魔王サスペンス劇場 土けむりダンジョン、美人勇者殺し/著 丹羽春信

角川スニーカー文庫

【番外編#1】 スニーカー文庫発21時00分 プリン消失の怪

※この小説は「魔王サスペンス劇場」Twitterアカウント(@mss_20160401)で3月1日(火)21時に公開された短編小説を加筆・修正したものです。


「ハッハッハッ! カクヨムにも登場してやったぜ!!」

「スニーカー編集部の方々の許可を得てね」

「いや、それを言っちゃおしまいだろ。もう、魔王の威厳とか全然ない感じだから」

「最初から威厳なんてなかったじゃないの、魔王。

これは、4月1日にスニーカー文庫から発売される《魔王サスペンス劇場》のTwitter出張版にちょっと手を加えたものよ。

番外編と銘打ってあるけれど、これだけでも問題なく読めるから心配無用よ」

「むしろ長すぎてTwitterに向かないからな…」

「企画だおれ!!」


「いい加減、自己紹介を始めよう。

おれは《魔王サスペンス劇場》の主人公である、魔王・ルートだ」

「あたしは、ヒロインのミア。

ところで、《魔王サスペンス劇場》って、タイトルがちょっと長いわ。

皆さんは、略して《魔サス》と呼んでね」


「で、ミア。《魔サス》本編はどういう内容なんだ?」

「冒頭三ページで、魔王が何者かに殺されるの。だから、魔王サスペンス劇場」

「最後まで、おれはピンピンしているよ! 殺されるのは勇者のほうだろ!」

「サイコパスな魔王による勇者連続殺人を阻止できるのか、という話ね。

副題は《スライムたちの沈黙》」

「それも違う! ひとを勝手にサイコにするな!」


「改めまして、《魔サス》の物語は──ついに『魔王の間』へと到達した、5人の勇者。

しかし、1人の勇者が殺される。

犯人は、4人の勇者の中にいる。

それを、魔王であるおれが解決するという──」


「そんなことはどうでもいいとして」

「そんなことって、どういうこと! ヒロインの人選、間違えたんじゃないか!」


「ではまず、魔王。あたしの出演料の交渉から始めようじゃない」

「いや、これみんな友情出演だから。つまり、タダ」

「タダって何事よ! そういうことなら、あたし帰るわ」

「ヒロインがなんという発言だ!」

「ヒロインだからって、主人公におもねると思ったら大間違いよ! 

ヒロインが皆、枕営業していると思ったら大間違いよ!」

「お前の抱くヒロイン像が大間違いだ!」

「え、違うの? じゃあ、本編のあたしは脱ぎ損だったというの!」

「いや、お前、本編でもべつに脱いでなかっただろ! 

パンツさえ見せなかっただろ!」


「ところでこの番外編、あたしと魔王だけで回していくの?

2人だけじゃ、なにかと面倒……じゃなくて、ダルいわね」

「言い換えても、なんもフォローになってないからな。

だけどたしかにミアの言うことにも一理ある。

そこで、おれは頼りになるゲストを呼んだ」

「頼りになるゲスト? 

はっ、まさか! サスペンスものの鬼・船○さんを呼んだのね!」

「呼べるか、そんな大御所! 

ここでゲストといったら、まだ登場してない主要キャラのことだとわかるだろ! 

お前以外にも、3人の勇者がいるだろ。そのうちの1人だ」

「え……………船○さんじゃないの? 

あたしの純情を弄んだのね、魔王!」

「なんで本気でショックを受けられるんだ! 

