第21話 魔王さまと魔眼さま

「はい、フォモール族ぷれぜんつ! 第一回! 『目は口ほどに死を誘う選手権』開催~っ!」


 巨人は、手にしたマイク(?)らしきものを右手に、左手を天に突き上げた。


「……」

「……」


 古めかしい劇場のように、申し訳程度に整えられた中央の舞台。

 両脇に並ぶ長机。

 吾輩と堕天使のメイド、ネフィルは閉口して並んで座る。


「はい、か~いさ~い?」


 ぱちぱちぱち……


 その催促に、気後れしながらも吾輩だけが申し訳程度の拍手。

 隣のネフィルは、何も見えていないとばかりにジト目で身じろぎもしない。


 左目を閉じた巨大な魔神は、全身を布で覆い隠し、唯一覗く右目だけで、じぃーっとネフィルを眺め、やがて呆れた様子で首を振る。


「魔王ぅ? 躾がなってないんじゃないかね、君のところのメイドは?」


 むすっと頬を軽く膨らませる我がメイドに代わり、吾輩も抗議の意を込めて言い返す。


「……いきなり魔力で空間歪曲されて、こんな場所に連れてこられたのではね」


 魔神は右目だけを三日月のように曲げ、弓張のような口元で中空に傷を裂く。


「余が招待状でも送れば、応じてくれたかね?」

「お断りだ、魔眼のバロール」


 あの左目は厄介だ。滅多に開かれることはないが、その瞬きは嵐を呼び、視線で海を火に変えるほど世界に破滅をもたらすと言う。


「まぁまぁ、魔王もメイドも余興を楽しんでくれたまえ」


 ――どの眼が、最も死に近いのかを、ね――


「では、『博物誌』よりエチオピアから。カトブレパス!」


 垂れた豚のような顔を俯かせ、重そうな頭部を支える水牛のような玄き体躯。緩慢な動きで細い首を持ち上げ、呻きながら吾輩を睨み付けてくる。


「いや死ぬからあぁっ!」


 いきなり何てモノを見せてきやがる! 慌てて目を逸らす吾輩。


「即死の邪眼を持つ、『うつむく者』の意を持つ名前だねえ、いやあ、いい魔眼だぁ」


 嬉々と解説するバロールに、ネフィルの一言。


「ずっと俯いてて、きもい。根暗ですか?」

「え?」

「え?」


 バロールと吾輩が同時に上げた声に、カトブレパスは視線を落としてとぼとぼ後ろを向いた。


「はい、気を取り直してえ、『小さな蛇の王』こと、バジリスク!」


 雄鶏の鶏冠に蜥蜴の足、蛇の尾、嘴から致死の毒を吐きながら、邪眼には石化の呪いを込めて半身を持ち上げる。


「ちょっ!? 毒ッ! 石化ッ!」


 吾輩、マントの裾で口と鼻を塞ぎ、風で仰いで毒を霧散させる。


「こいつ一匹放つだけで、とある地方は砂漠と化したという伝承もある、由緒正しい魔眼だよう?」


 こいつはすごいよおぅ? と両手をわきわきさせるバロールに、視線を合わせないネフィルの一言。


「雄鶏が卵産むとか有り得ないですから。ヒキガエル共々イタチの餌になればいいのに」

「え?」

「え?」


 イタチが天敵なのか、その言葉を聞いた途端、千鳥足のような足取りでそそくさと逃げ出す。


「え、えぇと……コカトリス」

「さっきのと被ってますよね?」


 バロールの紹介に被せてネフィルが呟く。

 コカトリスは、舞台裏から出てこない。


「バジリコッ……」

「被ってます」

「……」


 ネフィルの言葉に、バロールは紹介さえ途切れさせる。


「ギリシャ神話よりぃ! ゴルゴン三姉妹ッ! どうぞっ!」


 被ってるというツッコミに対抗すべく、自棄になったバロールは一気に三姉妹を紹介するようだ。


「強き女こと、ステンノー!」

「彷徨う女こと、エウリュアレー!」

「支配の女こと、メデューサ!」


 頭髪は全て毒蛇、猪の歯を食いしばり、青銅の手を握り締め、背中に黄金の翼を羽ばたかせている。


「「「三人合わせて! ゴルゴン三姉妹ッ!」」」


 三者三様思い思いのポーズをとり、何故か背後に謎の爆発を背負いながら名乗りをキメる姿に、鏡の盾を用意した吾輩は、その影で感嘆しながら頷く。

 魔眼のバロールに至っては、泣き笑いの様相で大きく拍手を打っている。


「美しさとは罪だねえ……! 戦女神アテナも酷なことするよねえ!?」

「これ、三女以外、いります?」

「え?」

「え?」


 ネフィルの情け容赦無い残酷な言葉に、長女と次女が石化する。


 三女のメデューサが、居心地悪そうに頭部の毒蛇共々視線を送ってくるのだが、その視線と目を合わせると吾輩が石化してしまうので、顔を背けたままバロールに毒づく。


「あのコ! ちらちら見てくるんだけどッ!?」

「根は、涙もろいコなんだけどねえ」

「知らないよッ! 石化するっつーの! もう、ペガサス呼んで帰ってもらいなよッ!」

「そ・れ・な♪ アテナのペガサスが、アテナをディスったメデューサから産まれたとか、笑えるねえ!」

