モンスター退治に聖剣魔剣魔法呪文詠唱だの異世界が舞台だの食傷気味

第三話 夜は宿で一休み。せやけど油断は禁物やで

みんなは阪急箕面駅前から、風光明媚な山あいにある籠森旅館まで送迎タクシーで送ってもらった。

「ご予約の利川御一行様、お部屋はこちらになっております」

女将さんに六人部屋となっている、２０５号室へ案内される。

　十五畳ほどの純和室だった。

「俺は別の部屋にして欲しかったんだけど」

「まあええやん慶祐お兄さん、ワタシ達家族みたいなものやし」

「慶祐お兄ちゃんもいっしょがいいっ！」

「慶祐さんなら、寝込み襲って来ないだろうからわたしも全然気にならないですよ」

「私も慶祐くんもいる方が安心出来るよ」

「さすが慶祐様、主人公だけあって皆様から信頼されてはるね」

「どうだろう？」

　慶祐は苦笑い。

「わあーっ、見て。中に饅頭とか、ゼリーとか、ジュースがいっぱいあるぅ」

　羽音は冷蔵庫を開けてみた。

「旅館といえばこれやね。宝箱を開けた気分や」

「リアル世界のやから、敵から受けたダメージに対する体力回復効果はないで」

「これって別料金取られるから、やめた方がいいんじゃないか？」

　慶祐はこう意見するも、

「まあええやん。お金ようさんあるし」

　桃絵は抹茶ゼリーを手に取った。

「まもなく夕食の時間だから、わたしは今は食べない方がいいと思うわ」

「俺もそう思う」

「私もー」

「それじゃあ、やめとこうっと」

「ワタシもやめるよ」

「うちも夕飯を優先するで」

このあとみんなは夕食場所となっている宴会場へ。

「ご予約の利川御一行様ですね。ごゆっくりどうぞ」

従業員さんに座席へ案内される。

宴会場は二〇畳ほどの純和室となっており、長机一脚に座布団が六つ敷かれていた。

メインメニューは鹿肉、猪肉。マツタケの土瓶蒸し、イワナとヤマメの塩焼き、栗ごはん。他に副菜、デザートもたくさん。

「柚のゼリーから食べようっと」

　羽音がそれをスプーンで掬って、お口に運ぼうとしたら、

「もーらった」

桃絵が横からぱくりと齧り付いて来た。

「あああああああーっ！　桃絵お姉ちゃん、何するのぉっ！」

　羽音は大声を張り上げて、桃絵をキッと睨み付ける。

「えへへ」

　桃絵はとても美味しそうに頬張りながら、あっかんべーのポーズをとった。

「ひっどーい」

　羽音は桃絵の両方の頬っぺたをぎゅーっとつねる。

「いったぁーい」

　桃絵は、羽音の髪の毛を引っ張った。

「桃絵お姉ちゃん、いきなり取るなんてひどいよ。そんなに卑しいことしてたら、ぶくぶく太って豚さんになっちゃうよ」

　今度は羽音、桃絵に馬乗りになった。