お前に付き合っていたら、いっこうに話が進まない。というわけで、さっそくゲストに来ていただこう」

「それは結構だけど、誰を呼んだのよ、魔王」


「最初のゲストというのは大事だな。

ある意味では、この『魔サス』番外編の方向性を決定づけてしまうかもしれない。

すでにミアがブチ壊しにかかっている、この番外編の」

「3人のうち誰を呼んでも、ロクなことにならないと思うけど。

まぁ、あたしとしてはローラ以外なら、誰でもいいわ」


「呼びましたわね、ミアさん!」

「あら、番号が違うみたいよ」


「無理やり登場したローラも然ることながら、とっさに『間違い電話ですよ』な感じで切り替えしてみせたミアもさすがだな」


「読者の皆様。わたくしはローラと申します。

高貴なる血筋の者ですわ。わたくしのツインテールの優雅なる巻き加減を見ていただければ、わかるかと思いますが」

「ツインテールをドリルのように巻いておけば『お嬢様』面できると思っている。そんな浅はかな女こそが、ローラ」

「いきなり誹謗中傷ですか! 良い度胸ですわね、ミアさん!」


「ところで、魔王。あたし、無性にプリンが食べたくなってきたわ!」

「なに、この凄まじい唐突さ! ちょっと物語の流れを考えろよ!」

「ほら、魔王、さっきあたしが買ってきたプリンよ。

魔王に頼んで保管しておいたじゃない」

「ああ、あのプリンか。

ミアは、20時30分にプリンを保管したのだった。

21時に番外編が始まったから、その30分前のことであった」

「どうして、そこ、説明調ですの?」

「プリンは冷蔵庫に保管されたのだった」

「お待ちなさい!『魔サス』って、世界観は中世風ファンタジーですわよね。

魔王とか勇者が出ているのですから、ドラ○エのノリですわよね! 

それなのに冷蔵庫とか出てきて良いのですか!」

「本編には出てこないよ。でもほら、これ宣伝も兼ねた番外編だから」

「そうそう、固いこと言わないでよね、ローラ。

そんなのじゃ、あたしがプリンをおいしく食べているところを間近から見せてあげないわよ」

「見せるだけですか!」


「あ、でもいま思い出したわ。プリンを買ったロー○ンだけれど」

「ロー○ンまで出て来ましたわ! 

いくらなんでも、少しは世界観に気を使ってくださいませんか!」

「最後まで話を聞きなさいよ。そのロー○ンの店員ね、なんとスライムだったのよ」

「そこに気を使っていますの!」


「ちなみに冷蔵庫は拷問室にあるのだった」

「ですから魔王、どうして説明調! 

そして冷蔵庫、拷問室にあるって、どういう使われかたをしていましたの! 凄く残酷な使いかたをしていたのでは──」

「いや、お昼のツナサンドを入れていた」

「拷問室の冷蔵庫にあるまじき、普通の使い方でしたわ!」


「登場早々、機銃掃射のようなツッコミ。さすがだな、ローラ。

はじめに呼んだゲストがお前で良かった。

お前がいてくれるときだけは、おれもボケに回れるというものだ」

「ぜんぜん嬉しくありませんけれど!」

「では拷問室に移動しよう!」

「というか、あたしたち、いままでどこにいたの」


ルート、ミア、ローラがいたのは、『魔王の間』だった。


「やっと地の文が入りましたわね」

「元はTwitter用だったし、地の文が少ないほうが読みやすいだろ。

べつに作者が『地の文とか書くのがメンドー』とか思っているわけではないんだ」


ルートたちは『魔王の間』から出た。入り組んだ通路を進み、拷問室まで向かう。


「魔王、コートの右ポケットから鍵が突き出していますわよ」

「え、本当?」

ルートはコートの右ポケットから鍵を取り出し、拷問室のドアを開錠した。

こうしてルートたちは、拷問室に入った。


拷問室は、八畳ほどの広さだった。

窓はなく、出入口もいまルートたちが入ってきたドアだけ。

かつてはあった拷問具の一切は、いまは片付けられていた。

この一室にあるのは、古い冷蔵庫が1つだけだ。


ミアは勇んで冷蔵庫を開けた。だが、そこで凍りついた。

「冷蔵庫の中に、プリンがないわ!」

やがてミアは冷蔵庫の後ろから、あるものを見つけ出した。

「これ、プリンの空の容器だわ!」

「へえ」

「へえ、じゃないわよ、魔王! 

誰かが、あたしのプリンを食べたのよ! 

