#22 僕がきっとこの世界を終わらせる
尋問室はごく普通の空き教室であった。だが、窓が板で打ち付けてある。こんな教室を今まで見たことがなかったので、僕が特別寮に入った後、ごく最近にできたのであろう。おそらく学院生代表のアルバントが指示したのだ。
僕を椅子に座らせ、周りに取り巻きが見張り、前にアルバントが座って僕を見る。
「さあて。」アルバントはニヤリと笑いながら言った。「まずは声が出る事を確認しなきゃな。」
僕は口を開けずにアルバントを見た。
「声を出すんだ。人間だろう?」アルバントがそう挑発しても僕は絶対にだすものかと唇を嚙んで見せた。「しかたないな。おい!」アルバントがそう言うとぼくの背後にいるケレボルンが「見定めたツボに狙いを定めて、ケレボルン・マインタッカー!」と言いながら肩の丁度良く鋭く痛む部位にコブシをぶつけた。
「くあっ・・・!」
痛みでよじる僕。(サリア・・・)ネイスンの心の声。
「それでいい。君はどうやら声が出るらしい。で、どうやって声を出せるようになった?」
「答えるものか。」僕は諦めて声を出して返事した。
「ケレボルン。」アルバントがそういうとケレボルンが頷いて僕に囁きかけた。
「いいんですか?あなたの心読んじゃいますよ?」
「そうやってネイスンの気持ちも何もかも情報収集したんだな。」
「察しが宜しいようで。ケレボルン・マインタッカァー・・・」
「その語尾に自分の名前いうのやめろ。気持ち悪い。」
「気合を入れるためですよ。こうすると縁起がいいんです。ケレボルン・マインタッカァー・・・さて・・・」
ケレボルンはアルバントをみて言った。「こやつの声と神への不忠誠には相関が見られます。『神などいない』と思ったら声が出るようになったらしいです。」取り巻きたちは息を呑んだ。そしてアルバントを見る。アルバントは徐々に「ふ、ふ、ふ、」と痙攣し「ふはははははは」と笑い出す。「サリア・マーク。お前は本当に悪魔の申し子だな。」アルバントはニヤニヤと見る。「実に興味深くなってきたよ。お前をどうしたら正せるのか、考えるのが楽しくて仕方ない。」
「僕は正しい。」僕はいった。「なぜなら正直だからだ。」
「救いようも無く狂った野郎だな。」そう言いながらアルバントは手袋をはめる。取り巻き達が僕から離れる。アルバントは僕に近寄ってくる。「さて、しかし、こうやって」僕のあごは一発強く殴られ、骨が歪みそうな恐怖と痛みの苦しみがヒリヒリと染み渡った。「君の悪魔を追い出してやりたいところだが、もしかしたら今までのは君の一時の気の迷いで、改心するかもしれん。」アルバントは僕に顔を近づける。「お前は神のさばきで声を失い、しかしアリュヌフの神の許しから声を取り戻した人間ということにしよう。」(お前は神の奇跡で声を取り戻したと演じる事で全てが許される。)「言いたいことは分かるな?」(さもなくば裁きを受けさせる。)
「つまり気に食わないが仲間に入ったら許してやるという事だろ。」と僕が答えるとアルバントはもう一発僕の顔を殴った。痛い。「口を慎め。私は悟者だ。お前達の誰よりも悟りに至った存在だ。」(なぜサリア、貴様は、すべてを知った気になっているんだ? 私がその程度の人間とでも?)「ところで、クルスの姿が時々見かけない日があるが、会ってるのか?」
僕はドキリとした。「いや、いや、会っていない!」
「ケレボルン。」
