タイムマシンが、できました

影月 潤

その1 タイムマシンと弱気だった僕


「ついに完成したぞ……」

 最後の部品を取り付け、私は目の前にある機械に両手を伸ばした。

「タイムマシンだ!」

「「いえーい!!」」

 小野くん、千田川くんも歓声を上げた。

「長かった……長かった。苦節十年、ようやく、わたしの願いが叶うときが来た!」

「やりましたね博士!」

「自分も嬉しいであります!」

 三人で肩を組んで喜び合う。涙でメガネが曇って見えなくなっているが、気にしない。

「このタイムマシンがあれば、私たちの長年の夢が叶う」

「ええ、博士。ずっと前から感じていたこと、ついに、ついに言葉にできるのです!」

「そう……自分たちはまさに、このために生きてきたのでありますよ!」

 私たちは頷き合う。確認するかのように顔を見合わせ、そして、声を大にして発言した。


「リア充に、なりたい!」


 三人の声が見事に重なる。ナイスコンビネーション。

「人生三十年……恋人いない歴、同じ長さ。これはもう、社会の悪意を感じざるを得ない!」

「人生二十八年、自分、モテない組のメンバーとして、十年間イベントを企画して来たであります! もう、メンバーは自分以外いないのであります! みんな結婚したり、子供ができたりしているであります!」

 小野くんと千田川くんは、涙を流しながら訴えてきた。

「博士! 今すぐタイムマシンで過去へ! 今からやり直せば、おいらたちだってリア充になれる!」

「その通りであります! しっかりと勉強もしたであります! イメージトレーニングもしたであります! 完璧であります!」

「まあ待ちたまえ」

 私は彼らの涙ながらの訴えを抑え、落ち着かせる。

「ひとまず、このタイムマシンの原理について、もう一度説明する」

 私が真剣に口にすると、彼らは黙って、こくこくとうなずいた。

「このタイムマシンは、体を丸ごと移動させる、いわゆるドラ〇もん式のタイムマシンではない」

 長いケーブルのついた、改造されたバイクのヘルメットを手に説明する。

「意識のみを、過去のある地点へと戻す機械だ。そして、意識を継続させたまま、過去から人生をやり直すことができる」

 二つを彼らに手渡し、もう一つは自分の手の中に。

「これにより、今現在の君たちはおそらく、新しく生まれ変わることとなるだろう。奥さんがいるのも、子供がいるのも、実業家として成功するのも自由自在」

「すごいですよ博士!」

「感激であります!」

「まあ待て」

 また興奮して話し出した彼らを抑える。

「が、これによりタイムパラドックスが発生する。君たちに一つだけ、絶対に約束してほしいことがある。それは、『私に協力する』ということを絶対に忘れないでいてほしいということだ」

