第46話 天文21年春 5

良之はまず、81mm迫撃砲のテスト弾500発とと発射筒を5基作り、これを滝川彦右衛門たちに託した。

「どの角度で発射するとどの距離に届くのか、何度も実験して把握して欲しい」

良之は依頼した。

いずれ照準器についても勉強して理解する必要があるが、現状、この事だけに没頭している時間が良之には無かった。

ひとまずは、経験則的に使いこなせる人材が養成できればそれでいい。




堺から、五峯やトーレスに依頼していたいくつかの荷のうち、桑の木や丹が越中経由で届いた。

早速、丹はフリーデに、桑は山方衆に託した。

「桑なんぞ、枝をもらってきて挿し木にしたらいくらでも増えるだに」

山方衆が、高額な出費をして輸入した良之を笑った。

「そうなんですか。では、加賀や越中や信濃あたりの桑の枝をもらってきて、とにかく桑を増産して下さい」

良之は山方衆に依頼する。

「飛騨では米もあまり良く実りませんから、夏は養蚕して繭を育て、冬はそれを紡いだり織ったりして稼ぎたいんです」


「丹は、朱にして売る必要がありますか?」

1俵60kg前後、50俵という多量の丹を前に、フリーデが良之に尋ねた。

「もちろんそうしたいところだけど、もしフリーデが水銀にしてストックしたいんだったら全部水銀にして構わないよ?」

「いえ、さすがにこんな量は必要ないですよ」

フリーデは苦笑した。

「そう。なら朱の生産を頼みたいかな? 飛騨の大工たちに提供できれば、彼らが良い値で売ってくれると思うよ」

寺社仏閣の建造にとって朱は欠かすことの出来ない塗料なのである。

そして、当時の日本においてそうした建造のスペシャリストとして尊敬されていたのが、飛騨の匠たちである。

「分かりました。朱の工房を作ってみましょう」

こうして、良之はフリーデに丹の運営を一任した。


日本の工学史を学んだものにとっては、豊田佐吉と、彼の紡績や織機を知らぬものは無い。当然良之も豊田織機について、見学をしている。

コンピュータやロボット工学の無い時代に自動織機を開発したそのテクノロジーは、やがて後世、トヨタ自動車という世界に冠たる自動車帝国を築き上げる原動力になっている。

良之は、電力や動力が確保できれば自動紡績や自動織機はなんとかできると踏んでいる。

彼にとって、電子分野は全くの門外漢であり、現実問題としてタービン発電が出来ても変圧や安定化、AC-DC変換などの電気回路の知識は全く持ち合わせていない。

言うまでも無く半導体やIC、集積回路といった分野についても無知である。

そのため、良之自身が暮らしていた時代の再現はあきらめざるを得ない。

良之にとって唯一馴染みのある電気分野は、素材としてのシリコンダイオードである。

これは彼の得意分野がシリコン、アルミナ、金属の材料工学だったことによる。

電気回路についてはさっぱりであるが、シリコンダイオードの原理と作り方は知っていた。


そして、良之にはいくつかの武器があった。

電子辞書、電子版日本工業機器総覧、分子辞書といった最高級のデータベースに、錬金術である。

たとえば、キャンピングカーに乗せられている二機の発電機なども、良之は、素材さえ手に入れば分解して部品ごとに錬成すれば製造できるのである。


ただ、良之はそうした作業は行っていない。

自分の特異な能力のみで何かを作ったところで、それは本当の意味での力にはならないことを理解しているからである。

可能であれば、この時代の職工たちに技術を移転し、あとは彼らの力で普及・発展させていきたいと切実に考えている。




発電機の構造というのは、驚くほど単純なメカニズムで構成されている。

バイクや自動車のジェネレータから水力、火力、風力発電から果ては原子力発電に至るまで、全て原理は全く同一なのである。

運動エネルギーでシャフト(軸)を回転させ、その軸に取り付けられている永久磁石を回転させて、周囲に取り付けられたステータコイルから磁力線によって電力を生み出す。

バイクや車のエンジンは、タイヤを転がす力をクランクシャフトによって生み出している。

その回転の恩恵に浴しているのがジェネレータなのである。

また、水力や風力発電の場合、水車や風車の回転をそのまま発電に利用する。

火力、地熱、原子力発電などは、その熱エネルギーを利用して水蒸気を発生させ、その圧力でタービンを回転させている。

いずれにせよ、シャフトに磁石を取り付けて回転させれば、電力は取り出せるのである。


堺の皮屋から銅線が届いたが、ここに一つ技術的な課題がある。

ステータコイルとして銅線を使う場合、銅線は絶縁体で被覆していなければならないのだった。

良之は各職人の頭を呼び寄せて、その被覆について見解を聞いてみた。

「つまりこうやって金属に巻き付ける必要があるから、曲げても折れないものを塗って、しかもそれは乾燥していて、かつ、剥がれない必要がある」

良之は銅線を実際に四角い鉄の棒に巻いて見せた。

「やはり、膠でしょうな」

鍛冶師は言った。

「わしらにはそこまでの膠の知識はありませんが、弓師には、独自の技術があると聞きます」

