第16話 魔王さまと僧侶さま

 突然の魔力回線テレフォン。吾輩は、通話に応じる。


「もっしぃ? 魔王ちゃん? 聞こえてるう?」

「ちょ、その声、大司教ちゃん?」


 吾輩、かつての盟友に慌てて声を潜めた。


「ちょっとお、まずいよお、何、連絡入れてくれてんのっ?」


 魔王と大司教が連絡取り合ってるとかバレたら、どうなることか。


「ハッ、魔王ちゃんは変わらず心配性だなあ……儂、もう大司教よ?」


 誰が、彼を、宗教裁判にかけられるのか、という話だ。


「やれやれ、そっちも変わらずだ。で? どうしたんだい、大司教ちゃん」

「うぅん、ウチの迷える子羊をちょいと救ってみない?」

「えぇ……それはそっちの神様の領分でしょうが?」

「固いこと言わずにさあ、今度ぉ、異端審問資料の罪深い薄い本を送るからさあ」


 罪深い、薄い本……!


「う、ううん? まあ、手間取らないようなら、力を貸すのも? やぶさかじゃあないね?」

「助かるう。じゃあ、聖都の外れの教会で落ち合おう。あそこなら人目につかない」


 そういうことになった。


 大陸の中央に位置する聖都の西、遠く離れた場所に、寂れた教会がある。

 軋んだ音と共に扉を開けた吾輩と供のデルフィ。

 それを迎える初老の男性が一人。


「へーい、信心してるう?」


 深く刻まれた皺と真っ白な髪と髭の容姿、厳かな法衣からは、およそかけ離れた軽いノリ。


「してないよ、魔王呼ばわりされてんだぞ、こっちは」

「はっはー、『蛇神決戦グノーシス』以来かあ? 変わってないね~え?」

「ちょっ! 大司教ちゃん、しー! しーっ!」


 傍らには、警護も兼ねて竜族のメイド、デルフィを伴っている。あまり過去を詮索されたくはない。


「ま、来てくれて感謝するよ。懺悔室に儂の可愛い子羊ちゃんを待たせてるから、話だけでも聞いてくれると助かるよ、かもーん」


 大司教の言う、迷える可愛い子羊ちゃん、名をバルバラと言う。

 期待の新人らしく、教会における位は神官、僧侶とも呼ばれる。修行も兼ね、冒険者ギルドに登録し、ある一団とパーティを組んだらしいのだが。


 小さな個室には、区切られた衝立と網の張られた小窓だけ。姿を晒さず、罪を告白する為だけに拵えた小部屋だ。


「……バルバラ・マルディーニと申します」

「うん、気楽に何でも話してくれたまえ」

「……生まれてきて、すみません」

「おうっふ」


 開口一番これである、如何に病んでいるかはお察しだ。


(これは、厄介かもなあ……)


 ことあるごとに彼女は謝り、自分を責める言葉を発する。どうにかこうにか事情を聞き出すまでに、相当の時間を要した。

 つまり、他のパーティメンバーが、言うことを聞いてくれない上に、彼女の回復能力に大いに依存する形で戦闘を継続しているのが、問題のようだ。


 前衛の重戦士が盾役のセオリーを無視して突撃していく。


「回復遅いぞ! 何やってんの!」

「……すみません!」


 弓をメインウェポンにした軽戦士も、何故か矢を放ちながら前へ前へと移動する。


「回復はいつも二手三手先を考えて行えよっ!」

「……すみませんっ!」


 頭脳役のはずの魔法使いに至っては、仲間を巻き込む広範囲攻撃魔法をぶっ放す。


「ええい、ままよ!」

「……すみませえぇんっ!」


 ちゅどーん!


 無理無茶無謀、後先考えず、というわけだ。

 それで良くパーティ崩壊しないものだが、運悪くというべきか、バルバラが優秀すぎた。的確な仲間達のHP管理、自身の立ち回りでフォロー出来ていたのだろう。

 だが、そうした歪な戦闘スタイルの壁にとうとうぶち当たる日が来たのだと言う。


「敵のレベルが上がって、無理無茶無謀のままでは太刀打ち出来なくなった、と」

「……はい、回復が追い付かなくて、すみません」

「謝ることではないだろうに」

「……はい、すみません」


 周囲が改善されるのが一番なのだが、原因を自身に求めてしまう真面目な性格か。


「仲間は何と言ってるのだね?」

「私の回復魔法をレベルアップさせるか、魔法使いが賢者になるまで耐えろ、と」


 先に死人が出るか、彼女の心が潰れるか、になるのは明白だ。


(無茶苦茶だな。さて、どうしたものか……)


