よくわかる新?戦国日本史~異世界人と現代人が戦国時代で無双する~

式村比呂

プロローグ

第1話 プロローグ1

魔法使いと錬金術師が殺し合うようになって30年以上経っていた。

もう今では、そもそものきっかけやら和解交渉やらといった「昔の話」は双方どうでも良くなっていた。

殺し合いの結果、恨みや憎しみが一人歩きしている。

国家にとってはどちらも貴重な人材。言うまでも無く皇帝も何度も仲介に入ろうと努めた。

しかしそれも、10年以上前に交渉会議中に時の皇帝を巻き添えに会議場が爆発消滅して以降、口に出すことさえタブーになる始末だった。




「見つけたぞフリーデ!」

全身黒ずくめのスーツ姿の青年が、石造りの古い都市の裏通りで叫んだ。

赤銅色の鮮やかな髪を美しく整えた端正な風貌をもっている。

身につけた衣服も相まって、この青年の身分が尋常では無い事は一目瞭然だった。

青年は右手の指をパチンと鳴らした。

すると、三角帽、マント、杖という魔法使いの「戦闘服」が虚空から現れ自動で装着された。


フリーデと呼ばれた少女は振り返らず立ち止まり、ちっ、とひとつ舌打ちをした。

少女の服装は、町の平民の少女たちとさほど変わらない。

木綿仕立ての質素なワンピースのスカート姿だ。上着は胸のあたりを皮糸で結んでいる。この世界ではなんと呼ばれているか分からないが、「チロルスカート」にちかいデザインといえる。

使われている綿布は充分に漂白されていない上につむぎの粗い安物だった。

服装だけを見れば、彼女はどこにでもいる名も知られない庶民の小娘に見えただろう。


だが異装なのは、その上に彼女が羽織っているコートだ。

薄茶色の革のロングコートである。

質素ながら可憐な木綿のチロルスカートとは似つかわしくないことこの上ない。

例えばこの上に、この世界にあるかは分からないが、ボルサリーノというイタリアマフィア愛用の帽子でもかぶれば、まるで大昔に流行したB級映画の殺し屋、といった風情の無骨なコートだ。


事実、フリーデは表通りを歩いているときにはこのコートを羽織っていなかった。

つまり、チロルスカート姿は人目を欺くための擬態だったのであろう。


――極力戦闘は避けて逃走すべき。


フリーデはほんの一瞬で彼我の戦力評価を終えた。

それほどの相手だった。

その判断が体重移動に現れたのか、フリーデの気配を読んだ男は顔をゆがませて嗤った。

「逃がすわけがないだろう?」

男は、杖を持たない左手でさっと合図を送った。


――誰に?