鍛冶師が言うには、弓師にとって、黄櫨こうろというハゼノキを貼り合わせて弓を作る際、引いても剥がれず、しなやかさを失わない膠の作成が秘伝中の秘になるという。

このため、弓師は購入した膠を自身で調合し、使用しているという事だった。

良之は早速飛騨の弓師を呼び出し、銅線の被膜について依頼した。

銅線の被膜の塗布については、銅線を二本の棹の間に貼って、膠を刷毛で塗るという人力工法が現実的だろう。

被膜溶液に銅線を浸した状態で巻き上げるような現代的な量産体制は、現時点では実現は難しい。


発電機のステータの金属部分について、鍛冶師と鋳物師に相談した。

工業資料の中にあったステータの設計図をプリントアウトして提示したところ、鋳物師がその作成を請け負うことになった。


良之は、全波整流のブリッジダイオードは作成できる。自動車産業におけるいわゆるレクチファイアである。だが、レギュレータにあたる電圧制御回路はお手上げだった。

やむなく良之は、鉛蓄電池の大型化で吸収させることにした。

この部分については、ツェナーダイオードと呼ばれる定格化ダイオードの開発が必須となる。良之はこのダイオードについて、現状はほとんど知識がなかった。興味が無かったためである。


鉛蓄電池の寿命について妥協するならば、蓄電池自体がレギュレータとして利用できる。

発電機からの電圧が電池の電圧を超えないとそもそも充電されないのであるが、過圧充電になっても、鉛蓄電池の場合、内部の化学反応によって耐えるのである。

水素と酸素のガスを生成することによって自己消費していくのだが、この対応は、電解液である希硫酸の補給である程度カバーできる。




石油は複数の炭化水素と不純物が混在する液体である。

待ち遠しかった越後からの原油が少量ながら届くと、良之は、現在もっとも必要としている不飽和炭化水素アルケンの抽出、合成をはじめた。

プロピレンである。


プロピレンのポリマーをポリプロピレン=PPと呼ぶ。鉛蓄電池に最良の外殻素材である。

常時、希硫酸とその反応物質に晒される鉛蓄電池にとって、酸にもアルカリにも強く、熱、油などの外部要因にも抵抗性のあるポリプロピレンは最良の素材だった。

ガラスなどでももちろん鉛蓄電池は作れるが、破損が怖い。


プロピレンはドイツの科学者カール・ツィーグラーが発見した触媒と、その後半世紀にわたる高分子工学によって生まれた精製技術によってポリマー化する。

だが、良之にとっては魔法と錬金術によって容易に合成が出来るので、大量生産体制でも取らない限り、必要とする分の生成は容易だった。

いずれ、石油の分留や関連製品の大量生産を可能にする事があればその時職人たちと一緒に開発すれば良いと良之は考えた。




良之は、斉藤義龍、織田信秀と道三、信長らを伴って、新しく到着した種子島1500挺の評価を行った。

試射を行うことで製品の質を確認し、動作に不安や不満がある製品については、平湯の鉄砲鍛冶師たちに修正を依頼する。

そのため、この場には鍛冶師たちも別の席で控えていた。


義龍や信秀は、あまりにぜいたくに射撃を繰り返す良之の軍に驚きを隠せなかった。

信長に求められて、実演という事で早合による3隊交代による9連射を良之は行わせた。

その現実を目の当たりにして、彼らはその軍事的な脅威をまざまざと見せつけられた。




斉藤道三、義龍親子と織田信秀、信長親子の4人は、射撃訓練の後、平湯御所の客間で様々なことを話あった。

「いやはやどうにもこれは、参りましたな」

備後守信秀が口火を切った。

上総介信長と道三入道が把握しているだけで、現在二条家の軍には常雇いの兵が最低でも5000人はいて、そのうち2800人あまりが、種子島を持つ銃兵ということになる。

戦闘に供することが出来る馬は現時点で500頭程度で、良之はこれも自家で増産しようとしているらしい。

さかんに、木曽左京大夫に馬産についてのあれこれを教わっていたのを信長は見ている。

弓や槍が扱える兵は1000から1500。これは元々鍛えられていた飛騨の兵たちである。

伊賀や甲賀の忍びに至っては、一体どれほどの数が紛れているのか見当も付かない。


金払いの良さから、美濃や尾張から集められた黒鍬衆は、すっかり飛騨に居着いている者達も居るらしい。

彼らは土地の人間を指導しつつ良之が指示した道路の開削に従事している。

今後は木曽左京大夫が連れてきた難民たちも加わるので、数年後にはかなり強固な地元の黒鍬衆が組織できるだろう。

同じように、山方衆、金山衆、鍛冶師、鋳物師への良之の信頼は厚く、彼らもそれを意気に感じているようだ。


おそらくこの時代、美濃も尾張も人口30万人に迫る勢いで繁栄していたと思われる。

つまり良之が未だ全土を押さえられていない飛騨の総人口の10倍以上を持つ支配者たちが、斉藤治部大輔義龍と織田備後守信秀である。

その彼らをして、心胆を寒からしめる存在に、良之はすでになっている。

良之が平湯を実効支配し始めてから、まだ半年。

その段階で、すでに飛騨を8割方手中に収めたと言って良い状況なのである。

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