 話の最後まで、彼女、バルバラは「すみませんすみません」と連呼するのだった。


 懺悔室より退出した後、吾輩は、デルフィ、大司教と揃って首を捻る。


「協会側としてもね、彼女は期待の星なんだよね。あの歳で、既に神に愛されている。そろそろ神官として次の段階に進んでも良いと考えている」


 大司教は髭を指で撫でつけながら、溜息ひとつ。


「パーティを抜けさせる、って選択肢は?」


 吾輩の提案に、大司教は首を振る。


「それこそ、彼女が抜けた後に何かあれば、バルバラは神を恨み、自分を責めるだろう。そういう子だよ」

「溜まった鬱憤ストレスを発散させてあげるのが先じゃないかなあ?」


 実にデルフィらしい発言だが、いや待てよ。


「ストレス発散に、次の段階、か……」


 顎に手を置き、ぶつぶつ呟きながら頭の中で考えをまとめる吾輩を見て、デルフィはニッコリ笑い、大司教は目を細めるのだった。


 白い神官衣で身を包むバルバラは、未だ少女と形容してもおかしくない幼い顔立ちで、青みがかった髪と瞳の持ち主であった。顎を引き肩を竦め、どこか不安げに上目遣いでこちらを見つめてくる。


「大司教からの依頼でね、君にジョブチェンジを勧めに来た」

「お手数をおかけしまして……すみません」

「はい、謝るの禁止っ!」


 バルバラは、思わず「すみま……」まで口を開き、慌てて噤む。


「額当てに神官衣の上から胸当て、小盾にモーニングスター、か」


 吾輩は、値踏みするようにバルバラを上から下まで眺める。僧侶として実に一般的な装備だ。


「ほとんどの装備品は売り払って良いよ。一新してもらう。教会の経費持ち」

「あのぅ……私は、何のジョブに……?」


 吾輩は、デルフィに目配せし、彼女の前に立たせる。


「はい、初めまして! 今日からアナタのお師匠になるわ、デルフィよ!」

「スパルタでよろしく。時間も少ないからね。足技中心で」


 再びバルバラと顔を合わせ、にやりと微笑む。


「君には、これから格闘術を身に付けてもらう」

「あっ、もしかして……」


 さすがの察しの良さだ。


「そう、君の次の職は……」


 修道兵モンク


 神聖騎士や神官戦士なども同義ではあるが、今回は派生職としての格闘術を修めた僧兵のことだ。宗教上、刃や先の尖った武器を扱えない僧侶も少なくはないので、こういう職も存在する。


「でも、格闘術を習っても……そもそも私は回復魔法でいっぱいいっぱいでして……」


 確かにその通りで、ほとんどのモンクも魔法職が自衛の為に身に付けているのがほとんどだ。本格的に格闘術を習得しても、戦闘に参加する機会もなく、回復が追い付かなくなるだろう。


「君に身に付けてもらいたい戦闘スタイルはね……」


 ここで吾輩は意地悪く説明するのだった。


 修道兵にジョブチェンジしたバルバラは、行きつけの酒場『木漏れ日のひのき亭』の前で仲間と落ち合う。


「今日こそ『霊柩の迷宮』を攻略するぞお!」


 大盾の重戦士が、片腕を振り上げ雄叫びを上げる。


「射るぜえ! 超! 射るぜえ~っ!」


 両手に握った小型のクロスボウの調子を確かめながら、軽戦士は不敵な笑みを浮かべている。


「アンデッドメインの階層なんだから、主役は私の火炎魔法よっ! 分かってるっ!?」


 それで酸欠になって全滅の危機に陥ったことを、この女魔法使いはすっかり忘れていた。


 動きやすいように軽装の衣服に胸当て、防御用の籠手を両手に、豊かな髪の毛を三つ編みにひとつでまとめている。誰も様相の変化に気付いてくれないことに気落ちしながら、バルバラは、意気揚々と歩き出した仲間の後を、とぼとぼと追うのだった。


 誰が呼んだか『霊柩の迷宮』。廃鉱に起こった謎の爆発により、いつしかそこは魔物の巣くう難易度の高いダンジョンと成り果てていた。鉱山の麓には、大墓地も存在しており、どうもアンデッドモンスターを大量に呼び寄せてしまったらしい。