「?」

「ど、どういうことでありますか?」

「君たちが将来的に大成功して、タイムマシンの開発に協力しなかった場合、タイムマシン自体が完成しなくなる可能性がある。それを避けたいのだ。なぜなら……」

「なぜなら?」

 小野くんの質問に、私は間を置いて答えた。



「私も、リア充になりたいからだ!」


 拳を掲げて大声で叫ぶ。

「このタイムマシンの構造上、タイムスリップは一人ずつしかおこなえん。君らを過去へと戻すが、必ず、タイムマシンの開発には協力してほしい」

 そうでないと、他の二名がタイムスリップできなくなる。

 続けて私が言うと、彼らは神妙な面もちで、頷く。

「博士への恩は一生忘れないのです。必ずや、リア充になったとしても、博士の元へと参ります」

「博士のためなら、どんなことがあっても訪れるであります!」

「よし」

 私はその言葉で満足した。私自身も、彼らと過ごしたこの十年は、かけがえのないものだったから。

「それでは行くぞ」

「ええ」

「はいであります!」

 全員でヘルメットをかぶる。メインのヘルメットは、小野くんがかぶった。

「メインヘルメットが過去へタイムスリップするためのものだ。悪いが、監視のために、我々も君の過去を見せてもらうぞ」

「大丈夫です。どうせ、おいらの過去に、見られて恥じるものなんてなにもないです」

「はは、自分も同じでありますよ!」

「では、思い浮かべるといい。戻りたい場所を、戻りたい時期を、自分が、一番後悔しているその時代を」

 小野くんは目を閉じた。なにを考えているのか……それは、ヘルメット越しに映像として伝わってくる。

 彼の過去へ……リア充となるべく、彼は自分の過去を遡る。

 大学の卒業式、成人式、高校の卒業式……たくさんの過去を通り過ぎ、そしてたどり着いた場所は……涙をぼろぼろ流している、小さな少年の目の前だった。




 自分は、とても弱虫だったであります。

 弱虫で、泣き虫で、運動もほとんどダメだったであります。

 だから、自分はずっと、いじめられていたであります。

 どつかれたり、バカにされたり、そんなの日常茶飯事だったであります。机に虫を入れられたり、女子の前でパンツを脱がされたりもしたであります。

 でも自分は……嫌だと言えなかったであります。

 嫌だ、と言っても聞いてくれなかったというのもありますが、嫌だ、といったらますます自分は叩かれたです。殴られたです。

 だから、言えなかったであります。

 ただぐすぐすと、大声で泣くとまた何か言われるから、だから、小さく泣いていたでありますよ。


「いかん、涙が……」

「よ、予想外の展開だな……」


 あはは、恥ずかしいであります。

 でも、それは小学生の時です。さすがに中学に行くと、過激ないじめはなくなったんですよ。

 それでもやっぱり……自分には自信がなくて、他人と話す機会はほとんどなかったであります。

 話すことはあっても、ぼそぼそとしか話すことができず、「なに言ってんの、聞こえないんだけど」とか、「ぼそぼそとキモいし」とか、いつも言われていました。

 結局は、クラスの中でも避けられているというか、無視されているというか。結局は、いじめられていたんですよね。


「博士……メット外していいっすか」

「私ももう逃げたくなってきた」

 

