ぼくと向こう側〜家探しは楽じゃない〜

旋利

第1話

「なんか、やだなここ」


煤けたエレベーター。

狭く暗い階段。


どっちも好きじゃない。

こういうとこは、「いる」。


だからこそ、既に帰りたい。


…だけど。


ぼくの未来がかかってる。


『治さん。階段にしてください』


耳元で少し低めに囁く青年の声に、ぼくは顔をゆがめて階段を見上げた。


「エレベーターじゃ、だめだよな」


『はい』


「〜っ、わかった」


踏み出した階段。

一段一段を上りながら、ぼくはできるだけ、周りを見ないように俯いて歩いた。


外気の問題とは別の、妙な肌寒さのわけを、ぼくはよく知ってる。

いつも身近に感じる非日常の世界だから。


(こっちが「見え」なくても誤解されるもんな)


だから。

いやなんだ。


気が付いたら「拾ってお持ち帰り」なんてよくある話。

でも、この日、ぼくの兄的存在の「彼」が、階段を指定したのは、恐らくリスクが高い方を避けたから(エレベーターって密室だしね)だと思うから。

良くも悪くも、予知的なことを感じる彼に従ったのは、ぼくにとっては、至極当然の話だった。


(にしても、ここやばい。早くつかねえかな)


4階遠すぎる、と思いだした頃。

それを汲んだか否か、バカに高い声が耳元で騒いだ。


『にゃんにゃんいやですにゃん。帰るですにゃん!』


「そらこっちのセリフだ。黙ってろ」


『にゃんにゃん、ばいばいですにゃん!』


「なら一人で下で待ってろ!」


『にゃんにゃんお留守番いやですにゃん!』


「ならついてこい」


その声は、食い意地の張ったぼくの癒しゆるキャラの声だった。

姿は見えないから、ほんとの姿はよくわからないけど。


(まだか)


にゃんにゃん騒ぐ声を黙らせたものの、周りから感じる、無言の圧迫感に焦れてきた頃。


「っおっ」


上ってた階段。

目の前を。

看板が塞いだ。

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