ちら、とフリーデが視線を後方に送る。

そこには、男と同じように魔法使いの正装をした二人の少女が、男と結ぶと三角形を描くようなポジションを取っていた。フリーデはその三角の中に捕らわれた形になる。


「久しぶりねマロール。伯爵自らご登場とは恐れ入ったわ」

フリーデは逃走をあきらめた。

夕日が町を赤く染めてるとはいえ、まだ小さな子供さえ屋外で遊んでいておかしくない時間だ。

にもかかわらず、この裏通りには、あらゆる人々の生活の気配がしなかった。


――人払いの結界か、もしくは……


フリーデは、巧みに彼らの張った罠に誘い込まれたようだ。


「やっと法務卿から君に対する仇討ちが認められたのでね、フリーデ。父の敵だ。せいぜい抵抗するがいい」

マロールと呼ばれた男は、これから仇敵を殺すという暗い愉悦を表情に浮かべた。


伯爵、という単語から想像される男性像からはほど遠い若者だった。

おそらく、フリーデと呼ばれている少女と同年配だろう。まだ、20歳の区切りは越えていないようにも思える、どこかしらうっすらと幼さを感じさせる容姿だった。


「あら、私もちゃんと仇討ちの認定を取ったわ? 私の父の、ね」

そもそも、フリーデの父をマロールの父が闇討ちに近い形で討ったことがこの因縁の始まりだった。

フリーデは、正規の手順でマロールの父を討ち、その結果を王庁に届けた。

つまり、マロールに仇討ちの許可が下りるはずはないのである。


もっともそんな話をフリーデが持ち出したのは時間稼ぎに過ぎない。この状況で正当性を主張したところで、殺されればそれまでなのは彼女にもよく分かっている。


そうした話をしつつ、コートのポケットに入れた左手には、いざというときのため常に用意してある「触媒」が握られている。

魔法親和性の高い数種の貴金属を含有した原鉱石だ。

だがその触媒が効力を発揮するまでの目くらまし、そして時間稼ぎのために、フリーデにはもうワンアクションどうしても必要になる。


「フン、そのようなものお前を討てばどうとでもなるのさ……やれ!」

マロールは、フリーデの背後に陣取らせた二人の魔法使いの少女に命令を出した。

同時に、自身も全力で駆けだし、フリーデとの距離を縮めていく。

フリーデ。

この稀代の天才錬金術師を前に、魔法使いたちは危機感を募らせていた。

故に、魔法使いたちも結束して、この少女を抹殺するべく策謀を巡らせていた。

特に、彼女に深い恨みを持ち、かつ、暗殺後にも司直が手を出せない人物。

マロールがリーダーとなった。

動機も理由も充分にあり、高確率で免罪される家柄。

現伯爵自ら手を下すことで成立する完全犯罪だった。


フリーデは左手で魔力を注いでいる触媒への準備に並行し、コートの内ポケットにある試験管を取り出した。

試験管の口にはゴムのキャップがされている。

中には、鈍色にびいろに輝く液体の金属……水銀をベースに数種の貴金属を溶解させた触媒アマルガムが入っている。

その試験管を三本。それぞれ自分に向かって迫り来る魔法使いたちの進路上に投げつける。石畳の上で砕けた試験管から、触媒が飛び散る。


触媒。

錬金術は魔法の術式の発動に自身の身体を使わない。

術式によって魔法が発動するのは魔法使いも同様だが、錬金術師はその術式を触媒に乗せて世界に干渉する。

対する魔法使いは、自身の身体そのものをある種の触媒としている、といっていい。

思考そのものが一種の回路であり、当人のイメージが世界に干渉する。

そしてその干渉の補助のため、呪文なり杖なりを使う事になる。


だから、錬金術師と生命を賭けた戦いを繰り返す魔法使いたちは、錬金術師がばらまく触媒に対して慎重になる。

触媒は、術師が魔法を発現させるまではどのような攻撃か判断がつかないためだ。


「ゴーレム!」

フリーデの後方に陣取った少女の1人が叫んだ。

錬金術師の使う術の中でも比較的攻撃・防御共に高い能力を誇る戦闘術式だ。

石畳の路地から、光と共に、まるで舞台の奈落からせり上がってくるかのように、フリーデの撒いた水銀の触媒から三体のゴーレムが出現してきた。

「くっ!」

マロールは、とっさに自身の眼前に現れたゴーレムに魔法を放った。

同様に後方の二人の少女もそれぞれ、杖を突き出し詠唱を始める。

呪文の詠唱に気を取られた三人は、ほんの一瞬、フリーデに肉薄する歩を緩めた。

フリーデの狙いは、そこにあった。


水銀合金アマルガムと違い、コートのポケットに隠した鉱石は、充分に魔力を通すのに時間がかかる。

本来は精製された貴金属のほうがもちろん魔法触媒としての能力も高いのだが、言うまでも無く目がくらむほど高額である。

そこで、全く精製されていない原石の鉱石を可能な限り安く調達して身につけている錬金術師は多い。

充分に魔力を行き渡らせれば、必要かつ充分だからだ。


フリーデは、魔法が行き渡り虹色に色を変えながら輝きだした鉱石をポケットから取り出した。

「それじゃあね、ご苦労様」

出現しきっていないゴーレムは能力を発揮することなく3人の魔法使いに駆逐されている。だが、充分に足止めの役割は果たした。

「アイリ! そいつ時空展開してる!」

少女の1人が叫んだ。

「了解! エリーカ、カバーして!」


フリーデは捨て台詞を残して消えた、はずだった。

「今回は逃がさないよ、フリーデ!」

だが、アイリと呼ばれた少女も、指から抜いた指輪をフリーデの展開した時空展開の境界に向かって投げつけた。

指輪は、境界の中に入ると激しい光と共に消滅し、次の瞬間には時空境界を一気にふくれあがらせた。

「なっ! バカ!」

フリーデの悲鳴が響いた。

フリーデが展開した時空展開は、その干渉によって、もはや彼女の制御を離れて暴走を始めてしまったのだ。

ふくれあがった時空境界は、マロールともう1人、エリーカと呼ばれた少女をも巻き込んで暴走し、やがて消えた。

そして4人の姿もまた、この世界から消失していた。

主を失った空間魔法は消散し、この下町に人々のさざめく声が戻った。

それはいつもと変わらぬ夕暮れの街の姿そのものだった。

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