s/第10話/009/g;
張り詰めた空気の中で、水面は蕩々と事情を説明した。
「——とゆーわけで、協力して貰えると助かります」
事件について調べたい理由は、自分たちが疑われているので、という風に述べた。半ば興味本位で、などと言わなかったのは無難な線だと思ったが、現ミ研のメンバーたちには好意的に受け止めて貰えなかったようだ。
「つまり、俺たちが代わりの容疑者候補ってわけか?」
憤りもあらわに言ったのは、本田だった。
影中は黙したまま、貼り付いたような笑みを浮かべている。
「まあまあ、本田くん」
笹目だけは、機経由で紹介を引き受けた手前なのか、今みたいにかばってくれているが、その本心は分からない。
「あー、その気持ちは分かるよー。でも、自殺だっていう結論になれば、誰も損しないんだからいーよね?」
朗らかに話続ける水面は、本田の怒気を意に介していないようだ。横に座っていた——意外にも影中が席を勧めてくれた——谷中は、はらはらしながらその様を見守っている。
「大悟のやつが自殺なんかするわけないぜ」
本田が鼻で笑った。
「あれ、そーなの?」
「あ、ああ……」
口にしてから、しまったと思ったのか、本田の舌が鈍る。
「——大悟さんは、人好きのする性格ではありませんでしたから」
「おい、影中」
そこに、低音の柔らかな声で割って入ったのが影中だった。
制しようとした本田に向かって、再度口を開いて曰く。
「死んでしまった人のことを少し話すぐらいなら、別に構わないでしょう?」
「しかしなあ……」
「そんなに、大悟くんのこと好きじゃなかったくせに」
追い打ちをかけるように笹目が言うと、本田がうめいた。
「……その、段田さんってどういう人だったんですか?」
谷中が口を挟むと、水面以外の視線が集まった。
気圧された谷中は黙り込む。
しばらくして、本田が頭をかいた。
「ううん……。もう言ってしまったようなもんだしな、この際ぶっちゃけると、気にくわないやつだったよ」
「どーゆーところが?」
水面の問いに、本田が答える。
「自分勝手で、プライドが高くて……そのくせ、妙にケチなんだ」
「最後のは、借金の催促をされていた本田さんだけの感想のような気もしますが……」
「影中、それは今言わなくていいだろ」
本田は舌打ちをして、続けた。
「借金といってもな、たいした額じゃないんだ。だいたい、ある時払いでいいとか、気前のいいこと言ってやがったのに、急に掌を返しやがるから……」
水面と谷中が顔を見合わせた。
「……おいおい。今のだけで疑ってるんじゃないだろうな」
「あーいや、ちょっと思い当たることがあったもんでー」
微笑んで、水面が事情を説明すると、本田は安心したのか破顔した。
「けっ、なんだ、そういうことだったのかよ……自分が借金返さなきゃいけないんだったら、そういえば良かったのにな。まあ……バイト代入らなきゃ返せないんだが」
「バイトしてるんすか?」
谷中が問いかけると、なぜか笹目が吹き出した。
「おい、早希」
「ごめんごめん……ま、大悟くんはこんな感じで、正直言って評判の良い方じゃあなかったんですよ。みちるさんが可哀想なくらい」
「えっ……と。その、みちるさんってゆーのは?」
「あれ? ああそうか、言ってなかったですね。みちるさん——
水面に向かって、笹目が説明した。
「あー。そっかー。サークルの人で、今ここにいない人もいるんだねー」
「みちるさんだけですけどね。あとは……大悟くん」
笹目は、最後の名前を出すのを少し躊躇ったようだった。
「その、みちるさんって人、どこに行けば会えるかな?」
「いつもは大学院生用の研究室にいますよ。えっと、場所は——」
大学には、大学院が併置されていることが多い。大学院には大学を卒業した学生が籍を置いていて、教授や准教授の下で研究を行っている。その便宜のためか、研究室と呼ばれる部屋が準備されているのが普通だ。
ちなみに、谷中のような、高校卒業直後——浪人しなければ——に入学する通常四年間の課程の生徒は、学部生などと呼ばれているが、卒業研究や論文作成等を行う年次になると、研究室に入り浸るようになることもある。大学院生と学部生の研究室が一緒かどうかは、大学どころか学部によって違うようだ。
と、谷中が入学直後に渡された
「谷中くん、早速行ってみようか」
「……え?」
「あれー、聞いてなかったの? みちるさんって人、忙しいから会えないことのほうが多いんだってさ」
そうなのか、と頷いて、谷中は疑問に感じたことを耳打ちした。
「……ここはもういいのか?」
「うん、まあ……今日のところはこれぐらいで……あー!」
小声から極端な大声に変わった。
「最後に、現代ミステリ研究会の名を見込んで聞きたいんだけどー……大悟さんが密室で遺体で発見されたことについて、ここのみんなはどう考えてるの?」
唐突な質問だったが、意図は伝わったらしく、三人とも考え込み始めた。しばらく経って、水面が待ちきれなくなったのか、声を掛けた。
「本田さんは?」
「……分からん」
本田は吸い込んだ息を吐き出すように言い切ると、首を捻った。
「僕は——自殺なのか殺人なのかはさておいて、何らかのトリックがあると見ています」
続いて発言したのは、影中だった。
「トリックとゆーと、外から糸とテープを使って鍵を掛けるとかそーゆーのだね?」
「そうですね、物理的なトリックだと思っています……それが何かは分かりませんし、偶然そうなっただけ、という線もありそうですが」
うんうん、と水面が頷く。
「笹目さんはー?」
「……ええっと。物理トリックは影中くんに言われちゃったし、じゃあ、ここは叙述トリックで——」
「早希、お前な」
「叙述トリックだったら、びっくりですよね……」
言いかけた笹目を、本田と影中がほぼ同時に遮った。
「いくらなんでもそれはねーぜ」
「あの……」
腹を抱えて笑っている本田を見ながら、谷中はおずおずと口を開いた。
「叙述トリック、ってなんですか?」
トリックという単語ぐらいは知っているが、叙述トリックとやらは初耳だ。多分推理小説の用語なのだと思うが……。
「叙述トリックというのはですね……。推理小説の文章であえて事実を伏せたりして、真相を隠す手段のことです。ありがちなのは、語り手が実は犯人だった! という奴でしょうか」
笑われて憮然としていた笹目ではなく、影中が答えてくれた。
「……へえ」
谷中は、言葉少なに相づちを打った。
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