「羽音だってお菓子大好きなくせに。羽音こそ太るで」

　桃絵は対抗しようと、両手で押し返す。

「あたしは太らない体質だもんねーっ！」

　羽音は自信満々に言う。

「仲間同士の戦闘になってはるね」

「やはり桃絵さん優勢ですね」

「二人ともまだまだ子どもだなぁ」

　佐桜里と千景と慶祐は楽しそうに成り行きを眺めていた。

「羽音、桃絵、仲間同士で戦闘するのはやめようね」

　舞衣はにっこり笑顔で見守る。桃絵と羽音は普段家庭での夕食時でもおかずを取り合うことはよくあるので、慣れているのだ。

　それから一分ほどが経過しても、

「桃絵お姉ちゃん、返してぇーっ！」

「それは不可能や」

　二人はまだ、ケンカを止めようとはしなかった。

「桃絵、羽音。いい加減やめなさい」

舞衣は優しく注意して、二人の後ろ首襟を掴んで持ち上げた。

「ごめんなさーい」

「すまんねえ舞衣お姉さん。もうやめるよ」

恐怖心を感じたのか、二人とも反省の態度を示す。

「舞衣ちゃん、さすがお姉さんだな」

　慶祐は感心する。

「まさか、軽々と持ち上がるとは思わなかったよ」

「舞衣様、レベルが上がっとる証拠やで。せやから明日は自信を持って敵と戦ってや」

「体格は朝から全然変わってないのに、こんなに力付いちゃうなんて……」

　舞衣は自分の能力にちょっぴりショックを受けてしまったようだ。

「さっきはごめんね、羽音」

「ううん、あたし、もう気にしてないよ」

　桃絵と羽音はすぐに仲直り。その後は仲良く夕食タイムを過ごしたのであった。

みんなは部屋に戻る途中、館内のアミューズメント施設へ立ち寄った。

「皆様もゲーム上の設定と同じく、こういったアーケードゲームで遊べば経験値アップするように今はなっとるから、どんどん遊んでや」

　佐桜里からこう勧められ、慶祐達はお目当てのゲーム機へ向かっていく。

「敵の動きがゆっくりに見えたぞ」

　慶祐はガンシューティングゲームで、パーフェクトに近いスコアを出すことが出来た。

「自分でも信じられないくらい上手くいった」

「まさかこんなに簡単に取れるなんて。自身の能力にびっくりです」

　クレーンゲームで遊んだ舞衣は白イルカ、千景はジンベエザメのぬいぐるみを楽々ゲット。

「音ゲーもすごく軽快に動けるようになったよ。自己ベスト、大幅に更新しちゃった♪」

「ワタシも無意識のうちに体が反応しちゃったよ。気分爽快やっ！」

羽音と桃絵は楽しそうに画面右から流れてくる音符に合わせて太鼓を叩き、スコアを増やしていく音ゲー、難易度は『むずかしい』。選んだ曲は今流行のアニソンでパーフェクトに近いスコアを叩き出すことが出来た。

