ミキちゃん

サクラリンゴ

ミキちゃん


ボクとミキちゃんは同じ大学に通っている。


ボクとミキちゃんは同じサークルに入っている。


ボクとミキちゃんは同じバイト先で働いている。



******


 ボクとミキちゃんが初めて出会ったのは、大学初日の新入生向け説明会の日だった。

 ボクとミキちゃんは、学部が違ったけれど、たまたまボクが、その日仲良くなったOちゃんが、ミキちゃんと同じ高校だった。


 Oちゃんは、気さくで、親切で、とてもいい人だった。彼女は、人付き合いの苦手なボクを見かねてか、何人か同じ大学に進んだ高校の同級生を集めてくれた。


 集合場所には、いかついけど優しいお兄さん、冗談好きで面白いお兄さん、小さくていつも楽しそうに笑うお姉さん、そして、ミキちゃんがいた。



 その日、僕たち六人は、みんなの新入生向けのガイダンスが終わると、連れ立ってゲームセンターへ行った。


 ミキちゃんは大人しい女の子だった。モデルのようにすらりとした体型で、整った顔立ちもしているのに一切着飾った様子が無かった。大学生にしては地味な格好でいつも僕らの後をついてきていた。


 ずっとついてくるだけで、誰とも関わろうとしないミキちゃんに僕は興味が湧いた。それにみんなもみんなだ、誰もしゃべろうとしない、Oちゃんですらミキちゃんを気にかけるそぶりを見せなかった。


 僕は、前を歩くみんなから少し距離を取り、ミキちゃんに話しかけた。


 ミキちゃんは一瞬驚いたような顔を見せたが、普通に話してくれた。


 ミキちゃんと話していると、いくつか、自分との共通点が見つかった。

 人付き合いが苦手なこと。本を読むのが好きなこと。実は、静かなところが好きで、ゲームセンターのようなうるさい場所は苦手なこと。目立つのが得意でないこと。星が好きなこと。明るい所が苦手なこと。お墓やお寺、神社なんかが好きなこと。