これは事件よ!」

「ロー○ンにまた買いに行けばいいだろ」

「バカね、魔王。

ロー○ンは『常闇の都』の奥深くにあって、つねに魔獣バラガンが守っているのよ。そう気安く行けるところじゃないわ」

「立地条件、最悪だな!」


「魔王、プリンを食べた犯人を見つけ、プリンの仇を取るのよ!」

「えー、面倒くさい」

「面倒くさいとは何事よ。そんなに消極的でどうするの。もっと前へ出ないと!」「いや、おれは遠慮深いんで。あえて一歩後ろに下がることのできる魔王なんで」

「そんなのじゃ、数多いる他作品の『魔王』たちに遅れを取るわよ。

ちゃんと積極的に自分を売り出していかないとね。

腹踊りができたり、皿回しができたり」

「一昔前の一発芸かい! 忘年会には引っ張りだこかもね!」


「とにかく魔王。いまどき、プリンを食べた犯人くらい見つけられないようでは、魔王失格よ。

船○さんなら、絶対に解き明かしているもの。このままじゃ、船○さんに負けるわよ!」

「船○さんに勝てる魔王なんて、オルゴ○ミーラくらいなものだ!」

「ゾー○も、なかなかやりますわよ」


「まあ、ミアがそこまで言うのなら、犯人探しをしてみるか」

「でもね、じつは犯人はもうわかっているの。犯人は、ローラね!」

「流れるようなパス回しで、わたくしを犯人と決め付けないでくださいませんか!」

「あたしはローラが嫌いなので、ローラが犯人だと思うわ」

「そんな理由で犯人にされたら、たまったものじゃありませんわ!」

「そうだ、ミア。根拠もないのにローラを犯人と決め付けるのはいけない」

「魔王、わたくしを庇ってくださるのですね」

「もちろんだ。いくら、ローラが可憐なフリして、内面の腹黒さがダダ洩れだからって、犯人とは限らないからな」

「……庇うフリして、わたくしを背中から出刃包丁で刺してきましたわね」


「魔王、犯人が他にいるとしたら、あんたが突き止めるのよ。このままでは、ローラのドリル型ツインテールが、バッサリ切られてしまうことになるわよ」

「なぜ、わたくしのツインテールが処刑されることになっているのですか!」

「まて、まて、ローラ。お前が無実なら、恐れることはない。

このおれが、真犯人を突き止めてやる。『《魔王サスペンス劇場》は4月1日、発売!』の名にかけて!」

「さりげなく宣伝することで、サブリミナル効果を狙っているのね。やるわね、魔王」

「いまの宣伝、さりげないどころか、凄く目立っていましたわ」


「……まずは状況を整理しよう。

ミアがプリンを冷蔵庫に保管した時間が、20時30分。

そのあと、おれとミアは拷問室を出た。

おれは拷問室の入口のドアを施錠した。

そして、拷問室にはこのドア以外に出入できるところはない」

「魔王。入口の鍵は、肌身離さず持っていたのですか?」

「ああ。鍵は、この──」

ルートは、自分の着ているコートの裾をはためかせた。

「定価5万8000円で購入した、魔王コートのポケットに入れていた」

「そのダサいコートに約6万円も支払ったの? ぼったくられたわね、魔王!」

「なにを言うか。

この魔王コートは、着ているだけで魔王オーラを放射することができるんだ。霊感商法で、そう言っていた」

「魔王、再現ドラマの詐欺被害者なみに、鮮やかに騙されましたわね」


「まあ、とにかくだ。

20時30分から21時の間、おれに近づいてきた者はいなかった。

よって、おれから鍵を盗み取ることは不可能だった。

あ、そうか! つまり拷問室は、密室、うがっ!」

ミアが伸びの良いストレート・パンチを、ルートの鳩尾に放った。

「いきなり殴る奴があるか!」

「プリンを食べた犯人なのだから、これは当然の報いね。

拷問室には窓とかもなくて、唯一出入できたのが、入口のドアだけ。

で、そのドアの鍵を持っていたのが、魔王。

つまり、プリンを食べることができたのは、あんただけなのよ」

「いやいや、そこは密室トリックが行われたと考えるところだろ!」

「密室トリックが、核兵器みたいにゴロゴロ転がっていると思ったら、大間違いよ!」

「核兵器がゴロゴロ転がっているって、どんな終末世界だ!」


「密室トリック、というより、魔法を使ったのではありませんこと? 

