第7話 中編
一日の疲れを癒そうとシャワーを浴び、それから自室に戻ってベッドに倒れ込んだ。
風が強いのか、ヒュウヒュウと音が鳴って、窓の外に見える木の枝が大きく揺れていた。
合コンで彼に会ったのはもう二日前のことだ。
別に気にすることじゃない、なんて思いながらも――
『あとでメールする』って言っのに!
と少し憤慨したり。
わたしの行動に引いたのかな?
と凹んでみたり。
――何度も何度も携帯の画面を開いてメールをチェックしていた。
その姿はまるでヤンデレ女(ゼミ友&クラスメイト談)のようだったそうだ。
今日もメール来なかったなあと胸に微かな痛みを感じ、そのまま眠ろうとしたときに携帯が震えた。
芹沢卓からだった。急いで操作をした。
顔文字も絵文字もない、シンプルなメールで。
こんばんは
俺あんまりメール送る人じゃないから、電話番号載っけとくね
と綴られていた。
「たったそれだけ!? ごめんは? ごめんはないの!?」
思いのほか頭に来て、はっきりとした声で文句を言っていた。
下の階から「なに騒いでるの?」と母親が大声で尋ねてきたので、「発声練習!」と相手が理解に苦しむであろう返事をした。
送られてきた電話番号を彼の名前と共に登録して、電話を掛けた。
相手が何か喋る前に、怒りを発散しておく。
「ねえ、貴方馬鹿じゃないの? 」
案の定。
「は?」
と、卓は素っ頓狂な声を上げた。
「とりあえずごめんでしょう?」
「――」
くつくつとおかしな音が聞こえた。
「なに、どうしたの?」
わたしがそう言うと、そのくつくつとした音――蚊ほどだった笑い声が大きなモノに変わった。
「わーらーうーな!」
「いや、君、案外我が強いんだね」
「君じゃなくて、わたしは茜。遠野茜だよ」
「そっか」
「で、どうして笑ってるの?」
「新たな一面を見れたので?」
疑問形に疑問形で返さないでよ。
そんな会話から始まって、わたし達はお互いのことを話した。
卓は同い年で、わたしと違う大学――国立のH大学に通っているらしい。国立=頭が良い、という図式が成り立つわけではないけど、卓が通っている大学は有名どころだった。
緊張や恥ずかしさを見せないように、からかいながら「そこに入るって、卓は頭が良いんだ?」と尋ねた。
卓は至極真面目に告げる。
「ここに通ってる奴らがみんな頭良いかつったらそうじゃないよ。学力はそれなりなんだろうけど、頭トチ狂った奴も多いし。例えばさ」
そこから彼は自身の経験を冗談交じりに語ってくれた。
友達と呼べる人間がいなかった頃、たまたま席が隣になった同科の生徒と少し仲良くなったらしい。
その友達のサークル見学をするために、他の学生達と共に大型バスに乗せられて(既に卓の心の中で警鐘が鳴り響いていたそうだけど)、名の知れた宗教団体の建物に連れて行かれたらしい。
逃走しようかと思ったけど、周りに見えるのはたくさんの木で、森の奥まで連れてこられたことを理解したらしい。
逃げるのは諦めて、真っ昼間から夜遅くまで缶詰にされることを選んだ。
その建物の中では、教祖様が説いた理念だか教えだかを永延に話していたそうだ。
おおよそ三十人ほどの学生が居たけれど、半数は入信してしまい、卓を誘ったという友人もまたそこに身を置いていたそうだ。
いまでもときおり声が掛かってくることが苦痛で仕方がないとのことだ。
「なんで入らなかったの? っていうかどこかに報告した?」
という問いに対して、彼は、ふん、と鼻で鳴らした。
「一つ目の答え。俺が信じるのは、俺がこの目で直接見たモノだけなんだよ。もちろん、見たからってすべてがすべて分かるわけじゃないけどさ。でも一つだけ確実なことは、神様なんて居ないってことさ。居るならそいつはとんでもなく酷い奴だ」
そこで、ふぅと一息ついて、それからまた話し出した。
「無慈悲で、傍観者で。――それにさ、神様なんてのは人間が創り出しただけだ。姿なんて見たことがないくせに、どれもこれもみんな人の形になってる。おかしいだろ?」
おかしい、と言われればそうなのかもしれない。
わたしは物事を深く考えるわけじゃないから、そんなことは思わないけれど。
「じゃあそういうモノは一切信じないの?」
「そういうモノって?」
「神様じゃなくても形のない分からないモノ。想いとかそういうモノ」
「縁とか運命とか、そういうのは信じてる。実際こうやって茜と話してるわけだしさ。そういう『繋がり』を信じてなかったら、俺は何も行動しないよ。前も言ったけど、もらったアドレスだってその場で破ってる」
二つ目の答えは、と前置きして、卓は口を開く。
「教祖様でも神様でもいいけどさ。奴らの言う通りにして、誰かが救われるならそいつは善行をしてるわけだから、とても良いことだと思う。そういう、救われている事実があるのなら、俺はその宗教を否定できないし、する必要もないと思う。けどもし、心の弱みにつけ込むだけで、金を搾り取ったり、周りを巻き込んでいくようなところなら俺は報告する。警察にも大学にもね」
そんな話をしている途中、バッテリーの残量が切れそうになったのでわたしは慌てて充電器と携帯を繋いだ。
動いている音を感じ取ったのか、卓は不思議そうな声を出した。
「なんかあった?」
「ううん。充電切れそうになって」
苦笑しながら言い、それから思い出したように卓に告げた。
「あ、それとね、わたしサークル辞めることにした」
忙しいアピールをしつつ徐々に出席率を下げていき、適当なところでサークル内の友達にメールを送って、辞めるって言ってもらおう。
『そっか』とか『ふうん』とか言うモノだと思っていたけど、彼の反応は違った。
「なんで俺に言うの?」
「あなたが辞めろって――」
「辞めろ、とは言ってないよ?」
そうだ。彼は選択肢を教えてくれただけだ。
「と、とにかく。わたしは辞めるから!」
わたしは強い心を持っていないから、またサークルに通うかもしれない。
そうしないために、再び先手を打つ。
一度決めたことが揺らがないようにするための宣言だ。
わたしは言葉を使って、自分を守ることしかできない。
「それ、サークル内の奴らにちゃんと言ったか?」
卓の問いに、わたしは押し黙ってしまう。
「まあ、そりゃ簡単には言えないよな。でも、生きてるってことは、こういうことの連続だよ。消極的な選択ばかりができるわけじゃないんだ。こんなことは何回もあるから、そういう選択の仕方を続けることはできないと思う――とまあ、うざったいのはこの辺にしておいて」
卓は少しタメを作った。
「俺、茜に言おうと思ってたことがあるんだ」
「何?」
「のんびり倶楽部、入らないか?」
「……何、それ?」
外から聞こえる風の音が一瞬止まって、わたしはもう一度同じ言葉を繰り返す。
「何、それ?」
風の強い、皐月の夜だった。
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