 いや、申し訳ない限りです。

 でも、そんな自分も、ちょっとした転機というか、あるきっかけがあったんでありますよ。

 中学二年になって、すぐの時です。自分は相変わらず自己主張が下手で、嫌だということができませんでしたから……無理矢理、クラス委員にさせられたんです。

 それはそれでまあ、いいんですけど。

 もう一人のクラス委員に選ばれた人がいたんです。その人が……すっごい強気な、女の子……岡田かなめさんでした。


「ねえあんた、あとどのくらい?」

「あ……えっと……その、……半分、くらい」

「は? どのくらい?」

「ぇ……ゃ、だから、……半分」

「半分終わったのね。そうならそうと、ちゃんと言いなさいよ」

「……ごめ、ごめん」

「………………」

 当時かなめさんは陸上部のエースで、走り高跳びで優勝するくらいのすごい人でした。

 すっごく綺麗で、かっこよくて、男子だけじゃなく女子の間でも、憧れられているような人だったんです。

 彼女は、自分がいじめられているというか、無視されていることが気に入らなかったみたいです。

「あーもう、うじうじして、嫌ね!」

 気に入らなかったのはいじめている方じゃなくて、自分のほう、だったんですけどね。

「なんでそうやってぼそぼそしゃべるのよ! もうちょっとはきはきしゃべりなさいよ!」

「ぇ……だって、その……」

「そういうのも禁止! 言いたいことがあるならはっきり言いなさい! しゃべれない訳じゃないんでしょ!?」

「そうじゃ……ないけど……」

「ほら、大きく息吸って! 言ってみなさい、あーっ、って」

「あ、あーっ……」

「あえいうえおあお、はい!」

「あ、あ、え、ひ、う、へ、お?」

「あえいうえおあお、はい!」

「あ、あえいう、えおあお……」

「生麦生米生卵!」

「な、なまむぎなまごめななたなご……」

「カエルピョコピョコ三ピョコピョコ!」

「カエルピコピコ三ピコピコ……」

「坊主が上手に屏風に坊主の絵を描いた!」

「ぼ、坊主が上手に坊主に屏風の絵を描いた……」

「………………」

「………………」

「ぷ、あっはっはっはっは!」

「え? え? ええ?」

「はははは、なによあんた、ちゃんとしゃべれんじゃない……」

「………………」

「ぷくくく……あはははは……」

「………………」


 楽しかったです。

 自分の人生の中で、きっと、一番楽しかった出来事です。

 ただ、ちょっと言い間違えただけなのに、かなめさんはずっと笑ってました。笑ってくれてました。

 なんだかとっても……楽しかったです。



「博士、リア充の匂いがします」

「コンセントを抜きなさい」

「アイサー」


 ちょ、ちょっと待ってくれであります。

 いやまあ、確かにこれから話すのは一時的にリア充になりかけた話ですよ? でもちゃんとオチもあるから、最後まで見ていてほしいであります。


「む……どうします、博士」

「まあ、今この場でタイムマシンを使っている以上、彼はリア充にならないのは見えている。続きを見ようか」


 ありがとうであります。

 まあそんなこんなで、自分はちょっとだけ、ちょっとだけですが、かなめさんと仲良くなったでありますよ。



「あんたさ、もうちょっと自信を持ちなさいよ」

「ぇ……」

「ぼそぼそ禁止。なんかい言わせんの?」

「ご、ごめん……」

「そういうのもナシ。あんた、そんなしゃべり方だから周りからなに考えてんのかわかんないとか言われんのよ? ちゃんと会話もできるんだから、もうちょっと自信を持って話しなさいよ」