『魔サス』には、当然、魔法が出てきますものね」

「ローラ、お前はわかってない! 

密室を魔法で解決しようなんて、言語道断だ! 恥を知れ、恥を!」

「こんな恥知らずが、同じ勇者だと思うと情けなくなってくるわ」

「どうして、そこまで言われなくてはいけませんの! 

というか、ミアさんにいたっては、いきなり手の平を返して、密室トリック派になりましたよね!」


「まって、これが密室トリックだとするなら……ミステリのお約束として、犯人はすでに登場しているキャラの中にいるのよね」

「まあな。もう、この番外編第1話も折り返し地点だ。

ここから新しいキャラが出てきて、しかも犯人です、なんてことはないだろう」

「じゃあ。あの決め台詞がきてしまうのでは?」

「え、決め台詞?」

「ほら、魔王。犯人は──から来る決め台詞よ」


「ああ、あれか! じゃ、さっそく行くぜ。

犯人は──《魔王サスペンス劇場 土けむりダンジョン、美人勇者殺し》は4月1日発売!──この中にいる!」


「フッ、魔王。見事なサブリミナルね」

「不自然さしか感じませんけれど!」


「それにしても、サブタイトルが付くと、ますます長いわね」

「サブタイトルは、担当さんが考えてくれたんだ」

「ふうん、そうなの」

「血の涙を流しながら」

「そこまで辛かったの!?」


「さて、決め台詞も言ったことだし、そろそろ──」

「犯人であるローラを罰するのね。

すなわち、ローラのドリル型ツインテの切断式ね」

「お待ちなさい! 『犯人はこの中にいる!』から、どうして一足飛びにわたくしが犯人となるのですか!」

「当然でしょ。この3人の中じゃ、あんたが犯人と決まっているわよ。

だいたい、あたしは被害者だし」


ローラは、ミアが腰に吊るしている道具袋を見つめた。

「本当にそうでしょうか? ミアさんこそ、犯人ではありませんこと? 

プリンを自分で食べておきながら、わたくしに罪を着せようとしているのですわ」

「あたしがプリンを冷蔵庫に保管してから、拷問室はずっと施錠されていたのよ。

あたしが、どうやってプリンを食べられたというのよ?」

「簡単なことですわ。

20時30分、あなたは拷問室の冷蔵庫に、プリンを保管しようとしました。

ですが、あなたは──本当はプリンを保管しなかったのですわ!」

「なんですって?」

「こういうことです。

拷問室に入ったとき、あなたは2つのプリンを持っていたのです。プリンAと、プリンBです。

プリンAは、まだ食べていないプリン。つまり、魔王にこれから冷蔵庫に保管すると言って、見せたプリンです」


「では、プリンBとはなんなのよ?」

「すでに食べられたプリンです。

先ほど、あなたが見つけた(フリをした)、空のプリン容器のことですわ!」

「ローラがまるで探偵のようだ!……あれ、探偵役は魔王のおれじゃなかったか?」


「経緯はこうですわ。

20時30分。ミアさんは、冷蔵庫にプリンAを保管した、と魔王に思わせた。

本当は、プリンAは、その腰に吊るしている道具袋に隠したのです。

そしてプリンBを、冷蔵庫の陰にこっそりと置いたのです」

「プリンBは、空のプリン容器のことだったな。

そうか。空のプリン容器は、20時30分の時点で、すでに仕込まれていたのか!」

「そして冷蔵庫には、はじめからプリンは保管されていなかったのですわ」

「あたしはちゃんと、プリンを冷蔵庫に保管したわよ! 魔王も見ていたでしょ?」

「悪いな。実は、見ていなかったんだ。

『《魔王サスペンス劇場》のイラストレーターは、エッチな絵で名高い魔太郎先生だよ!』という告知をどこで挟むか考えるのに、忙しくて」

「そこは『美しい絵で名高い魔太郎先生』のほうがいいんじゃない、魔王!」

「だって、素敵にエッチじゃないか!」


「さ、ミアさん、白状なさい。

わたくしのツインテールを『まるで芸術作品のよう!』という眼差しで見つめることができたら、許してさしあげますから」

「だ、誰が、そんなおぞましいことを! 

