第74話 北陸大乱 2
下間源十郎に二流の幟を手渡すと、その日のうちに良之は放生津に入った。
全軍の集合が終わると、織田上総介は全軍に小矢部川を渡河させ、守山城へ入る。
同時に、草のものに狼煙を上げさせ、増山城の兵は南方の支城鬼ヶ城へ、白川の軍は荻町城から西方の馬狩へと進軍させた。
この戦に際し、織田上総介は良之から4色の発煙筒を狼煙として提供されている。
白、赤、黄、青色である。
発煙筒は、各拠点とその中間の狼煙台に豊富に用意され、その色の組み合わせによって指示があらかじめ決められている。
白川は途中の砺波が敵地のため、富山経由で猪谷、白木峰、水無山と狼煙台の伝達が行われる。
旧暦10月5日。
戦端はは鬼ヶ城下の三谷で切られた。
土地の古族南部源左衛門を先導にした砺波の一揆衆4000が庄川を渡河。
そのまま北上して帯陣していた柴田権六軍に接敵した。
「おのれらいずこの手の者かッ!」
大音声で叫んだのは、下間源十郎である。
その瞬間、柴田軍は全ての
砺波の門徒衆は息をのんだ。
「南無阿弥陀仏」
「王法為本 仁義為先」
二流の幟が嫌でも目に焼き付いた。
「良いか、この幟は石山の宗主様御自らの手によるものぞ! こちらは、法眼様の手による幟じゃ。このまま攻め寄せれば、おのれら皆、破門とするぞ!」
源十郎の声に先団の一部は動揺したが、
「かかれえ!」
後方から、1人の僧形が叫ぶと、源十郎の声を無視して、進軍を再開した。
「下間殿、撃て!」
権六もまた大音声で命ずる。
その声に励まされ、源十郎は配下に迫撃砲を撃たせた。
炸裂弾は一瞬で、指揮を執っていた僧が居た周辺を壊滅させた。
道案内をしていた隠尾城主南部家の手の者100は散り散りに逃げる。
だが、門徒衆は口々に「南無阿弥陀仏」と唱えながら一斉に走り寄ってくる。
急速に近づく敵軍に対し、迫撃砲はあまり効率の良い武器では無い。
源十郎は主に、後方で進軍を待つ敵軍に向けて炸裂弾の発射を命じ、敵の間合いが近づいたところで、鉄砲隊と入れ替わった。
「撃てぇ!」
権六の指揮で鉄砲隊が入れ替わり立ち替わりに連射を続ける。
みるみるうちに前方に敵軍の屍が山となる。
それでも進軍をやめない前衛に対し、後衛の敵軍は遁走をはじめた。
「撃ち方、やめ!」
権六が命じた頃には、敵軍4000のうち、3000が死体となっていた。
権六は草のものに、赤と黄色の狼煙を上げさせた。
開戦の合図である。
そのまま死体を踏み越え全軍は南下。
南部源左衛門の隠尾城は降伏、開城した。
この頃、守山城でも赤と黄色の狼煙が上がった。
氷見の街から放火のものと思われる黒煙が上がったためである。
「進め!」
織田上総の号令一下、全軍は北上を開始した。
やがて、おそらく能登の総動員の限界に近いと思われる1万あまりの軍勢が、朝日村を焼き略奪をしている光景と出会った。
良之は軍頭から進み出て叫んだ。
「畠山義綱! 帝の御意志に楯突いた門により、朝敵と為す!」
その瞬間。
二条藤の幟の横に、日月二流の錦旗がはためいた。
「能登の真宗一党は、本願寺法主証如殿より、破門が言い渡される!」
略奪から一転、二条軍へと転進しつつあった畠山軍に衝撃が走った。
実権がないとは言え、朝廷からの権威によって大名の座を維持しているのである。
それは、武家の棟梁たる幕府もまた同じであり、将軍自身も、帝の家臣であることに変わりは無い。
「畠山義綱! 強盗の罪において官職、位階を剥奪し、勅勘申し渡す。従うものは全て朝敵とする。覚悟せよ!」
良之の声は、敵のみならず静まりかえった味方の隅々にまで響き渡った。
畠山1万に対し、良之の軍は4500。だが、この時点で士気の差が歴然となった。
わずかに浮き足だった畠山軍の動揺を見逃す織田上総介ではなかった。
「滝川、迫撃砲斉射!」
「撃て!」
時を置かず彦右衛門の号令が飛び、迫撃砲兵40が次々と畠山軍に迫撃砲を撃ち込んでいく。
略奪によってばらけていたため、幸か不幸か死傷者は1000ほどだったが、それでも畠山軍は総崩れし、潮が引くように北へと引き上げていった。
名君畠山義総が縄張りした対越中・加賀の大城郭森寺城に、畠山と一揆衆の軍勢は集結した。
だがこの時点で、松波、長、温井ら能登北部の領主の軍は離脱。
土肥、遊佐ら南部の重臣たちの軍も独自に引き上げており、畠山軍は6000名規模にまで減少していた。
ここで軍容を立て直し、一気に逆転することを隠居で指揮官である徳祐入道畠山義続は企てた。
「そ、そなたら、未だ全軍は当家が勝って居る! ここが勝負の
だが、相変わらず士気は低い。
とはいえ、ここで一当てして二条軍の足並みを崩さねば、能登に未来が無いのは確かである。
逃げ散った3000ほどの敵がいつ寝返り、二条軍に加わるか知れたものでは無いからである。
能登の主君一族を壟断し、国政をまとめるどころか乱しきった能登7人衆のうち、すでに長続連、温井総貞、遊佐宗円、遊佐続光の四名が逃散してしまっている。
そもそもが、重臣の権力争いという内憂を、二条家を仮想敵の外患としてまとめ上げただけの一夜漬けの軍だ。