「で……でも、僕、あんまり人と話したことないし……」

「話してるじゃない、あたしと」

「笑われたりするの……嫌だし」

「バッカじゃないの?」

「え?」

「ただ話すだけで笑うような奴なんて無視すりゃあいいのよ。それに、」

「……それに?」

「クラス全員があんたのこと笑おうが、あたしはあんたのこと笑ったりしないわよ」

「………………」




 彼女の言葉の一つ一つが、自分に自信をくれました。

 彼女の仕草の一つ一つが、自分の心を動かしました。

 自分は……彼女のこと、好きになっていたであります。



「うう……嫌だ、補習嫌だ……」

「なんの補習、なの?」

「理科と数学よ。そっちはからっきしなの」

「……ふうん」

「いいわよね、あんた、成績は悪くないんだから。それに、理数系は得意分野でしょ?」

「……まあ」

「そうだ!」

「え?」

「教えてよ、勉強」

「え、ええ!?」

「勉強教えてよ。別にいいでしょ、減るもんじゃないんだし」

「え……あ、その……」

「今度の休み、あんたのウチ行くから」

「え、ぼ、僕の家!?」

「そ。場所教えて」

「ええ……」


 それから、彼女と勉強会をすることになったんです。二人っきりで。

 補習が終わって、その後の試験で合格点を取れるまで、勉強は続きました。


「やった! 今までで最高点!」

「……よかったね」


 補習は、見事に合格しました。正直、彼女の理数系の成績は全然だったので、一から教えるのが大変だったけど。


「あんたのおかげよ。ありがと」

「え……あ……うん」


 恥ずかしかったので、目を逸らしてました。そうすると、彼女は顔をのぞき込むようにして、言ってくれたです。


「あんたもだいぶマシになったわよね」

「え……?」

「しゃべり方とか。ぼそぼそしゃべるの、だいぶ減ってきた」

「………………」


 嬉しそうに、彼女は言ってくれました。

 それも全部、君のおかげだよ、と言いたかったです。君がいたから、僕はそうなれたんだよ、と、言いたかったです。

 でも、まだ自分は小心者だったから……言えなかったです。



「いつこの展開は終わるんでしょうかね」

「さあな。なんだかイライラしてきた」


 もう少しですよ。

 もう少しで、自分の、一番輝いていた時代は終わりです。考えれば、短かったですよね。



 それからも、彼女との関係は続いてました。

 彼女と話すようになってから、なんとなく、いろいろな人とも話せるようになってました。

 何人かの友達もできて、話したり、集まってゲームしたり。

 それでも、彼女と疎遠になることはなかったです。

 時々二人で集まって勉強したり、マンガを読んだり、そんな、不思議な関係でした。


「もうすぐ中間試験よね」


 三年生の夏くらいでしょうか、彼女と二人で話していると、そんな話題になりました。


「成績、どう?」

「いまいち……教えてもらったところはなんとかなったけど、新しいところが全然」

「そっか」

「また教えてよ。今日の放課後、あんたのウチ行っていい?」

「うん」

「よっし。じゃあ、放課後一緒に帰りましょう」

「うん」


 自分はうきうきしてました。彼女と一緒にいられるのが、嬉しかったから。

 だからこそ、その日に起こったことは鮮明に覚えているです。昼休みに、知らない連中が自分の元に来たんです。

 誰かと思ったら……昔、自分をいじめていた連中でした。今はどっかの運動部かどこかに入っているらしく、体もずいぶんがっしりしてました。

 正直……怖かったですよ。


「お前、あいつとずいぶん仲良くねえ?」

「チョーシのんなよ」


 当時としては怖くてなにを言っているかよくわからなかったですけど、まあ、改めて考えてみれば簡単なことです。

 彼らの中に、彼女を好きな人がいる、ということでした。

 だからこそ、自分のことが気に入らなかったんでしょう。ましてや、それが、昔自分がいじめていた相手だったら、なおのこと。


「昔のことばらすぞ。また殴られてえのか?」

「また女子の前でパンツ脱がすか」


 本当に……今思えばなんなんだ、って感じですよ。

 でも、あのときは……怖かった。

 せっかく、自分に自信を持ててきたのに、友達もできて、いろんな人とも話すことができるようになってきていて。

 それなのに、昔に戻ったら……教室の中にいるのに、いないように扱われるのも、廊下を歩くだけで邪魔もの扱いされるのも、階段からつき落とされて怪我をするのも、嫌だったです。

 それで自分は……彼らの言うことを承諾してしまったであります。


「じゃ、行きましょ」


 放課後、当然のように彼女がやってきました。廊下から、あいつらが見てました。


「どうしたの、行くわよ」


 そのときの自分は……すごく迷っていたです。

 彼らの言うことに従うか。彼女への感情に従うか。

 でもそれは、まだまだ自分が中学生の……小さい頃の話だったんです。

 恋なんて感情、わかってませんでした。

 好きなんて思い、信じてませんでした。

 彼女といると楽しい。話すと嬉しい。

 それが恋愛感情だと気づかず、そして、それよりも強い、自分の中にあった強い恐怖という感情が、昔に戻りたくないという感情が、自分をつき動かしていたのであります。


「もう、ウチに来るな!」

「え……」


 そのときの自分の声は、信じられないほど大きかったです。クラス中が、自分のことを見ていました。


「迷惑なんだよ、話しかけられるの! うるさいんだよ、いちいち! 勉強なんて自分でやれよ、人に頼るんじゃないよ!」


 なにを言ったのかなんて覚えてません。多分、こんなんだったんだろうなー、って感じです。

 彼女は目を見開いてました。今まで、さんざん大きな声でしゃべれ、とか、はっきりものを言え、とか言ってたくせに。

 いざ自分がそうしたら……彼女が一番驚いていたです。


「ちょ、どうしたのよ……」

「どうしたもこうしたもあるか! 僕は、君と一緒になんていたくないんだよ!」

「なんで……」

「っ…………」

 