それに、あたしは宣言するわ! 真犯人は、あんただってね、ローラ!」

「拷問室の密室は、ミアさんの立ち位置でなければ解けませんよ?」


「あんたが行った悪魔のような密室トリック、あたしは解き明かしたわよ」 

「ミア、恥をかくまえに止めておいたほうがいい。いまならまだ引き返せる!」

「黙って傾聴しなさい、魔王。

ローラは冷蔵庫を2つ用意しておいたのよ。まず冷蔵庫Aを拷問室に設置。

20時30分のとき、あたしがプリンを保管したのは、この冷蔵庫Aだったのよ!」

「ああ悲劇はもう避けられない!」

「そして21時までに、ローラは冷蔵庫Aを冷蔵庫Bとすり替えたの。

空っぽの冷蔵庫Bと、ね。

冷蔵庫は1つしかないに違いない、という思い込みを利用した、見事なトリックだったわね」


「ミアさん。素敵な推理ですけれど、1つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「いいわよ。なんでも聞きなさい」

「どうやって、冷蔵庫をすり替えましたの?」

「どうやってすり替えたかですって? そんな初歩的なことを聞くの? 

お嬢様はこれだから困るわね。ね、魔王」

「縋るような眼差しで見られても、すり替えた方法なんか、おれも知らないぞ」

「いいわよ、冷蔵庫はすり替えられていなかったわけね。はい、これで満足でしょ。どうせこの世は、冷蔵庫もすり替えられないほど、残酷で最低な世界なのよね」

「この子、自分のトリックが外れたからって、世界に恨み節とか言い出したよ!」

「あらあら、ミアさん。伝説の勇者の末裔も、こうなってしまっては惨めなものですわね」

「いや、ミアにそんな設定ないから。その場の勢いで、適当なこと言わないでくれるかな」


「というか魔王。こうなったらもう、あんたが犯人でいいや」

「そうですわね。魔王が犯人でも良いですわね」

「よくないわい! 

お前ら、プリンが2つあっただの、冷蔵庫が2つあっただの、トリックを並べた挙句がそれか! 

まてよ、2つだと……そうか! そういうことだったのか!」 


そのとき、ルートは1つの推論に行きついた。 


「あっ! 魔王がヒト型から、最終形態へと姿を変えていくわ! 最終形態は謎を解き明かしたときのみ、変形するのよね!」

「いや、そんな設定ないから! 本編に迷惑かけるようなこと言わないでくれるかな!」 

「でも謎は解いたのでしょ。目が爛々と輝いているもの。まるで名探偵のように──しかも、女子更衣室に潜んでいる探偵ね」

「それ探偵じゃなくて変態!」 


「謎を解いたのでしたら、犯人を名指ししていただけませんか?」

「じゃ、クライマックス・シーンの定番『The崖の上』へと移動しようか」

「……Theがついている意味がわかりませんわ!」 

「魔王、いまからだと移動中に番外編の終了時刻を迎えるわよ」

「そんな! ……じゃ、せめて崖の上にいるイメージで行こう。

荒れ狂う海、むきだしの岩肌、『また崖の上かよ』とウンザリ顔の船○さん」 

「イメージの中で、ローラが足を滑らせて崖から転げ落ちていくわ」

「イメージの中で、崖から落ちかけたわたくしが、ミアさんの足をつかみ、道連れにしましたわ」 

「イメージの中で、あたしはローラをクッションにして崖下に着地して……あら、あたしのイメージ力が強すぎるのかしら? まわりの世界が崩れていっているようなのだけど?」 

