s/第15話/014/g;
現ミ研の最後の一人、笹目早希と話すことが出来たのは、もう一日後だった。
谷中たちが通う大学の学食は、一階は料理をアラカルトで選択する方式になっていて、やや和食よりの定食系メニューが多いが、二階はカフェテリアと呼ばれていて、パスタのランチセットなど、洋食屋風のメニュー構成になっている。
その、カフェテリアにて……。
「あ、水面さんと谷中さん、お待ちしてましたよ」
「どーも、早希さん」
アイスクリームを浮かべたメロンソーダを前に、一人で四人掛けの席に座っていた笹目が手を上げて、水面と谷中を迎えた。
午前十時半、開店直後のカフェテリアはいつものように空席が目立っている。
今なら、安心して密談ができるというものだ。
「美味しそーだね」
「一口食べますか?」
言って、水面に向かってスプーンを差し出してくる。頓着せずに、水面はアイスの載ったスプーンの先端を、桜色の唇でぱくんと咥えた。
「甘ーい」
「女の子には甘いものですよ」
目を細めて、幸せそうに笹目が笑う。谷中の視線は、笹目がスプーンを差し出したときにテーブルの上にたぷんと載ったそれに向けられていたが、その言葉の直前には、視線を顔に戻していた。
……何を見ていたか、多分気づかれていない、と思う。
「それで、何を聞きたいんですか」
「そだねー。やっぱり定番のアリバイからかな? 水曜日の午前一時ごろ何をしていたか教えてほしいなー」
はいはい、と合いの手を入れて、笹目は答えた。
「友達と映画に行ってましたね」
「一時頃に?」
聞いたのは谷中だった。笹目の視線が、水面から谷中に移り、眉がひそめられた。
「あれ、知りません? ナイトショウをやってる映画館が、この大学からはちょっと離れてますが、あるんですよ」
「そうなんだ……」
場所まで教えてもらった谷中は頷いた。土曜なんかはオールナイトでやっているらしい。夜は割引料金なのでお得なんだとか。
「友達と映画かー。ちなみに、タイトルは?」
水面に視線を戻した笹目が答える。
「『ガールズエレジー』って作品です」
「聞いたことないなー」
「女の子同士の切ない恋愛ものですよ、ガールズラブの傑作です」
「……なんか、すごいの見てるんだねー」
鼻息が荒くなった笹目に、谷中だけでなく水面もひいているようだった。
「あ、話がそれましたね、すみません」
「……えーと、じゃあ、みちるさんと大悟さんの関係についてはどう思う?」
「不自然ですね」
笹目は、きっぱりと言い切った。
「どの辺りが不自然なのかなー?」
「みちるさんは、大悟くんにはもったいないです。いくらなんでもあの組み合わせはないですよ。月とスッポンという言葉が生やさしく思えてきます」
容赦ない表現に、なぜか谷中の胸が痛くなった。
「ははあ……」
水面もたじたじのようだ。
「ところで、水面さんは、いつも谷中さんと行動しているんですか?」
「いや、そんなことはないけどー」
そうですか、と頷いて、笹目は黙り込む。
「?」
何でそんなことを聞くのか、という顔の水面がこちらを向いたが、谷中に分かるはずもなく、首を左右に振る。
「——ああ、どうぞ、次の質問をしてください。ただの興味本位ですから」
向かい合う二人に声を掛けて、話を元に戻したのは笹目だった。
「方史郎さんとはどういう関係なのかな?」
「高校の頃の知り合いです」
感情の色が見られない台詞だった。知り合い以上の何者でもない、と言葉にせずに、けれど強く訴えている。
「あの、聞いて良いですか?」
続けて笹目が口を開いた。どーぞ、と反応した水面の瞳を見て、一瞬躊躇うそぶりを見せてから続ける。
「水面さんは、いつもスーツ姿なんですか? 何か拘りでも?」
「あー……いや、ボクにはファッションセンスがないから。高校生までは、ずっと制服を着ていたんだけど……大学じゃそうもいかなくて」
「ああ、そういう理由だったんですか……てっきり、もっと深い理由があるのかと……」
実のところ、谷中もそう思っていた。
これまで敢えて聞いていなかったのはそのためだが、解けてみるとたいした謎ではない。
「ちなみに、高校生と中学生の頃の制服は?」
「セーラー服とブレザーだったねー……ん? 何か意味あるの、その質問って」
水面が首を傾げる。
「……あー、いえ、興味本位です……と」
などと言いつつ、笹目は広げた手帳になにやら書き込んでいる。
「そのメモはー?」
「夕食の買い出しメモです。忘れていました」
すらすらと答える笹目。
「ふうん……」
「で、他に質問はありましたら、どうぞ」
なんでも答えますよ、と笹目は水面に向かって、にこにこと微笑んでいる。
「あー、俺から聞いてもいいかな……」
水面の仕草による無言の了承を受けて、谷中は口を開いた。
「笹目さんは、段田さんが亡くなったことについては、どう感じてるの?」
「どうって……サークル仲間ですからね。びっくりしましたし、ちょっと寂しいとも思いましたよ」
「まあ、そうだよね」
その回答は、谷中の中にある、普通の感覚という名の物差しにほぼ一致した。
「んー。大悟さんは、自殺と殺人のどっちだと思う?」
水面の声に、笹目は思っても見なかったことを聞かれたとばかりに、目を丸くした。スプーンを握ったまま、しばらく固まる。グラスの中、メロンソーダとアイスに挟まれるようにして、浮いていた氷がはぜる音がする。
「……分かりませんけど、殺人じゃないかと思います」
理由を問われた笹目が続けて答えた。
「単純な理由なんですけど——自分のお腹を刃物で刺すなんて、普通、出来ないと思います」
そのやりとりを最後に、水面は引き下がった。
カフェテリアの出口に向かう途中。谷中が振り返ると、笹目は溶け出したアイスの、僅かばかり残った部分を掬っているところだった。
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