獅子王の冒険譚

こう茶

第1話

 ハラヘッタ。ハラヘッタ。


 ニク、クウ。


 ワレ、ニク、クウ。


ーーぐしゃり。


 ニク、ニク、ニク。


 クウ、クウ、クウ。


 ヒカリ、マブシイ。



 この日、私は獣から【天を統べる獅子】の戦士となったのだ。


 我は、何だ?


 いや、そんなことよりも腹が減った。


 何かないのか?


 周りには肉に一心不乱に食らいつく、背に小さな翼の有る、鬣を生やした生き物が群がっていた。

 何だ、なんなのだこやつらは?

 みるみるうちになくなっていく肉。

 これは我の肉だ!


ーーグルルァァツ!


 我が声を上げると、小さきものたちが顔を上げる。

 その瞳には恐れ、畏れが見える。

 ふん、脆弱な。その程度で我から肉を取ろうなど片腹痛いわ。


 静かになった場で遠慮なく喰らい付いた。

 滴る血が喉を潤し、噛みごたえのある骨は噛めば噛むほど味が滲み出てくる。そして、この肉柔らかい。

 くくく、良いだろう。この肉は我のものなのだ!


 小さき者たちの中でも特に愚かな者が我の物をかすめ取ろうと、忍び寄る。

 愚か、実に愚かだ。

 いくら音を消し、息を殺したところで意味はないのだ。


 前足を振るう。それだけで、小さき者は吹き飛んだ。

 ぐるりと睨みを効かせる。


 邪魔者は居なくなり、喰らう喰らう喰らう。

 ふと視界の端にあの小さき者たちの足が映る。

くどいぞ!


ーーガオオォォゥッ!


 怯み、足をすくませる。ふん、その程度で我に歯向かおうなど笑止!

 だが、不思議と喰らってやろうという考えは浮かばなかった。


 小さき者たちの歩みは遅く、弱々しい。怯えてなお、瞳は肉に向けられている。


 こやつら、腹をすかせているのではないか?


 そんな考えが我の中に生まれるのもそう時間はかからなかった。

 良いだろう。くれてやろうではないか。我は少々腹が満たされ気分が良いからな。ふははは。崇めるが良い、感謝するが良い!


 我がその場を退くと、ガツガツと喰らい始めた。

 仕方あるまい、この際、我が先ほど振り払った者にも分けてやるとしよう。爪でスッと切り取る動けないでいる者にも分け与えた。

 その場には始めから何もなかったと思わせるような光景になるのはあっという間だった。さて、帰るとしよう。


 帰る?


 いったいどこへ帰るというのだ?


 しかし、不思議と足は動き出し、何故か小さき者たちも行く先は同じようだった。


 太い木の枝の上を歩いていくと、そこには翼と鬣のある四つ足の大きな者たちが待っていた。

 な、何という迫力か。

 金、銀、赤、青、黒、白の色鮮やかな毛の大きな者たちが待ち構えている。


ーーグルルァァツ!


 そのうちの一体が吼える。

 吹き飛ばされそうなほどの圧力が身を襲う。

 ぐぬぬぬぅ、小癪な!


ーーガオオォォゥッ!


 少しだけ収まった暴風の中でふと後ろが気になった。

 後ろにいたはずの小さき者たちはどうしたのか、と。

 耐えていた。必死に耐えていた。身を小さくし、一箇所に集まることで凌いでいたのだ。


 こやつらの必死な姿を見て、何故だか無性に怒りがこみ上げた。


 全身の毛が逆立ち、牙をむき出しにした。


 分かる、判る、解るぞ!

 牙の、爪の、そして、翼の使い方がなぁっ!


 翼をめいいっぱい広げると上下に動かす。段々と枝から足が離れていく。暴風雨が体を揺らすが、さらにもう一声で気にならなくなった。


 這い蹲り、赦しをこうが良い!


 天から舞い降りるとよく吠える者に飛びかかる。

 爪に、必殺の意思を込める。引き裂き、命を奪うという意思だ。

 黒い光を纏った右前足を振り下ろす。

 赤き者は避けない。鬣で我が足を受け止めたのだ。

 木が大きく揺れ、大気が震えた。


 くっ、倒れぬか。ならば、噛み殺すまで!


 そのまま全身で押さえ込み、牙をつきたてようとした時だった。


『そこまでにせぬか!』


 今度は白き者が雄叫びをあげ、我を吹き飛ばした。

 チッ、邪魔な奴らだ。

 再び迫るが、我と奴らの間に白い光の壁が作られ、それより先には進めなくなってしまった。


『ジジイ、ようやく面白くなってきたところだぜ? 止めんなよ』


『そうもいかぬわ。全く。主も牙を収めよ。我らはもとより、争う気などありはせぬ』


 争う気がない? 戯言を!


 三たび足を振り下ろす。光の壁はビクともしない。


『ダメね、頭に血が上っちゃってるわね。これで少しは落ち着いてね』


 今度は青き者が吼えると、我の真下に光り輝く不思議な紋様が浮かび上がる。

 そして、そこから吹き出した光を浴びると先ほどまで胸中に渦巻いていた憤りが嘘のように消えて無くなった。


 いったい、何だというのだ。


『さて、落ち着いてところで儂から話そうかの』


 そう白き者は続けた。


『儂の名はクレイア。そして、こっちの黒いのがクレイン、赤がレヴァン、青がフィオナ、金がルナ、銀がセンだ。何、今ここで全て覚えろとは言わぬ。おいおい覚えてゆけばよい。

 主らは見事戦士の儀を成功させた。歓迎しよう新しき戦士達よ』


 色とりどりの大きな者たちと出会ってから、数日が経った。

 いや、我は以前にも会ったことがあるようだが、我が我と成ってからは初めてのことだ。つまり、我が意識を持つ前からの知り合いだったようだが、今となっては些細なことだ。


 我は、我らは【天を統べる獅子】という一族らしい。この世界に多くいる二本足で立つ者たち、人間からは魔物と呼ばれ、恐れられているようだ。

 ふん、魔物など、意志のない獣である。我らと同列に扱うとは、実に烏滸がましい。

 だが、事実として人間からはそう認識され、我らは多くの同胞を失った。一人一人の力では足元にも及ばないが、その数と団結力でその弱点を補っているのだ。


 白き者、クレイアは我らに知識を授けた。

 故に知る。我らの置かれた現状と問題を。


 人間どもはその手を伸ばし、森を焼き、山を荒らし、草原を刈った。

 我らは住処は次第に減っていった。今残る住処はこの大樹、いや、聖樹か。何でもいいが、人間が崇めるこの大木に根ざしている。雲の上のわずかな空間にその身を寄せ合っている。

この場で獲れる獲物など僅かで、皆腹を満たすことはできないでいた。もし一度この欲求を満たすためだけに、下に降りて、人に住処を知られでもしたら、それこそ一族滅亡だ。

 というのが我らの一般常識だ。

 だが、ことここに至ってはこのまま座して待つだけでは行く着く先は緩やかな滅亡である。であれば、こちらから出るしかない。


 数年の雌伏の時を経て、我は外へ出た。

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