 限界でした。涙が溢れてきました。

 自分は……なんてことを言ってしまったんだろう。

 言う前に気づくべきでした。これを言えば、こうなるって。殴られることはないし、パンツを脱がされることはなくても、もう自分は……僕は、彼女ともう、話すことができなくなる、って。


 僕は逃げ出しました。走って家に帰って、ベッドの上でわんわん泣きました。

 そのあと彼女も来たみたいですが、僕はずっと無視していました。次の日話しかけられても、答えませんでした。廊下にあいつらがいて、僕が彼女を無視するたび、笑っていました。


 

 彼女は補習を受けてました。

 補習の教室をのぞき込んだら、彼女と目が合いました。担当の先生はいなくて、プリントを時間内に提出、っていう感じでした。

 彼女は僕になにかを言いたげでした。僕は決心して、教室に入ろうとしました。

 そしたら……あいつらがいたんです。

 あいつらの一人が僕の肩に手をやって、例の、彼女のことを好きな奴が、教室へと入っていきました。

 ……僕はなにもできず、その場を去りました。後ろから、笑い声が聞こえていました。



 結局、理数系の点数が足りなくて彼女は違う高校へ行きました。それ以降のことは……知らないです。



「さあ博士!」

「そうだな、今がそのときだ」


 え?



「「レッツ・ターイムスリップ!」」



 ………………

 

 ………………


 ………………





 彼女と目が合った。彼女は僕に、なにかを言いたげな目をしていた。

 僕はためらったが、それでも、この場では教室に入るべきだと思った。拳を握りしめ、歩き出す。

「よぅ、なーにしてんだ?」

 そこに、肩をがしりと捕まれた。僕の足が止まる。

「裕二ぃ、もう放課後だぜ。俺たちみたいに運動部とかならまだしも、帰宅部はさっさとおうちに帰んな」

「そうだって、練習の邪魔だから」

 笑い声。頭に響く声。不快な声。

「お、あんだよあいつ、補習受けてんのか?」

「しばらく受けてないから理数系克服したのかと思った。ちょっと行ってくるわ」

 教室に入ろうとする一人の男。


(やめろ)