「魔王さま、蟹座でしたねよね?」


 流星の如き、ネフィルの畳み掛け。


「その作品の話は、やめろォーッ!」


 バロールは小馬鹿にした様子で鼻から息を吐き、首を横に振る。


「んぅ? 誰も彼もお気に召さなかったかなあ?」


 そもそも魔眼・邪眼の持ち主を集めて何をしたかったのか、この野郎は。


「なあ、堕ちた天使ネフィル? 何故、現界でそなたが血の涙を流していたと思う? んん?」

「……」

「汝の瞳は、罪の重さを量り、罪人の魂を狩る力を備えている。魔眼の血だよ、それは。スキルを習得したいとは思わんかねえ? 力になれると思うよう? 余は」


(こいつ、そういうことか……ッ!)


 椅子を倒し立ち上がった吾輩に目配せをして、ネフィルは静かに首を横に振った。


「要りません、そんな力」


 バロールは値踏みするかのように堕天使のメイド姿に右目を向けて、諭すように口を開く。


「魔眼とはぁ……邪眼と違い、恨みや憎しみで誰かを殺傷するでなく、災禍を見る為の瞳でもある。見ようによっては、何れ来る災いを退ける為に未来を見通すことも出来るようにもなるわけだがぁ……?」

「要りません」

「人に、幸福をもたらすことだって、出来ないではないのだがぁ?」


 吾輩の横で、小さな肩は力強く、やはり小さな胸を反らし、揺るぎない大きな意志を全身で表し、立ち上がる!


「見るだけで、何が出来るって言うんです?」


 バロールは先を促すように頷きながら、ネフィルの次の句を待つ。


「私は……」


 黄色いリボンで飾られたボブカットを揺らし、チラと隣の吾輩に視線を送り、頬を上気させ、俯き、恥ずかしげに視線を上げると、キュッと口を結び、キッと大きな瞳を見開く。


「私は、言葉が苦手です」


 ネフィルは続ける。


「視線や仕種や態度で、感情を表す人は、います。それで察することは出来ます。でも、それで察して欲しい、というのは、あまりに傲慢な考えだと思います」


 魔神バロールは、にぃ~と口を開き、さも悪戯な表情で、ネフィルの顔を覗き込む。


「神へ至る門への道。バベルの塔は、何故に崩れたあ? 哀れだ、余りに、憐れだあ。言葉を散り散りにされ、互いの理解と幸福と愛情を難しくさせた。ならば、人にとって言葉は足枷にしかならぬのではないか?」


「それでも!」


 魔神の言葉を否定する。


「それでも、私は言葉を肯定する!」

「ほぅ?」


 バロールは右目を瞑り、閉ざされた左目の隙間に危険な光を宿しつつある。


「言葉にする、ということは、相手を認める、ということです。同じ言葉が通じるということは、自分と同じ、正しい存在として認識し、理解し、受け入れる、ということです!」


 ネフィルは、確かめるように区切りながら、力強く、言い放つ!


「私は、言葉を肯定します! 言葉には力がある。だから、魔眼なんて、要らない……私は、人を尊敬する! 言葉で伝える努力をするッ! 魔眼なんてッ!」


 魔眼なんて!


「要らない!」

「要らないようだな」


 堕天使と魔神の言葉が重なる。

 静寂の後、重い圧と共に、世界に闇を呼び込む。

 世界が、もし、世界がそうであったなら、という絶望の希望を宿し……


 バロールの魔眼が、今まさに開かれんとする。


「おっと、そこまでだ!」


 吾輩は、片手に愛しいメイドを抱き寄せ、片手で印を結びながら詠唱する。


『生命と昼と善なるトゥアハ・デ・ダナンの加護、母なるエスリンの愛に祝福されし太陽、その長腕ルーよ。百芸に通じし、イルダーナハ。賢者の椅子に座りし光の子、サウィルダーナハ。我はゴリアスより四神器がひとつ、魔のブリューナグを持ちて、天なる川とモイラの野に突き立てん』


 吾輩の片手に顕現する光の槍は、溢れる力の奔流となって空間を揺るがして、今にも悪しき瞳を射貫かんと膨れあがった。


「ルーの槍か……おお、怖い怖い、ふふふ……」


 崩れ出す魔力空間の中で対峙する両者、先に動いたのは魔神バロールの方だった。


「余興にも幕だ。この舞台は、お開きとしようではないか」


 完全に閉じた左目を布で隠し、姿を消していく。

 魔力でねじ曲げられた空間は、徐々に本来の姿を取り戻していった。


「気安く触れないでもらえますか?」


 冷ややかな視線に、吾輩はネフィルの腰に回していた手を離す。堕天を変じて悪魔化させようという魔神の企みは防げたわけだ。良しとしよう。

 だが。


「選手権は、君の優勝なんじゃないかな?」


 堕天使は、視線はそのまま。唇を小悪魔な形で不満げに、首を小さく傾けた。


「知りません……っ」

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