s/第13話/012/g;

 現ミ研のメンバーと顔見せ程度に面識を作った翌日。


「いらっしゃいませー」


 アンティークな西洋調の張り出し窓がある、白い建物の自動ドアをくぐると、店員の女の子が谷中と水面を出迎えた。

 漂う空気は、匂いだけでもとても甘い。谷中には種類はよく分からないが、洋酒らしき匂いもしている、それと紅茶の香りも。

 水面は、まっすぐレジカウンターに進む。


「あ、あんた……」

「どーも、方史郎さん」


 ぺこりと軽くお辞儀。谷中も続いて、頭を下げた。口の端に浮かびそうになった笑みを押さえ込む。

 小洒落たスイーツショップの中に、大柄で男臭い本田の姿があるのには、違和感を禁じ得ない。店員が来ている白くて清潔そうな制服はパティシエを連想させるので、おかしな空気を多少は覆い隠しているのだが……。

 なぜだか、戦う菓子職人、という言葉が谷中の脳裏に浮かんだ。


「あー、店長さんですかー? 機の紹介で来ましたけど、連絡来てますよね?」


 水面は、女性の店員の中で一人だけフリルのついたカチューシャではなく、コック帽を被った店員をめざとく見つけて、声を掛けていた。


「ああ、はいはい。本田くーん、休憩入っちゃって」

「え……」

「とっとと復唱する!」

「あ、はい、本田、ただいまより休憩に入らせていただきますっ!」


 ……このスイーツショップは、店員に海兵隊式訓練でも施しているのだろうか?

 目でサインを出した本田について、水面と谷中は店の奥に入っていき、通用口らしき出口から外に出た。そこは、店の脇路地のようで、すぐそばにポリバケツがあった。


「他人に聞かれたくない話をするなら、休憩室よりはここがいいだろ」


 用向きを察しているらしい。


「しかし、アンタら一体どうやったんだ、あの店長が勤務時間内なのに、融通を利かせてくれるなんて……親が死んだぐらいで出てこないような奴は二度と顔を見せるな、という店長なんだぜ?」


 続けて独りごちる本田の目は、信じられないものを見た、と口より雄弁に語っていた。

 ……いったい、どういう店なんだ、ここは。


「まー、その辺は色々ありましてー」

「で、何が聞きたいんだ? あまりサボってて良いとも思えんしな」


 協力的というよりは、なるべく早く片を付けたいというのが見え見えな態度だった。


「じゃー、手短に。先週の水曜日、午前一時ぐらいには何をしていたの?」

「あん……水曜日? ああ、アリバイか。バイト中だったよ」


 谷中が首を捻る。


「深夜にバイト? ここってそんな時間までやってるんすか?」

「いや、ここじゃない。掛け持ちで二十四時間営業の牛丼屋でも働いてるんだ、俺」


 ふえ、と驚きの声を上げたのは水面だった。


「大変だねー。どこのお店?」


 すらすらと本田が答える。


「すごいっすね」

「実家が飲食店を数店舗、経営しててな……一種の跡取り修行みたいなもんなんだ」


 谷中が漏らした感嘆の声に、本田はどことなく自慢げに答えた。


「そんなにバイトしてるのに、借金してたんだよね?」

「ああ……まあな」


 水面が突いたのが痛いポイントだったのか、本田は一転して仏頂面になった。


「理由を聞いてもいーい?」

「ダメだ。警察ならともかく、お前らにそこまで答える気はない」


 にべもなく断られた水面は粘ったが、口を開こうとしなかった。


「仕方ないかー、じゃあ質問を変えるよ?」

「おう。なるべく短くな」


 言わずもがなだった。


「……大悟さんのことはどー思ってるの?」

「はあ?」


 息を詰めて質問を待っていた本田は、その言葉に間の抜けた声を上げた。声こそ上げなかったものの谷中も同感だった。


「それは昨日、聞いただろう」

「やー、他の人の前では話せないことを聞きたくって」

「……と言われてもなあ」


 本田は頭をかいた。考えるときの癖なのだろう。

 彼は太い眉を寄せて、しばらく悩んでいた。


「まあ、昨日言った通りだからな、友達は少なそうだったぜ。あーでも、顔が良くて背が高いのと……口先だけなら気前がいいせいか、女受けは悪くなかったかな……しばらくすると本性がばれて離れていくことが多いんだが」

「ふーん。みちるさんとはどうして知り合ったんだろ?」

「知らないな。俺が現ミ研に入ったときには既に付き合ってたし」


 本田は、サークルに入ったのは去年の夏過ぎなんだ、と告白した。


「早希さんと同じ頃なの?」

「……なんで分かったんだ?」


 水面の言葉にきょとんとした顔で首を傾げる。


「あー、ただの勘だよ。ふーん、合ってたのかー」

「実は……ってこともないが、高校が同じなんでな」

「ああ、そうだったんですか」


 相づちを打ったのは谷中だった。その本田の口振りからは、笹目に好意を寄せてそうな感じを受けたが、水面には分かっただろうか、と思う。同性同士ならではの直感と言っていい感覚だと思ったからだ。


「最後に……いーかな?」

「いいぜ。思ったより早く済みそうだ」

「みちるさんは、大悟さんが亡くなられて、悲しそうにしてたの?」


 これはかなりキツい質問だ、と谷中は思ったが、答えはあっさりやってきた。


「ああ。あれから、クラブルームに来ても、なんか放心したような感じでよ……」


 ありゃ、そうとうショックなんだと思うぜ、と本田は述懐した。

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