犬とハサミは使いよう 二人は出かける

けろよん

第1話 散歩行こ 1

 春海和人は元は人間だ。今はひょんなことから犬になって、夏野霧姫の家にお世話になっている。

 夏野は作家だ。そして金持ちでもある。彼女のマンションには本がたくさんあって、読書家の和人にとってはいくらいても退屈しない場所だった。

 犬の手でページをめくるのにも大分慣れてきた。

 和人が今日も本を読んで楽しんでいると、そこに夏野がやってきた。彼女は今日も黒づくめの恰好を好んで着ていた。


「この駄犬。いつまで本を読んでるの。散歩に行くわよ」

(見りゃ分かるだろ。俺は本を読んでいるんだ。散歩なら一人で行け)


と、和人が思っていると、そこにハサミが突きつけられてきた。

 彼女の赤い瞳には殺気がある。

 夏野は和人の心が読めるのだ。黙っていても思考が筒抜けになってしまう。

 顔のすぐ横をかすめた銀色の輝きを見ながら、和人は文句を言った。


「危ないだろうが! すぐハサミを出してくる癖は止めろ!」

「危ないのは私のマンションの床よ。危うく勢いあまって傷を付けてしまうところだったわ。この駄犬ちゃん」


 頬をペチペチと叩く銀色のハサミ。冷たい感触が心地いい。


「散歩と行ってもよ。お前だって書くのに忙しいんじゃないのか? 俺が読むのに忙しいのと同じで」


 夏野は人気の作家だ。ずっとペンだけ動かしていればいいはずだった。


「私だってずっと家にいるわけじゃないのよ。買い物にも行かないといけないし」

「アマゾンで買え」

「あなたの食料をいつも誰が買っていると思っているのかしら」

「俺の知ったことじゃないね。俺は三度の飯より本を読みたいんだ」

「じゃあ、もうご飯抜きにするわ」

「虐待だ!」

「本当についてくる気はないのね?」

「くどい!」

「ずっと寝たままだと血流が止まって脳細胞が死滅するわよ」

「いい度胸だ。俺の脳細胞はそんなにやわじゃないぜ!」

「仕方ないわね」


 夏野の手がすっと伸びてくる。すっと和人の読んでいた本を取り上げて、すっと自分の鞄にしまった。


「何をするんだ! まだ栞も挟んでいないのに」

「カクヨムに栞はないのよ。いいから来なさい、この糞犬。犬畜生!」

「仕方ねえな」


 らちが明かない。このまま言い合うより、早く済ませた方が早そうだ。

 和人は仕方なく夏野と出かけることにするのだった。

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