017


「あの……こんにちは」

「……」

「その……良いお天気ですね」

「……」

「えっと……」


 会話にならない会話を続けると言うのには、無理があった。


 レリウスは、スゥの挨拶に対する返事は無く、軽く会釈をするだけだった。そう言えば、前にクロードと来た時もそうだった。ただただ、黙々と、粛々と、淡々と仕事を熟している――そんな感じだったのを覚えている。


 そして、何より不思議だったのが、レリウスが一言も言葉を発さなかったことだ。何かに集中していて気が付かなかったと言う訳でも無く、あからさまに無視をしていると言う訳でも無く――なぜだか、言葉を発していなかったのだ。


 スゥは、レリウスが開いた扉を手で押さえてくれていたので、店内へとそのまま足を踏み入れた。店内は、地味な店と言った印象で、良く言えば、とてもシンプルな店と言えなくも無かった。


 主に鉱物や樹脂、繊維と言った、誰かの手によって一度加工をする必要のあるモノを取り扱っている店で、クロードは普段から、信頼と実績のあるレリウス商会に商品を頼んでいるらしい。


「あの、これが欲しいんですけど……」


 スゥは、クロードの書いたメモをレリウスに渡した。


 レリウスは、そのメモを確認すると手際よくメモの商品を集めて来た。丁寧に梱包をし、スゥの持って来た手提げ袋を指さした。言われるがままに、指し出すとその中へと丁寧に入れてくれた。


「あ、ありがとうございます……」


 スゥは、驚いた――と言うより、意外だった。


 見た目の怖さからは、伺い知ることの出来ないほど、繊細で、丁寧な仕事ぶりだったからだ。もしかしたら、何か勘違いをしているのかもしれない――スゥはそう思ったが、無愛想な様子は変わらず、やはりどこか苦手な感じは残っていた。


「あのいくらでしょうか?」


 スゥのその言葉にも返事は無かった。

 代わりに、金額の書かれたメモが送られてきた。

 それは、少し可笑しな光景だった。


 目の前にいるのなら、そのまま金額を口頭で伝えてくれれば良いと言うのに、それをわざわざメモに書いて伝えると言うのは、ただの手間の他ならない。となれば、メモに書いて伝えなければならない事情があるとしか考えられなかった。


 もしかしたら、喉が痛くて話せないのでは――スゥはそう考えた。


 レリウスに掲示された金額通りに、お金を支払うのと一緒に、スゥはテレジアに貰ったキャンディーも一緒に渡した。そのキャンディーは、正直に言えば、自分が食べたかったモノであったが、目の前にいるレリウスが言葉を発せない程に困っていると思ったスゥは、迷ってなどいられなかった。


「あの、これを食べて早く元気になってください……」


 スゥは、チラッとレリウスの表情を伺った。


 レリウスは、少しばかり驚いた表情をしていた。そして、あのレリウスが、一瞬だけ小さく笑ったのだ。もしかすると、それは気の性だったのかもしれないが、そんな表情を見てスゥは、初めて確信をした。


 レリウスは、きっと不器用なだけで、本当はとても優しい人なのだと。


 ただ、その優しさに気付いたところで、やはり独特のその雰囲気が怖いことには変わらなかった。逃げるようにレリウス商会を後にしようとしたスゥの肩を、トントンとレリウスが小突いた。


 若干、警戒気味に振り返ると、レリウスは先程のキャンディーのお礼なのか、古惚けた木で出来た小さな箱をスゥに手渡した。レリウスからその木箱を受け取り、手に取ってそれをまじまじと見てみると、真ん中辺りに切れ目が入っているのが見えた。


 レリウスは、声は出さずその木箱を開ける仕草を見せた。


 スゥは、その仕草を真似るように、ゆっくりとその木箱を開くと、中から優しく、繊細な音が漏れて来た。当然、オルゴールなんてモノを知らないスゥにとって、それは感動の他無かった。


「うわあ――」


 スゥには、この小さな木箱から何故音が鳴り出すのか、その原理はまるで分らなかったが、その音が持つどこか優しく、どこか温かい――そんな感じと共に、その音が持つ不思議な魅力に魅入られていた。


 レリウスは、スゥにオルゴールを渡すと、直ぐに背中を向け、カウンターへと戻ってしまった。喜ぶスゥの顔を間近で見ていたレリウスは、途端に照れ臭くなってしまい、そんな顔を見せまいとスゥと距離を取ったのだ。


「有り難うございます。レリウスさん」


 レリウス商会へと来たときは、不安そうな顔をしていたスゥだが、今はそんな影さえ見えなくなっていた。それは、レリウスが本当は良い人だと理解出来たからだろう。しかし、スゥのようにレリウスを理解出来る者は多くない。


 だが、理解出来た人は皆、一様に口を揃えてこう言う。

 レリウスは、良い人だよ――不器用だけど、と。


 スゥも、レリウスを理解出来た皆が、一様に何故そう言うのか理由が理解出来た時、心の中で小さく笑っていた。


 そして、心の中でこう小さく呟いた。


 確かに、良い人だけど、不器用な人なんだな――と。

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