乱視あるいは平行

流民

第1話

最近どんどん目が悪くなってきているような気がする。もともと近眼だったのだが、それに加えて乱視まで付け加えられたようだ。今はなんとか眼鏡で矯正してまともに見えているが、眼鏡を取ると目の前の景色がぼやけ、色々なものが二重に見える。

 最初は少しずれて見える程度だったのだが今はかなりずれているように見える。

 そう、まるで忍者が分身の術でも使っているかのように見えるのだ。まあまだ眼鏡で矯正出来ているのでそれほどの不便は無いが、それでも眼鏡がもし壊れでもしたら大変なことになりそうだ。俺はそう思って常に鞄の中には予備の眼鏡を入れるようにしている。

 しかし、その眼鏡も最近度が合わなくなってきたのか、眼鏡を掛けていても物が二重に見えるようになってきた。眼科にも通っているのだが原因は不明......いったい俺の目はどうしたって言うのだろう? 眼鏡を変えて何とか凌いでいるが、もそろそろそれも限界だと眼鏡店の店員が言ってきている。その頃になると、裸眼で見る景色は三重に見えるようになっている。

 いったい俺の目はどうしたと言うんだ? このまま世界がいくつも別れて見えるようになったら不便で仕方ない。眼科に通い続けるが一向に良くはならない......医者はいっそのこと手術でもしてみるか?  と勧めてくる。原因がわからないのに手術で治る物なのだろうか? しかし、俺は少しでも良くなるならと手術を受ける事にした。そして、手術後俺の目を塞ぐように掛けられた包帯を外していく。徐々に光が俺の目蓋を通して俺の目に入ってくる。恐る恐る目を明ける......しかし、そこに見える景色は前と変わらないどころか、前より酷くなっていた。前はせいぜい三重だったものが今はそれが四重、五重にも見えるのだ。もうこれは眼鏡を掛けた位では到底矯正出来るような物では無いのだろうか? 俺は病院を出るとき医者に「訴えてやるからな!」と言って出てきたが、それで俺の目が良くなるわけではない。しかし、俺の目はいったいどうしたと言うんだ? 本当にこれから先どうやって生きていけばいいんだ? 俺は絶望しながらも生きていかざるおえず、なんともならない目を抱えながら生活して行く。

 幾重にも見える景色にも何とか慣れだしたとき、ふと俺はその見える景色に違和感を覚えるようになってきた。最初は目の錯覚かと思ったのだが、どうもそうではないらしい。そう、私の目に幾重にも映る景色一つ一つが少しずつずれてきているのだ。そう、例えば今目の前に歩いている男なのだが、その男の歩く歩幅、踏み出す足、歩く度に動くジャケットの動き。そんなものが少しずつずれているのだ。そして、それは日がたつにつれだんだんとそのずれ幅が大きくなっていく。それだけじゃない。俺の体にも異変が起き出していた。最初は小さな物だったのだが、俺の身体の動きも少しずつずれ出してきたのだ。それは行動のずれだけにとどまらず、やがて思考のずれ、いや、思考のずれとは少し違う。例えて言うならば二重人格になったように頭の中で別の事を考え、そして俺に見える別の身体が別の行動を取るようになってきたのだ。そして、そのずれは段々と酷くなり、俺の目にはそのずれがピークを迎えたとき、俺の乱視は治り、また一つの世界に戻ることができた。

 だがまだ近視は治っていないが……

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