 ほかにもいくつか見つかった。



 その日を境に、ボクとミキちゃんはよくしゃべるようになった。


 学部が違うからいつもというわけじゃないが、お互いの予定の合うときは無理のない範囲で一緒に昼食を食べたりした。


 ボクとミキちゃんは同じサークルに入った。

 あまり人数も多くないし、そんなに騒ぐような人もいなかったので僕たちも楽しむことができた。


 ボクとミキちゃんは大学の書店をバイト先に選んだ。

 給料はそんなに良くないが二人とも本が好きだったから、本に囲まれているだけで満足だった。


 ボクはミキちゃんによくプレゼントをした。

 時には、ぬいぐるみのようなかわいいものを。時にはコンセントのような実用的なものを。


 ボクとミキちゃんは、夜にもよくお話をした。

 いつも、ミキちゃんがひとりごとのようにしゃべってばかりだったけどそれだけで満足だった。



 だけど、ミキちゃんはたまに変なことをする子だった。

 人前でボクに挨拶をしなかったり、人前でお話をしている時はボクにしゃべらせなかったり、一緒に帰っていても家が近づくと急にいなくなったり。


 それでもボクは、ミキちゃんのことが好きだった。だから何も言わなかった。




 夏のある夜、ミキちゃんは電話で家の場所を伝えてくれた。

 二人それぞれ別の場所で、空を眺めながらペルセウス座流星群を観察している時だった。


 B駅の近くで、バスの車庫に面していて、二階にベランダのある一軒家。


 ボクは今すぐ彼女に会いたい気持ちにかられた。

 ボクが今いるのは、幸いなことにB駅のすぐ近くだった。

 ボクはすぐにケータイで該当する場所を調べ、ミキちゃんの家へ走った。


 ミキちゃんはまだ電話口で話し続けていた。


 ミキちゃんの家まではあと少しだ。



 ミキちゃんの家に着いた。

 ミキちゃんの苗字と同じ「A」とある。明かりは、ついていない。

 こんな夜に家を訪ねるのは悪いと思いつつ、自分を抑えることは出来なかった。


 ピンポーン


 静かな住宅街にチャイムの音が溶けていく。


 しばらく待ってみたが反応は無かった。もう十二時に近い。寝てしまったのかもしれない。

そう思いつつももう一度だけチャイムを押してみた。


 ピンポーン


どこかで日付が変わったことを告げていた。街灯がチカチカと点滅した。いつの間にか、電話は切れてしまっていた。


 中から姿を現したのは人のよさそうな四十代くらいの女性だった。

 どことなくミキちゃんに似ている。おそらくミキちゃんの母親だろう。


「あの、ボク、ミキちゃんの同級生で……。Kって言います。その、ミキちゃんに、会いに」


「まあ、ミキに会いに…。どうぞ上がってください」


 ボクは驚いた。初対面の男、しかもこんな夜に訪ねてくるような人間を怪しまずに家に上げたことに。


「もう、昨日になっちゃったけど、お盆にまで訪ねてくれてありがとうね。きっと、ミキも喜んでいるわ」


 ミキちゃんの母親に連れられ、家の中に入る。


「今は、大学に通っているの?」


「はい、E大学です。」


「E大学……」


 通されたのは、仏間だった。


「ミキも本当なら同じ大学に通っていたのよね」


 この人は何を言っているんだ。ミキちゃんは、今だってE大に通っているじゃないか。


 しかし、仏壇に飾られた遺影に写る顔を見た瞬間、彼女の言葉が正しいことを悟った。



 ミキちゃんがいた。



 黒い額縁で縁取られ、最初に会った日と全く変わらないミキちゃんの顔がそこにはあった。


 ミキちゃんは死んでる?


「あの子、E大学に合格したことすごく喜んで、大学生活を楽しみにしてたから。どうか、あの子に大学生活を教えてあげて」


 ミキちゃんが死んでいる。そのことに呆然としつつも、母親に言われた通りに、ミキちゃんに心の中で語ろうとした。

しかし、できなかった。ボクにとっての大学生活。それはミキちゃんと一緒に過ごしてきた時間だったから。



 そこでふと、ミキちゃんの部屋が見たくなった。

 ボクの贈ったプレゼントはどうなっているのだろう。


「あの、ミキちゃんの部屋を見せてもらえませんか?」


 母親は快く承諾してくれた。


「あの子が死んでから、部屋のものは触ってないわ。何か思い出の品があったら持って行ってくださいね」



 ミキちゃんの部屋は、窓から射し込む街の明かりでぼんやりと照らされていた。


 明かりをつけると、部屋の所々に、ボクのあげたプレゼントが飾られていた。


「この部屋、こんなに人形の数多かったかしら」


 机の上を見ると、ボクのあげたぬいぐるみに抱きかかえられるようにして、二通の手紙が置いてあった。


 宛名は、「お母さんへ」。そして、もう一通には、ボクの名前があった。





 Kくんへ


 今日は私の家に来てくれてありがとう。

 お母さんから聞いたと思うけど、私はもう死んでいます。大学合格が決まって、神社にお礼を言いに行った帰りに事故に遭っちゃいました。神様もひどいよね。


 死んでいたこと、驚かせちゃってごめんね。

 でも、最初に驚いたのは私なんだよ。だって、それまで私のこと誰にも見えていなかったのにKくんにだけ見えたんだもん。

あの日、未練たらしく大学のガイダンスを見に行って、高校の時のみんなを見つけたから、みんなのまねして自己紹介して、何となくついていっただけだったけど、ついていって本当に良かったって思ってる。

 だって、Kくんに見つけてもらえたから。私を見つけてくれて本当にありがとう。

 おかげで、本当は体験できなかったはずの大学生活を楽しむことができました。

 でも、なんで見えたのかな?趣味が似てたから?(笑)


 あと、Kくんの大学生活をちょっともらっちゃってごめんなさい。

 でも、Kくんならこれからでも友達はきっと作れるから、いっぱい友達作って、楽しい思いで作って、私の分まで楽しんでください。

 ひょっとしたら、よく独り言しゃべってるやつって思われてるかもしれないけど……。私、ちゃんととめたのに。


 それと、ストーカーはだめだよ。

 ぬいぐるみやコンセントの盗聴器、私気づいてるんだから。

 今日だって、電話で誰かにしゃべってるみたいに私の家のヒント出したら来ちゃうし。

 でも、来てくれるって信じてました。Kくんは生粋のストーカーさんだもん。

 でも、これは私にとって賭けでもありました。

 もし、今日中にKくんが来なかったら、お母さんとKくんへの手紙は書かないつもりだったから。

 でも、Kくんが来てくれたのがわかったから二人への手紙を書く勇気が出ました。


 今日が最後だったから、今日Kくんが来てくれたから二人にお別れを入れます。

 私は今日、あの世へ行かなければなりません。だから最後に二人に手紙を書けてよかったです。


 Kくん、今日は私の家に来てくれて本当にありがとう。

 私も、Kくんのこと大好きでした。


 ミキ


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ミキちゃん サクラリンゴ @sakuratoringo0408

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