「あいあいさ。」ケレボルンは僕を見る。「ほほー・・・会ってるどころか、すごい二人でイイ感じらしいですよ。ケレボルン・マインタッ」 ケレボルンはアルバントに殴り飛ばされ、名前の最後が言えなかった。そしてアルバントは僕を見る。「それは、本当か?」 僕は何も答えられなかった。ケレボルンは頬を押さえながら「ずーっと見つめ合ってる絵が見えました、どこかわからないですけど、どこでしょう。よし、探りを入れてみます・・・」と言って僕に近寄ってきたので、今度こそ、そんな事をされてたまるか、と、僕はケレボルンを睨み、探りを入れ返した。ケレボルンには読み取ろうとする意思がそこにあり、読み取りたくなければそれを相殺せねばならない。視界に一瞬走る閃光。めまい。ケレボルンが「うわっ!」と言ってのけぞる。「こいつは・・・俺と同じ感じる力が、いや、それどころか、脳内に語りかける力がありますぜ、ケレボルン・マインタッカァー!」
「くっ、なるほど。」アルバントは椅子の上で同様にのけぞった僕を見る。「その力を使えばアリュヌフの教えを伝えるのに十分なはずだがな。」
「そんなことは、ありえない!」僕は叫んだ。「教えに説得力が無いからそうやってすぐ暴力に走」
アルバントはさらに僕を殴った。「説得力が無いだと?」アルバントは怒りに震えながらもう一度殴る。「お前はアリュヌフの神の御業を見、そして自ら体感しただろう。その力の偉大さを見て、説得力が、無いだと?」
「そして僕はその力を乗り越えた。この声が証拠だ!」
「やかましい!」また僕を殴る。
「アルバント先輩!」ケレボルンが叫んだ。「こいつ、傷が治っている!」
「何だと?」アルバントは引きつった。どうやら僕の顔には殴られた傷がないらしい。「こいつは、化け物か。」
「人間だ。」僕は言った。「声を出す、人間だ。」
「お前はやはり」アルバントは殴った。「香壇で、」さらに殴った。「処理しなきゃならない、」今度は蹴る。「ようだな。」もう一度蹴った後、彼は命令する。「こいつを監禁しろ。飯も水も与えるな。」(許さん。クルスがこんな化け物とくっつくなどありえん。殺す。殺すしかあるまい。殺すことはアリュヌフの神が喜ばれるはずだ。死ね。お前は死ぬしかない。) アルバントの拳よりも、その後に漏れ出る激しい憎悪がもっとも僕を傷つける。取り巻きが僕達を抑えて、監禁室へと運ぶ。ネイスンはいつのまにかいなくなっていた。耐えられなかったのだろう。暗い檻に運ばれながら、僕は、取り巻きに恐怖を与えて逃げる道もあったな、と思ったが、あいにく、今まで習ったのは調和の姿勢であり、相手を攻撃する方法など知らなかった。ケレボルンの読心を拒絶するので精一杯であった。
ああ、とうとう檻に監禁されてしまった。翌日には香壇に連れて行かれる。そうしたら自分は声を取られるのだろうか。いや、アルバントの口ぶりからすると、声どころか、魂まで取られかねない勢いだ。
しかし同時にアルバントの権力が、あまりに強すぎる事に疑念がいった。あたかも自分の望む罰を神が与える事のできるかのような、アリュヌフの神を思い通りにできるかのような発言であった。どうなっているのか。
悟者とアリュヌフの神の関連性。アリュヌフの神は絶対者なのだろうか。それとも、悟者という下っ端の分際で、口先三寸でアリュヌフの神をおだてて好きなように誘導しているのだろうか。悟者の権限があまりに強いのは、そういえばナーディア 先生がまさにそうだったし、そしてドーファを撃ち殺したデリンジ先生もそうだった。それどころか、ドーファを撃ち殺した事すら御業集に載っていた。
・・・悟者と神の行いは同じということか?
・・・いや、既に気づいている筈だ。
・・・香壇で見た、彫像のように動かずに、言語を発さないアリュヌフの神。
・・・「e...rhx...Bq...Dah...Nbvr...」
・・・アリュヌフの神が動いたのは、今まで僕の知る限りデューリヒが彼を覗いたときだけ。
・・・それ以外は、悟者が発見した事をアリュヌフの神が裁いた事になっている。
・・・利用されている?
・・・あれは、本当に、学院を統率する “神” なのだろうか?
・・・それともただの、でくの坊?操り人形?