 心の声が聞こえる。止めたら、殴られる。また、昔に戻る。


『大丈夫。君ならできるよ』


 聞いたことのない、誰かの声。知らない誰かが、僕を励ましていた。


『その通りだ。この十年は、君にとってなんだったんだ?』


 別の声。

 十年? なんのことだ。

 そもそも十年前なんて、まだ幼稚園にも入ってない。いつの話だ。


『従うのだ』


 声が続く。


『自分が、正しいと思うことをしなさい。後悔しないように』


 後悔。その言葉が、胸の奥に響いた。

 僕は……後悔していたのだろう。

 彼女をまた、補習の教室にやってしまったこと。

 彼女と一緒に勉強しなかったこと。

 彼女に……ひどいことを言ってしまったこと。


「っ!」

 僕は強引に肩をふりほどいた。

「なにすんだよ!」

「それはこっちの台詞だ!」

 僕は教室に入ろうとしていた男の前に立った。

「お前らなんか知ったことか! 僕がかなめさんに勉強を教えるんだ!」

「はぁ、お前、もうあいつと話ししないって、」

「そんなこと知るか!」

「あんだおい、痛い目みたいのか?」

「お前らなんかに殴られたって、痛くあるもんか!」

 拳があがった。目を閉じる。強がったことに後悔した。いきなり威勢のいいことを言って、後悔した。

 でも僕はきっと、この行動自体を後悔しないだろう。

 ……これから先、ずっと。


「なんの騒ぎ?」

 扉が開いて、彼女が出てきた。

「あ……えっと、よぉ」

「なによ。部活もう始まってるんでしょ。こんなとこでなにしてんのよ」

「え、あーいや、なんでもねえよ」

「じゃあとっとと部活行きなさいよ。こっちはそうでなくても補習でイライラしてるんだから。邪魔」

「………………」

 男たちは無言のままとぼとぼと去っていった。彼女と僕だけが、その場に残る。

「で、あんた」

「……うん」

「あたしと一緒にいたくないんじゃなかったの?」

「………………」

 僕は、彼女に向かって腰を折った。

「ごめん!」

「………………」

「全部、あいつらのせいなんだ。あいつらが、そういう風に言わないと殴るとか、パンツ脱がすとか、そういうこと、言ってきたから……だから」

「はあ……そうだろうと思ったわよ」

「……え?」

 僕は顔を上げた。

「あいつらがなんかしてるってことはなんとなく、ね。でもま、あんたもそれに従ってるから、仕方ないかなー、とは思ったんだけど」

 ふう、と彼女は小さく息を吐いた。

「僕は……その、」

「なに」

「僕は……」

「だからなに」

 彼女の視線が、僕を射抜く。僕は、きっと彼女に言いたいことがあったんだ。もう何年も何年も前から、彼女に言いたかったことが。

 ……いつの話なんだろう。もう、理由すらもわからなくなっていた。

「ありがとう」

「へ?」

「君のおかげで、僕は、こんな風に自分に自信が持てた。言いたいことも言えるようになったし、人と話せるようにもなった。ありがとう」

「………………」

 いきなりの告白に、彼女は目をまんまるにしていた。

「だから、お礼」

 僕は鞄を下ろして、その中から教科書を取り出す。

「早く終わらせようよ」

 彼女の筆記用具が置いてある机の隣に、僕は腰を下ろした。

「…………なんか、変ね」

 彼女がそんな僕を見て、つぶやくように言った。

「なにが?」

「なんかあんた、変わった。いきなり大人びたっていうか、別人に見える」

「そうかな」

 彼女と話さなくなってから、まだ一月くらいしか経ってない。別に、何年も時が過ぎたわけでもないんだから、そんなことはない。きっと、それは単なる気のせいだ。

「そんなことないと思うよ」

 だから僕は、彼女に向かって笑顔でそう言った。彼女も同じように笑顔で返して、彼女は僕の隣の席に、ゆっくりと静かに座った。



 それからのことを話そう……と言っても、昔に戻っただけだ。そもそも僕たちは恋人同士ではなかった。でも、互いに勉強を教え合ったり、話をしたりして、仲良く過ごしていた。

 理数系の成績もあって同じ高校へ進学し、僕は科学の分野が専門の大学へ進学、彼女は、教師を目指して大学へ。

 今僕は大学で教鞭を振るい、彼女は中学校で教師をしている。

 今でも時々、集まって酒を飲んだりする仲だ。良くも悪くも、昔のままの関係が、続いていた。

 彼女と出会ってからもう十年以上経つ。人生というのは、短いと思う。

 今では仕事の合間、共通の友達と一緒に、ちょっとした科学の実験をしている。博士と呼ばれているその人は、タイムマシンを本気で開発している。彼の熱意に負けて手伝ってはいるのだが、本当に、タイムマシンが完成しそうなのだ。

「どうなの、博士」

 今日は彼女もここに遊びに来ていた。

「これで、完成だ……」

 最後の部品を、博士が取り付ける。

「ついに完成したぞ……タイムマシンだ!」

「「「いえーい!」」」

 僕たち四人は、両手をあげて喜びの声を上げた。

「博士、ついにやりましたね!」

「まさか、本当に完成させるとは思いませんでしたよ」

「すごいわね」

 タイムマシンは完成したが、僕は、これを使う予定はない。

 後悔したことは山ほどあるが、それも全て、ここに来るまでの道しるべだと考えている。

 だから、わざわざ過去に戻ってまで、なにかやろうという気にはならなかった。

 せめて、このタイムマシンがどういうものなのか、仲間が使う様を見てやろう、と、そう思うくらいだ。


「ところで、君は誰だね?」

「はあ? あたしですよ。なに言ってんですか博士」


 さて、タイムマシンは本当に動くのだろうか……

 楽しみだ。

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