「あいにくですけれど、わたくしにもまわりの世界が崩れていくのが見えますわ。

きっと本編の世界観を無視して、好き勝手にやった罰が下ったのですわ!」 


「ミアもローラも騒ぐな。これは推論魔法が発動して、再現世界へと移動を始めたんだ」

「推論魔法に再現世界ですって? 一体、それらはなんなのよ!」

「説明しよう!」 

「長くなりそうだから、やっぱりいいわ」

「ちょっと説明させてよ! ここで説明しとかないと、先が続けられないから!」 

「仕方ないわね」

「どうも、ありがとう。魔王のおれに説明するチャンスをお与えくださって」 

「いいのよ、魔王」

「いや、いまの皮肉だから!」 


「とにかく、おれが推論したことが正しかったとき、発動される。

それが推論魔法だ。推論魔法によって、再現世界が作られる」 

「再現世界ではなにができるの?」

「実際にあったことが確かめられるんだ。

ただし、再現されるのには範囲がある。

この範囲とは、おれが推論した内容だ。

今回なら、『誰がミアのプリンを食べたのか、その手口は?』について、だな」 

「ようは、限定的なタイム・トラベルという感じね」

「まあな。ただタイム・トラベルと違う点は、おれたちは再現世界のことには干渉できないということだ。あくまで、おれたちは傍観者だ」 

「けどクシャミをしたら、ぜんぶが無に帰るのよね」

「それ、どこのハク○ョン大魔王だ!」 


こうしてルート、ミア、ローラは再現世界の拷問室へと移動した。

時刻は20時30分だ。 


「ところで、ここからは再現世界での出来事を見守っていくわけだが。問題がひとつある」

「問題ですって?」 

「再現世界での出来事を地の文で語りだすと、ここにきて突如として地の文が幅を利かすことになる! 

それだけは、なんとしても避けたい! 

そこで提案なんだけど、みんなで順番に見たことを語っていこう。音声解説っぽく」 

「冗談じゃないわよ。そんなことやっていられないわ。

ほら、見なさい。いま、再現世界でのあたしとあんたが、拷問室に入ってきたところよ。

便宜上、再現世界のあたしたちは、《名前+(再)》で表しましょう」 

「乗り気ではありませんか、ミアさん。

ところで、ミア(再)さんが冷蔵庫を開けましたわね」

「そして、ちゃんとプリンを冷蔵庫に保管していったな」 


ルート(再)とミア(再)は拷問室を出た。

ルート(再)は拷問室を施錠し、鍵を魔王コートの左ポケットに入れた。 


「このシーンの撮影だけで、207回もNGを繰り返したものだわ」

「そういうエセ音声解説は求めていないから」 


ルート(再)とミア(再)は拷問室の前から歩き去った。

だが、ルート・ミア・ローラは、いまだ拷問室の前にいて、次に起こることを目撃しようとしていた。 


「ここで犯人が来るわけね」

「あう! む、胸が苦しいです! 持病の発作ですわ!」

「あからさまだな、お前は!」

「魔王! ローラが苦しそうだわ! 早く病院に連れていってあげないと!」

「ミア、お前って、根が良い子!」 


やがて、拷問室の前にローラ(再)がやってきた。


「あら、ローラ(再)だわ。なにをするつもりかしら? 

ドアから少し離れて、助走をつけて──跳んだわ!」


ドスン!  


「ロ、ローラ(再)が! ドロップキックで、拷問室のドアを蹴破ったのだけれど!」

「ドアが施錠されているのなら、壊してしまえばいい。という、当然の発想だな」

「身も蓋もないわ!」 


ドアを蹴破ったローラ(再)は、拷問室の中に入った。

真っ直ぐ冷蔵庫まで進むと、ミア(再)のプリンを取り出し、ゆっくり味わいながら食べてしまった。 


「やっぱり、犯人はローラだったのね! 

けれど、このあと拷問室のドアはどうするのかしら? 

ドアはすっかり大破しているわよ。

でも、あたしたちが戻ってきたとき、拷問室のドアは傷ひとつなかったわ」 

「ここから、ローラのなんちゃって密室トリックが発動する! 

