さくら

白黒音夢

さくら



 この街では、四月の初めに『さくらまつり』という祭りが開催される。

 祭りと言っても、出店の数は十にも満たない。それにもかかわらず、訪れる人が多いのは河原から見上げる桜が綺麗だからだ。

 僕ら家族もその美しい桜を見るために、人混みを掻き分けながら遊歩道を歩いていた。

 河原から風が吹く度に桃色の花びらが宙を舞って僕らの頭上に降り注ぐ。

 また風が吹いて、あちらこちらから桜の香りがした。

 それに合わせて、娘がキャッキャと笑い声を上げた。

 娘の右手を握っている梨佳がクスリと声を漏らし、僕もつられて笑みをこぼした。

 遊歩道を下り、人混みから離れた場所に水玉模様のビニールシートを敷いて腰を下ろす。梨佳は散らし寿司を小皿に取り分けながら娘に話し掛けた。

「さくら、綺麗だねえ」

 娘は散らし寿司を口に頬張りながら、「お花きれい!」と答えた。

「お口に入ってるときに喋らないの」

 と僕が小言を言うと、娘と梨佳はほぼ同時に頬を膨らませた。

 大切な人が時間を掛けて作ってくれた料理はとても美味しい。

 それも、外で食べるとなれば更に美味しく感じる。三人とも夢中になって食べていると、ひらひらと一枚の花びらが飛んできた。それに気付いた娘が、その花びらを手に取った。

「このお花、おかあさんの匂いがする」

 クリクリとした目を梨佳に向け、それから僕に向けた。僕は軽く笑いながら娘に言う。

「そうだなあ、おかあさんの匂いだなあ」

 視線を梨佳に移して、僕は尋ねた。

「梨佳、香水付けてないの?」

 どこの会社から発売されているのか分からないけれど、梨佳はsakuraという香水を付けている。まだ娘もいない頃、デパートのコスメコーナーでねだられたモノだ。商品名の通り桜の香りが微かに漂うのだけど、今日は匂いが違う気がした。

「付けてないよ? 今日は自然の香水です」

 茶化したようにそう告げる梨佳。買ってあげた香水を彼女はとっても大切にしている。

 娘が興味津々という顔で、「なんのおはなししてるの?」と聞いてきた。

「内緒」

 と僕は答え。

「大きくなったらね」

 と梨佳は言った。

 風に揺れる桜の木々を見ながら、僕はポツリと言葉を漏らしていた。

「来年も来ような」

「そうだね」

 ね、さくら。

 僕らは揃って娘の名を呼んだ。

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さくら 白黒音夢 @monokuro_otomu

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