 廃鉱とは言いながらも、未だ金塊や鉱物も眠っており、冒険者にとっては一攫千金の可能性もあった。また、死者と化した鉱山夫達が今なお、生前の記憶のまま坑道を掘り続けているという情報もあり、現在進行形で未知の領域が拡げられている厄介な場所でもある。


 バルバラ達は、上階層を難なく突破し、ダンジョンの奥深くに辿り着く。


「ヤツだっ!」


 前回、撤退の原因となった恐ろしく巨大な蛇の化け物ゾンビヒドラだ。その肉を腐らせ骨を覗かせながらも、多頭の顎から複数の毒の吐息ポイズンブレスを撒き散らす。


 様子を窺うとか隊列の維持とかお構いなし、全員が突撃しようと前掛かりになる。


 そのとき。


「クレリックキーックッ!」


 高い跳躍から天井すれすれの位置より重力に任せて聖なる蹴りを叩き込むバルバラ。

 ヒドラの首のひとつをいきなり無効化したその攻撃に、パーティ全員の足が止まる。


「え?」

「いやいやいや!」

「ヒーラーのアンタが前に出てどうすんのよっ!?」


 突撃というお株を奪われた仲間達は、慌てて戦線に追い付く。


 毒のステータス異常はとにかく厄介だ。

 吐息ブレスを喰らう前に出来るだけダメージを叩き込む先手必勝は間違いない戦術。

 そして問題は、その戦陣の先頭に僧侶がいることである。


 ゾンビヒドラの首のひとつ、喉元が膨らむ。吐息ブレスの兆候だ。


「まずい! バルバラ! 巻き込まれるわよっ!」


 毒の吐息ポイズンブレスを吐かれる前に爆裂魔法エクスプロージョンを放ち、その首を粉砕した女魔法使いは目を見張る。

 熱波と爆風の中、バルバラは無傷、いや正確には既に回復していた。


「うおおおぉーっ!」


 か細いながらも裂帛の気合を上げ、華麗な舞のごとき体さばきでヒドラゾンビに連続蹴りを見舞う。


「下がれって! 誰が回復するんだよっ!」


 バルバラと肩を並べて長剣を振るう重戦士は、言わんこっちゃない、ヒドラの牙をその身に喰らう。100くらいのダメージを受け、片膝をつく。


回復ヒールします! えいっ!」


 バルバラは、その拳に生命力を宿し、重戦士の頬を「ぽかっ」と気の抜けた効果音で殴る。


 魔法拳により78の回復! 殴られた1のダメージ!


 重戦士はオヤジにぶたれたこともないのに、といった表情で頬を片手で押さえている。


「君に身に付けてもらいたい戦闘スタイルはね……」


 魔王さまが考案し、デルフィによる格闘術のスパルタ教育。


 その戦闘スタイルは、生命力を身にまとう方法だった。自身に常にリジュネレーション状態を施し、拳や蹴りに生命の波動をまとう。味方に対しては、拳を振るって回復を行い、敵に対しては蹴り技主体の格闘を行う。特にアンデッドモンスターに対して絶大な効力を発揮するのは、生命力がそのまま攻撃力に転化する点である。


 回復能力が高いバルバラにとって、天職とも言える転職となる。


 まして、突撃馬鹿ばかりの毎回乱戦状態のパーティにとって、攻撃力増かつ素早い回復という利点が加わり、前線の戦士二人がバルバラをカバーしなければならない意識に目覚める結果となった。

 回復の度に軽く殴られるという、何とも理不尽なような、腑に落ちない感謝の念を仲間達は抱きながら、パーティの生存確率は劇的に向上する。


 当のバルバラは、ぶん殴り、回復する、という斬新な方法によってストレスの発散となり、やや好戦的な感情を解き放つこととなる。


 ゾンビヒドラの最後の首に、軽戦士は牽制の矢を射続け、重戦士は大盾を前にヒドラの巨体を押し返す。

 魔法使いの火炎魔法で怯んだ隙を逃さず、バルバラは重戦士の背後から飛び出し、コマのように遠心力をのせた回し蹴りを繰り出した。


「ローリングプリーストキーック!」


 某ペルソナライダーもかくやという必殺蹴りに、全ての首を失ったゾンビヒドラはその巨躯を倒し、坑道を震わせた。


 何とも頼もしい仁王立ちのまま顔だけで仲間達に振り返り、バルバラは神々しい笑顔でこう言い放つ。


「文句、ある?」


 誰もが首を横に振る。そう、モンクなだけに。

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