、プリンでも冷蔵庫でもない。

!」 


ローラ(再)は、空のプリン容器を冷蔵庫の陰に落とした。

それからローラ(再)は拷問室を出、台車を持ってきた。台車にブチ壊したドアを載せて、急ぎ足で歩いていく。

やがて、今度は台車に新品のドアを載せ、ローラ(再)が戻ってきた。

新品ドアの隣には、工具入れもあった。 


そしてローラ(再)は、新たなるドアを、拷問室の入口に設置したのだった。 


「……魔王、ローラ(再)は一体、なにをやったの?」

「20時30分におれが施錠した拷問室のドアを、ドアAとする。

おれとミアが拷問室を離れたあと、ローラはドアAをぶっ壊した。

そしてミアのプリンを食べた。

のちローラは、ブチ壊したドアAに替えて、新しいドアBを設置したんだ!」 

「なによ、それ! トリックもなにもあったものじゃないわよ! 

殺人してから、死体の周りにドアのない建物を建築して、『密室殺人』と銘打つみたいなものじゃない!」

「細かいことを気にしたら負けだ、ミア。大雑把に行こう!」 


「だいたい、お嬢様のローラが、あんな短時間でドアBを設置できるものかしらね」

「ローラの趣味は日曜大工なので、作業に10分もあれば十分だった!」

「ま、魔王! なぜ、わたくしの趣味が日曜大工だとご存知ですの!」

「フッフッフッ。魔王は、なんでも知っている」 

「というか日曜大工が趣味って、はじめて聞いたのだけれど!」

「本編でも隠し通していたといいますのに!」

「いわば裏設定だな!」 

「裏設定というより、闇に葬ってほしい設定ね!」

「じゃ、葬ろう。

実は、ミアは脱ぐとおっぱいが思っていたより大きい、という裏設定とともに」

「その裏設定は正式採用でいきましょう!」 


「まあ、とにかくこれで事件の謎は解き明かされた。満足か、ミア?」

「もう満足だわ。なにも言うことはなしよ」

「お待ちなさい! なにをやっていますの、あなたがたは! 

というより、ミアさん! これはあなたの責任ですわよ! 