監獄の時間は永遠のようだ。
僕は暗がりで瞑想をする。
暗がりだからこそあらゆる声が聞こえてくる。
それは言葉にならない声。声無き声。
・・・この学院では多くの人が死んだようだ。
魂がまったく静まっていない。
理不尽に殺された者の恨み、叫び、悲しみ。
でも、もう大丈夫。
僕がきっとこの世界を終わらせる。
今は何もできないけれど。
でも、決意だけは固まった。
分からないけれど、道は本当の神が整えてくれる気がするから。
監獄の檻の奥には扉がある。それは出口に続く道。風呂にも入る事はできず、ヨレヨレの服を着た僕は寝るというより最早くたびれていた。何かが近づく気配がして、あわてて起き上がると、 扉がゆっくり開きだす。鍵の音がチャラチャラする。
「サリア。」
その声は。
「ネイスン?」
「もう、いいんだ。サリア。」ネイスンはそう言って、檻の扉の鍵を開け始めた。
「ちょっと、」僕はあわてて扉に近づく。「何してるの?」
「僕は、分からないんだ。」ネイスンの目から涙がこぼれた。「分からないけど、やっぱり君を愛しているんだ。」涙が滝のようにこぼれる。「いいんだ。行って。サリア。お願い。」扉を開けた。
「だめだ。君がひどい目にあう。」僕はそのまま立ち止まる。
「いいの。」ネイスンは言った。「行って。おねがい。じゃないと僕はここにい続ける、そして一緒に処罰される。一緒にしぬか、僕がしぬか、二つに一つだ。」
「ネイスン・・・。」
「マルデナさんにはすでに話を通した。逃げたらまずマルデナさんに会ってくれ。あの人が当分かくまってくれるはずだ。」
僕は驚いて何も言えなかった。本当に、何も言葉が思いつかなかった。ネイスンの想いは今度こそホンモノであった。
ネイスンは言った。 「僕は聖歌隊にまでなりたくもなかった・・・サリアさえいれば自分は幸せだった。でも聖歌隊、しかもサリアの夢の聖歌隊を奪ってしまい、サリアはもうアリュヌフの民から外されて、それどころか、どんどん違う人間になっていく。なにもかも状況が変わっている。僕は君についていけない。でも、君を傷つけたくない。だから、こうするしか、僕は、幸せになれない。せめて君を守って死にたい・・・」
「馬鹿!」僕は叫んだ。「僕が死ぬのを食い止めた君が、自ら無駄に死ぬなんて、 僕が許さないよ!」
「サリア?」ネイスンが驚いた。
「いいか。僕はお前を連れて行く。もうこうなってしまったらお前も僕と同じ身分になってしまうだろう。共に逃げよう。いいね?」
ネイスンはしばらく考え、そして静かに頷く。共に立ち上がり、監禁室から出て 行き、廊下を歩く。
「僕たちは親友だ。」僕は言った。「君を見捨てない。」
「サリア・・・。」ネイスンが僕にどきどきしているのが感じ取れた。「やっぱり僕、君の事が・・・」
小さな銃声。ネイスンの意識は途絶えた。振り返った。
「夢が私にお告げをくれた!裏切り者は粛清すべき!ケレボルン・マインタッカー!」
蝋燭に照らされたケレボルンの凶悪な表情。小銃を構えている。
「ネイスン!」僕はネイスンの亡骸に叫んだ。
「次は君の番だ!」ケレボルンは叫んだ。「ケレボルン・マインタッカー!」
しかし、その銃がどこに向かうのか、僕はケレボルンの心とその先の視線を読んだ。一瞬の停止。再び銃声。僕の避け方が奇妙だったらしくケレボルンも困惑して銃を外した。
「チッ、こざかしい!」ケレボルンは言う。その隙に僕は全力で逃げ出す。「まちあがれ!」ケレボルンが叫んで激しい足音が聞こえる。僕は消えつつあるネイスンの魂の残滓に祈りを捧げる。
僕に、生きろと、伝えてくれた数少ない親友、ネイスン。意思を受け継ぎ、僕は生きねば。僕は監禁室を抜け出し、逃亡先である特別寮とは正反対の方向に逃げた。林の中。ケレボルンもしばらくその茂みを探し回っていたが見失っているようである。だが、彼は心が読めるので、気配をも消さなければいけない。やがて、ケレボルン自身の気配が消えたことを察した僕は歩き始めた。そして校門を抜ける。
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