それでも総数で2倍と勝っていると知って、誰もがなけなしの蛮勇を振り絞って参加していた。
目端の利くものは、神保が以前に、2倍の戦力で挑み、手も足も出なかったと知っている。
つまり、緒戦で迫撃砲の威力を目の当たりにして、さらに公卿としての政治力を発揮し、朝廷からは能登畠山氏の勅勘と朝敵指名を、本願寺からは北陸門徒への破門を引き出した事が追い打ちをかけているだろう。
付け加えると、この直後に、二条良之が帝より直々に「能登国司・加賀国司」にも補任された事を知ることになる。
伊賀と甲賀の草の者の本領発揮である。
織田上総は素早く全軍をまとめると、北西の森寺では無く北の阿尾城に向かった。
そして、有無を言わさず火炎弾によって焼き払うと、方向を転じて森寺城へと駒を進めた。
間にある砦や支城から次々と煙が上がるのを、畠山と一揆衆は呆然と見守る以外になかった。
やがて、悪夢が訪れた。
二条軍の姿が見えた時。
それは上空から、野戦を選択した畠山軍7000弱の頭上に炸裂弾が一斉に降り注ぐ瞬間となった。
この合戦で生き残った者は1000にも満たなかった。
進軍と共に標的は森寺城へと移り、難攻不落を誇った森寺城はあっけなく炎上した。
畠山徳祐入道、伊丹総堅、平総知、三宅総広、討ち死に。
生き残った者達は七尾城に逃げ込んだが、もはや、戦闘する意欲すら保てず、震えながら起こった事実をただ、傀儡の主君、畠山義綱に伝えるのみだった。
白川に進軍した加賀の一揆衆は、この戦において唯一の二条家の死傷者を生んだ。
彼らはあえて急峻な山岳森林を二手に分かれて進み、木陰から弓を以て射かけた。
この奇襲に丹羽五郎左は良く対処したが、木を盾にされたため、迫撃砲も種子島も効果が薄そうだった。
死傷者120名ほどを出しやむなく後退。
そこに、加賀門徒衆が追撃をかける。
そこで一気に丹羽隊の発砲が加わり、先走った門徒衆500ほどが全滅した。
「迫撃砲隊! 火炎弾を打ち込め!」
丹羽の命によって、森に隠れる加賀の一揆衆に向けて火炎弾で攻撃を加える。
直撃こそ無いものの、空から叩いても消えない燃える油が降り注ぐため、じりじりと加賀の一揆隊が後退する。
しかし、細い山道を一列の長蛇で進んでいた加賀の一揆隊の後続に行く手を阻まれてしまう。
好機とみた丹羽五郎左はすかさず追撃を決意。
弓隊と鉄砲隊によって縦隊で背を向ける敵部隊を一方的に蹂躙した。
加賀一揆隊、死者3500。
越中一揆衆の一方の雄、瑞泉寺は、緒戦開始直後に宗教的指導者証心が討ち死にしたため、大混乱に陥っていた。
不幸にも、彼らは瑞泉寺前に現れた二条軍の降伏要求に返答できるような者が居らず、自然と籠城の構えとなった。
柴田権六がそのような暇を許すはずが無い。
瑞泉寺と詰め城の伊波城は迫撃砲によって一気に炎上、正門が開き逃げ出してきた一揆衆は、1人残らず蜂の巣になった。
続いて権六は南西の井口城も焼き払い、進路を北に向け進軍させた。
宗守城の小林家は降伏。福光城は焼失。
進軍中抵抗を見せた
その戦のすさまじさから、これ以降鬼柴田とあだ名される。
丹羽五郎左はこの日、討ち取った3500の遺体を全て麓に運び、武装を全て回収させた上で荼毘に付した。
白川の防衛を第一に据えた判断だった。
草を走らせ戦果を報告させ、次の指示を待った。
良之と信長の軍は、森寺城殲滅後に進路を富山湾方向に取り、宇波城に至った。
伊波城の吉見氏は開城、恭順したため、ここで一泊となった。
夜半、駆けつけた草の対応に良之も出ていた。
「丹羽殿には明日白山を攻めてもらいましょう。手数が少ないので、あまり無理押しはする必要が無いと伝えて下さい」
「はっ」
「柴田殿には、蓮沼城をお任せします。余力があれば加賀の国境の、松根城まで進んで欲しいですが、そこから先は進まないで下さい。突出すると危険ですから、とお伝え下さい」
「はっ」
「上総殿、付け加えることはありますか?」
「能登は明日には片が付く。励めと伝えよ」
上総介信長の言葉に草たちは「はっ」と返答して去った。
「明日までに片付きますか?」
良之の問いに上総介は
「……まず間違いなく」
と答えた。
「松波、長、遊佐、温井の輩は、今日までいいように主家を食い物にしたあげく、一敗地にまみれたところでさっさと軍を引き自領に遁走したような輩であるゆえ、明日にはまずは降伏してこようかと。畠山もまずは、傀儡で隠居の後ろ盾が無ければ何も出来ぬ義綱ゆえ、まずは父の死を以て許しを請うて来るであろうかと」
上総介信長が渋い顔をしている理由は、そうした武家にあるまじき畠山家の臣下たちへの不快感のようだった。
良之もおおむね上総介の言い分に賛成ではある。
問題は能登にも一向一揆が存在することだ。
彼らには、破滅賛美的な行動傾向と、集団ヒステリーのような突発性がある。
だからこそ、たとえ一分の隙も無く生きては戻れないような突撃でも、平気で死兵になり突撃してくる。
良之にとって、これは憂鬱な敵だった。
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