ワトソン役のミアさんがちゃんとしていないから、こんなことになるのです!」 

「ローラ、なに、しゃしゃり出てきているのよ。犯人のくせに」

「助手役が手抜きしているから、犯人のわたくしが声を上げる羽目になるのですわ。ほら、ミアさん、探偵役の魔王にまだ聞くことがありますわよね?」 

「ないけど」


「いいえ、ありますわ! ほら、鍵ですわよ、鍵。

わたくし、ドアAをドアBに交換したのですわよ。

それなのに、先ほど魔王はドアBを開錠していましたわよね」 

「ああ、そのこと。気にはなっていたけれど、面倒だからもういいわ」

「よくありませんわよ! 人の苦労をなんだと思っていますの!」 


「わかったわよ。

えーと、魔王。ローラは拷問室のドアAを、ドアBに交換したのよね。

けれど、魔王が持っている鍵は、ドアAのもののはずよね。

なのに、魔王はドアBを開錠できたわ。これは、なぜなの?」 

「実は、それにも苦労性のローラのトリックが隠されていたんだ!」 


再現世界で21時を過ぎ、ルート(再)、ミア(再)、ローラ(再)の3人が、拷問室へとやってきた。

ローラ(再)は、ルート(再)の右横を歩きながら、ドアBの鍵を魔王コートの右ポケットに落とし込んだ。 


「いまローラ(再)が、魔王のダサいコートの右ポケットに、ドアBの鍵を入れたわ!」 

「このときドアAの鍵は、おれのコートの左ポケットに入っていた。

ドアAの鍵を左右どちらのポケットに入れたかなんて、このときのおれは忘れていたけどな。

ローラはドアAの鍵が左ポケットにあると知っていたんだろう」 

「ところで魔王、コートをダサいと言われてもスルーだったわね」

「Twitter版には140字という制約があるので、余計なツッコミは入れられなかったんだ!」 


「にしても、魔王のポケットに鍵を仕込むことができるのなら、ローラはドアを壊して交換するまでもないわよね。

20時30分~21時の間に、魔王のポケットからドアAの鍵を盗んで、ドアAを開錠すれば良かったのよ」

「それだと、20時30分~21時までの間に、ローラはおれに近づくことになる。これでは、あとで『お前が鍵を盗んだろ』と、疑いをかけられるのは目に見えていた」 

「ローラは、そういう細かいことは気にしていたのね。

密室トリックの根幹が、『ドアを蹴破る!』にあるくせに。

だけど、まだ疑問があるわ」

「ワトソン君、しつこいな」 


「いま、再現世界の魔王(再)の状態は、こうよね。

左ポケットにはドアAの鍵、右ポケットにはドアBの鍵。

魔王(再)がどちらを取り出すかは、五分五分よね。

魔王がドアAの鍵を取ったら台無しだったわ」 

「いいや、おれがドアBの鍵を取るのは、100パーセントだったんだ」 


拷問室を前にして、ローラ(再)がルート(再)に、「コートの右ポケットから鍵が突き出していますわよ」と言った。

こうしてルート(再)は、疑うこともせず、右ポケットからドアBの鍵を取り出したのだった。


「右ポケットからドアBの鍵を取り出すよう、魔王はまんまと誘導されていたわけね」

「わたくしの話術の勝利ですわ」

「魔王がアホなだけでしょ」

「あのね、魔王でも心って傷付くからな」


「けれどローラ、あなたにしてはなかなかだったわね。

ドアを壊すという、密室物に喧嘩を売っているような荒業。

そこからの、ドア交換の早業。

最後のところで魔王のポケットに鍵を仕込むという隙のなさ。

あたしでなければ解けなかったわね」

「いや、解いたの、おれ! 

お前は、適当に合いの手を入れていただけだろうが!」 

「じゃ、これから犯人ローラのドリル型ツインテの切断式ね!」

「本編に影響が出るから却下!」

「なら、発売日が過ぎたら、切ってやるわ」 


再現世界が崩れていき、ルート、ミア、ローラの3人は元の世界へと戻った。 


「ところでミアさん。この道具袋にはなにが入っているのです?」

ローラがミアの道具袋を引っ張ると、中から何個ものプリンがこぼれ落ちた。 

「こんなにプリンを隠し持っていたのですか! 

それなら、1個くらいわたくしに食べられても、文句はありませんわよね!」

「冗談じゃないわよ! あんたに食べられたら、プリンが可愛そうだわ!」 

ルートはつかみ合うミアとローラを見つめながら、呟くのだった。

「というか、ミアがプリン好きという設定、本編になかったよな」 






「……あれ、尺があまった」

「というわけで、魔王。こんなグダグダな感じであと3回つづくわ。

この企画、成功するかしら?」

「ヒロインが『グダグダな感じ』と言っている時点で、沈没しかけている感じだ!」 

「わかったわ、魔王。次週は脱ぐわ! ──ローラが」

「お前が脱げよ!」

「じゃあ担当さんが」

「担当さんを脱がせようとするヒロインなんて、聞いたことがない!」 




「次回予告!」

「いきなり予告をはじめやがった! 

こいつ番外編では、本編に輪をかけて身勝手だな」 

「第2話では、ついにローラが毒殺されるわよ! 七味唐辛子で!」

「七味唐辛子で毒殺って、どれだけアホなやり口?」 

「新キャラも登場するわ!」

「グアンだな。寡黙な男勇者だ」 

「え、男勇者?……魔王、せっかくイラストレーターが、可愛くてエッチな美少女を描かせたら右に出る者がいない魔太郎先生なのに、どうして男キャラがいるのよ。

魔王はいいわよ。主人公だから。

けど、主人公のまわりは全員、女の子で固めなさいよ!」

「知るか!」


「では皆さん、引き続き《魔王サスペンス劇場~ナンチャラカンチャラ殺し》番外編を、よろしくね!」

「ヒロイン! サブタイトルをちゃんと覚えろ!」


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