033


「クロードさんッ⁉」


 クロードがスゥの目の前で倒れた。


 アンリエッタの職場から帰って直ぐの所だったとは言え、大人を一人ベッドまで運ぶのは、スゥにとって大変なことだった。引き摺るようにしながら運んだ性で、クロードをあちこちにぶつけてしまったが、気を失っているのが不幸中の幸いだったのかもしれない。


 スゥは、ベッドまでクロードを何とか運び、熱を冷ます為に直ぐにタオルを水で冷やし、クロードの額に乗せた。少し前から体調が悪かったのかもしれないが、それを誰にも悟られないようにしていたのだろう。


 次にすることは、医者を呼ぶことだった。

 スゥは、走って診療所に向かった。


 診療所は、中央広場を越えた先にあり、走って向かうスゥは数分程度で着いた。しかし、スゥが着く頃には診療所には行列が出来ており、計り知れないその人数から流行り病の猛威が伺えた。


 スゥは、最後尾に並ぶも、待てども待てどもその列は減って行かなかった。少しすると、列の先頭の方でざわついているのが目に入って来た。スゥは、耳を澄ましその内容に耳を凝らした。


「薬が無いってどう言うことだよ」


 スゥには、確かにそう聞こえた。


「薬が……無い……?」


 スゥは、自分の耳にはどんな些細な音も聞き逃さない自信があった。だから、聞き違えるはずが無かった。つまり、この列が減っていかないのは、薬が足りていない状況を後列の人達がまだ知らないからだった。


 しかし、時間が経てばそれは人から人へと伝播して行った。


 やがて、まだかまだかと、そわそわ並んでいた列は乱れ、次第に押し掛けるように診療所は囲まれていった。スゥは、巻き込まれるような形で人の波に飲み込まれ、気付けば診療所の前まで流されて行った。


「お願い、家の子供が流行り病に罹って――」

「頼む。具合が悪いんだ。何とかしてくれ――」


 診療所の前は、混沌と化していた。


 薬が無い事実を知りながらも懇願する者、どうしてないのかと怒号する者、何が起こっているのか状況を理解出来ない者――そこには、必死に薬を手に入れようとするもので溢れ返っていた。


 スゥは、どうにかしなければならい――そう思った。


「皆さん、聞いて下さいッ!」


 それは、思うよりも先に、感じたまま行動していたのかもしれない。スゥは、その場の全員に聞こえるであろう大声で叫んだ。その声に、一時的に、静けさを取り戻し、叫びを上げたスゥの周りには、その声に驚く人で空間が出来ていた。


 スゥは、そのまま全員の前まで出た。


「皆さん、聞いて下さい。今この街は、流行り病が蔓延しています。けれど、適切な処置を行えば大丈夫なんです。私達には、流行り病に対する免疫が多少なりともあるらしいんです。だから、直ぐに危険に晒されることはありません」


 スゥは、ここに居る人達に何が足りないのかを感じた。

 それは、情報だ。


 突然、病に侵されたりしたなら、それは不安になるに違いない。しかも、被害があまりに多過ぎたことも、それに拍車を掛けた要因になっているのだろう。だからこそ、皆状況を知りたくてこうして押し掛けているのだ。


 スゥのその言葉は、一時的に周囲の人を落ち着かせた。


「けれど、薬が無い状況には変わりません。私が何とかして薬を手に入れてきます。だから……、私を信じてくれませんか⁉」


 それは、スゥにとって勇気の必要な一言だった。


 今までのスゥなら、そんなことを言えるはずも無かった。そんなことを言えるだけの勇気が、自信がスゥ自身に無かったからだ。しかし、今はホライズンの危機に立ち上がり、未来を左右する命運を背負おうとしている。


 それは、成長と言う言葉の他ならなかった。


 しかし、街の人達は二つ返事で快くそれを快諾することは出来なかった。大人達がこうして慌てふためく中、子供の方が堂々としており、その上子供を危険に晒そうとしているのだから、その返事を簡単にすることなど出来るはずも無かった。


 大人達は、危ないから止めろ、子供に何が出来る――そう言ったことを口々に言っていた。本当は、自分から誰一人今直ぐに行動を取れない大人達の、子供に習うべきところなのかもしれない。


 スゥは、悔しかった。

 人知れず、握り拳を作った。

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