最果てのホライズン

@shiinanona

第序章 000


 その少女には、生まれつき獣耳が生えていた。


 犬や狼の様に、普通の人間には聞こえないであろう微々たる音をどこまでも遠く聞き渡せる――そんな獣耳を幼い少女は頭に生やしていた。一見すれば可愛らしい容姿であった。しかし、そんな少女を皆忌み嫌った。


 それは、少女のその容姿が人間とも、動物とも似つかない、どっち付かずの存在であったからだ。


 人間の住む街に行けば、


「お前みたいな獣耳をした奴は、森で動物とでも一緒に暮らすんだな」


 と、追い返される。


 動物の住む森に行けば、


「お前みたいな身体をした奴は、街で人間とでも一緒に暮らすんだな」


 と、追い返される。


 少女は、傷付きながらも懸命に考え、知恵を振り絞った。

 この容姿は紛れもなく人間であるのだから、獣耳さえ帽子で被り隠すことで、動物として森で暮らすことは出来ずとも、人間として街で暮らすことが出来るのではないか、と。


 そして、少女のその考えは見事に成功した。そこで初めて、人間の温かみというものを知ったのだ。少女は、少なからず人間として生きることに小さな幸せを感じていた。こんな幸せがいつまでも続けば良いと思った。


 しかし、その嘘を隠しながら送る生活がそう長く続くはずも無かった。


 今まで優しくしてくれた皆は、少女が獣耳を生やしていると知ると、態度を一変させ、次第に少女から距離を置く様になった。そして、居た堪れなくなった少女は人知れずその街を離れたのだ。


 気付けば、少女にはどこにも居場所が無かった。

 人間としても、動物としても。


 それは同時に、この世界において自分と言う存在が必要ではないと言うことを意味していた。それでも、少女はその歩みを止めることをしなかった。もっと遠くに行けばきっと、自分の居場所がある――そう信じていたから。


 しかし、少女のそういった気持ちとは裏腹に、他者と接すると言うことに臆病になっていた。口を開けば追い返され、喋らずともその場に居るだけで石を投げられる。それは、まだ幼い少女にとって辛い現実であった。


 だからこそ、少女は求めたのかもしれない。

 自分の居られる、自分を認めて貰える――そんな居場所を。


 すると、どこからか音が聞こえて来た。少女は、その音をどこかで聞きいたことがあった。少女は、記憶を手繰り寄せる。確かそれは、汽車が鳴らす汽笛と言う音だったはずだ。少女は、いくつかの街を渡る時にそれを見聞きしていた。


 その乗り物に乗ると、どこか見知らぬ遠くの土地へと行けるらしい。けれど、それに乗るには、お金と言う通貨が必要だと言われ、追い返されたのを覚えていた。


 それなら、今度はこっそりと忍び込めば良い。


 少女は、汽笛の鳴る方へと歩く。汽笛の音が近くなるにつれ、次第にその歩みは早まり、気付けば高鳴る鼓動を抑えながら、駆け出していた。もうすぐ、自分を受け入れてくれる遠くの見知らぬ土地へと行けるのだと信じて。


 少女が音につられて駆け抜けた先は、大きく開いた原っぱだった。そして、少女はその光景に目を奪われた。汽車自体は、少女が街で見かけたモノとそう変わりは無かったが、明らかに普通ではない光景がそこにはあった。


 普通、汽車は線路と言う陸路に敷かれたレールの上を走り、次の目的地を目指す乗り物である。少なくとも少女はそう認識していた。しかし、その光景は少女の持つ常識を覆すものだった。


 それは、その線路の行先が、天へと続いていたからだ。

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