020


「えっと、本当にここから行くんですか?」


 スゥは、不安そうに聞いた。

 それもそのはずだった。


 クロードは、これから二階にある、初めてクロードの店に来た時に気付いた、景色の見え方が可笑しい窓から身を乗り出し、越えたその先が魔女の住処だ、と言うからだ。そんなことをすれば二階から下へ、真っ逆さまになって落ちてしまうのは、誰にだって分かる。


「まあ……確かに、初めてじゃ怖いか」


 クロードは、二階の窓から下を眺めながら言う。


「じゃあ、僕から先に行くから後から付いて来るんだよ」


 クロードはそう言い、お手本になるべく、二階の窓から身を乗り出した。落ちたのではないかと、慌てて二人は駆け寄るが、クロードの体はそのまま下に落ちた訳では無く、消えていたのだ。


 どうやら、クロードの言った通り、身を乗り出せばその先へと行けるらしい。二人は、クロードのその光景を目の当たりにして、初めてクロードの言ったことが本当だったと、信用することが出来た。


 けれど、その事実が分かったところで、二階の高さから身を乗り出す恐怖は拭い切れない。二階の窓から下を見る度にその恐怖は増していき、余計に身を乗り出すが怖くなって行った。


 カレンは、スゥの方へ視線をやると、その恐怖に小さく震えているのが目に入った。その姿を見たカレンは、一度目を閉じ、深く深呼吸をし、息を整え、そっとスゥの手を握り締めた。


 怖いのは、カレンも同じだった。


 けれど、それ以上に怖がるスゥを前に、男なんだから自分がしっかりしないと――カレンは自分にそう言い聞かし、奮い立たせていた。すると、次第に震えていた二人の手は止まり、勇気が満ちて来た。


一人では怖いけれど、二人なら大丈夫。


 言葉を交わさずとも、目と目を合わせるだけで、互いにそれを理解出来た。その証拠に、二人の顔からは溢れんばかりの笑みがあった。繋いだその手を固く、二人は大きな一歩を踏み出した。


「えいッ!」


 目を瞑ったまま、勢い良く窓から身を乗り出した。


 二階から下に落ちた感覚は無かった。足にも、何か知らの上に居る感覚がある。安全を確認出来た二人は、ゆっくりと瞑っていたその目を開いた。すると、辺り一面書籍に囲まれる、全く見覚えの無い家の中に居た。


「やっと来たか。随分、時間掛かったね」


 クロードは、直ぐそこで待っていた。


 ふと見ると。


 二人が手を繋いでいるのが目に入った。二人がどんな経緯で、手を繋ぐに至ったのかは分からないが、ここまで来るまでの間に、二人に何かあったんだなと悟ったクロードは、思わずニヤけてしまった。


「どうしたんですか?」


 スゥは、無邪気に聞く。


「いいや、何でもない」


 そのクロードの可笑しな様子に気付いたのか、照れ臭くなったカレンは思わず手を放した。スゥは、二人ともどうしたんだろうか――キョトンとしながら、不思議そうにその様子を見ていた。


 クロードは、話題を変えるように聞いた。


「どうだい。驚いただろ?」


「驚きましたけど……でも、どうして?」


「後ろの窓を見てごらん」


 クロードの言葉に二人は、後ろの窓からを外を見る。


 すると。


 そこからは、街全体を一望することが出来た。どうやら、ここはとてつもなく高い場所にある建物らしいと言うことが分かった。そして、スゥにはこの光景に見覚えがあった。


 それに気付いたスゥは、開いていた窓を閉めた。


「やっぱり」


 窓を閉め、そのガラス越しに映される景色は、クロードの店の二階から見える光景と同じだった。つまり、この窓とクロードの店の窓は、一体全体どういう訳なのか、何らかの理由により、空間が繋がっているようだった。


「じゃあ、もしかしてここが?」


 スゥは、聞いた。


「ああ、そうさ。ここが、魔女の住処さ」


「誰が魔女だ」


 聞き慣れない女性の声が響き渡っていた。


 ただ。


 声は聞こえるものの、その姿はどこにも見当たらなかった。


「ワタシは、魔法が使えるだけのどこにでもいる至極平凡な女性だ。魔女だなんて言われると、変に誤解されるだろうが、全く。まるで、ワタシがこの世界の支配者にでも、なろうとしているようではないか」


「その気になれば、いつだって出来るだろう?」


 クロードのその返答に魔女は、クククと笑った。


「違いない。時に、此処へは何用だ? ワタシは、どう見えているのか知らないが、忙しい身でなあ――要件を簡潔に、迅速に、明快に、頼もうか」


「少年を過去に戻す」


「よかろう」


「ええッ⁉」


 スゥとカレンは、無意識でそう口から溢していた。


 その二人がしているのは、会話と言うには程遠いやり取りだった。だが、それが二人の会話のリズムのようで、テンポよく会話がやりとりされていた。お互いに親しい間柄だからなのだろう。


「ただし、一つ条件がある」


 どうやら。


 魔女は、タダでは聞いてくれないらしい。


 元々の原因がこの魔女にあるのだから、それに対して条件を出すと言うのは可笑しな話だった。しかし、あの説明ではきっとそのことまで、理解出来ていないのだろう。そんな事情を知らない魔女は、条件を掲示すると言う。


 それが、そこいらの簡単なものとは、考え難かった。

 スゥとカレンは、固唾を呑み込んでその条件を聞く。


「ワタシを――ここから出してくれ」

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