがウィーンと開く。


「ペップシペプシ...あれ?泉。...何故ここにいる?」


「あ、フブキ監督......その」


不味い。

ウォームアップに遅れて自分のコンディションがどうのこうのというより、もっとマズイ。

...フブキ監督は不確定要素を嫌う。

それは、思い通りにならないことを嫌うという事だ。

フブキ監督の予定では試合25分前には最終ウォームアップを開始、試合開始5分前に試合会場に到着...のはず。

ところが俺は試合開始より25分を切った今、ウォームアップどころか何故か、会場の外に出ていた。

些細なことではあるが、これで負ければ言い訳は出来ない。校内順位など関係なく、確実にスタメン落ちだ。

いや、下手をすればこのまま試合に出られない、なんて可能性も。

どうする、言い訳...通じるか?

言えたとしても、外の空気を吸いながらストレッチしたかったんですよ〜なんて、...案外行けそうだ。


「ほっほっほっ」

「すまんのぅ。色々考えとるじゃろうが、冗談じゃ。おちゃめ心...ブフぉっ!」


「...へ?」


心底おかしいというふうにゲラゲラと笑うフブキ監督。しかしそこには、安心したような雰囲気も見受けられた。


「泉。お前を呼び出したのはワシなのじゃ。ほれ、そこで軽いストレッチでもしながら聞いとると良いわ」


「...は...はい」

フブキ監督に言われた通り、アキレス腱や太ももの軽いストレッチを始めつつ、話を聞くことにする。

...本当にもう、ダメかと思った。


「急で悪いが、このタイミングしか無かったんじゃ。一つ、無茶を聞いてはくれんか」


「...ええ。どういったことでしょう?」


動揺の直後ということもあり軽い気持ちで引き受けてしまったが。

ここで俺は、信じられない言葉を聞くことになる。

偶然を排斥し、計算と経験で紡がれる確実に完成された指導のもと、数々の選手に栄光を与える名監督。祠堂フブキ監督の口から。


「実はな、ワシ」


監督を辞める、と。

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青空ましろ気球 @shougyou_01

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