「集中力や俊敏性がアップしたからやで。慶祐様、ゲーム上で女の子を仲間に加えてから旅館に泊まった場合は、女湯覗きゲームも楽しめるで」

　佐桜里は耳元で囁いて教えてくる。

「そのイベントは不要だな」

　慶祐は苦笑いする。けど内心は試してみたいなと思ってしまった。

「慶祐お兄さん、パンチングマシンで勝負しよう！」

「いいよ。俺が勝つだろうけど」　

「慶祐お兄さん、もしワタシに負けたらヌードデッサンのモデルになってもらうで」

「いや、それは勘弁してくれ」

「もう、慶祐お兄さんほんまは自信ないんやん」

　桃絵と慶祐がその筐体へ向かっていこうとしたら、

「これやろうぜっ！」

「うぉう、これ、ここにもあったんか」

　どこかの大学の体育系サークルと思われる、男ばかりのむさくるしい連中に先に使われてしまった。

「ちょっと様子見てみるか」

「そうやね。ワタシの苦手なタイプやけど、数値気になるから」

「うちも拝見するで」

「あたしもー。あのお兄ちゃん達、みんなすごく強そうだね」

　慶祐、桃絵、佐桜里、羽音はお菓子を取るクレーンゲームで遊びながらこっそり観察。

「本当に不思議なくらい体がよく動くわね」

「私、自由自在に動けてめちゃくちゃ楽しいよ。空だって飛べそうな気がする」

千景と舞衣はその頃、いっしょにダンスゲームで遊んでいた。

　　　　　　　　　○

十分ほどして大学生だろう連中が去ったあと、慶祐は三回分、百円硬貨を三枚コイン投入口に入れ、筐体両脇に設置されたグローブを両手にはめる。

　ゲーム開始ボタンを押すと、パンチングパッドが起き上がった。

「これ目掛けて殴ればいいんだな」

　慶祐は右手を用いて、バシンッと思いっ切り殴ってみた。

　すぐに画面上にスコアが表示される。

「八七点って、さっきの強そうな連中のやつらでも七五が最高だったのに。マジで？　機械の故障じゃないのか？」

「ワタシも七八出たよ」

「あたしも七〇出たぁ」

「慶祐様も桃絵様も羽音様も、レベルと共に攻撃力もかなりアップしとるからやで。試しにあそこの自販機で売っとるスチール缶、上から叩いてみぃ」

　佐桜里から勧められると、慶祐、桃絵、羽音はさっそく最寄りの自販機のスチール缶飲料を購入してくる。

飲み干して空き缶にし、休憩イスの上に底面を下にして置いた後、

「えっ、嘘だろ？」

「おう、ワタシリアルにパワーアップしてるやん」

「簡単に潰せちゃった♪　あたし達今、めちゃくちゃ強くなってるんだね」

　三人とも手のひらで上面を程々に力を入れて叩くだけで、ぺちゃんこにすることが出来てしまった。

「これは、明日の決戦もめっちゃ楽しみや」　

「あたしもー」

「こんなに力付いて、俺自身としてもなんか恐ろしいな」

そのあと慶祐、桃絵、羽音はもぐら叩きゲームも楽しんで、三人とも独力でパーフェクトを出すことが出来た。

　　　　　　☆

みんなが２０５号室へ戻った頃には、すでにお布団が敷かれてあった。この旅館のサービスとなっているのだ。

女の子達はこのあと露天風呂へ。

「佐桜里お姉ちゃん、おっぱいは同い年の桃絵お姉ちゃんより小さいね」

「もう、羽音様。うち、貧乳なの気にしとるねんで」

「ごめんなさい佐桜里お姉ちゃん」

「佐桜里ちゃん、お肌白くてすべすべだね。ムダ毛も全然ないし」

「羨ましいです」

「さすが二次元が元なだけはあるわ～」

「桃絵様、うちのこと、二次元言われるのは違和感あるで。うちがゲーム内から見たら、桃絵様達が二次元なんよ」

「そっか。ワタシ達も視点によっては二次元キャラってわけかぁ」

　外の脱衣場からこんなキャイキャイはしゃぐ声が聞こえてくるも、

　問題がすらすら解ける。学問仙人のお守り、本当に効果あるみたいだな。

　慶祐は気にせず漆塗りのテーブルを使って数学の予習に取り組む。

　女の子達はみんなすっぽんぽんになって体を流したあとは、

「んー、リアル世界の露天風呂もちょっと熱いけど最高や♪」

「めっちゃ気持ちええわ～。旅の疲れが一気に吹き飛びそうや」

「この露天風呂、桜の時期、紅葉の時期、大雪の時が特にお勧めみたいですよ」

「私その時にまたここ訪れたいなぁ。羽音、ここで背泳ぎするのはダメだよ」

「はーい」

岩風呂の乳白色に染まった湯船に浸かってゆったりくつろぐ。

「慶祐お兄さんもこっち来なよーっ。家族風呂で混浴やのに」

桃絵から誘いの声が聞こえてくるも、

　いっしょに入りたいって気持ちは、俺は持ってないぞ。

　慶祐は無視して勉強を進める。

「桃絵、慶祐くんが嫌がることしちゃダメだよ。あっ！　おサルさんだ。あそこにいっぱいいる」

　舞衣は背後に聳える雑木林の斜面で姿を発見した。

「この旅館の露天風呂、おサルさんが入ってくることでも有名みたいですよ」

　千景はのほほんとした表情で伝える。

「あっ、本当にやって来たよ」

　舞衣が呟いた通り、何匹かが露天風呂の岩場に移動して来た。

「この子ら、タダで入っとるね」

　桃絵はにこにこ顔で突っ込む。

「きゃっ、このおサルさん、襲って来たわ。やっ、やめて下さい」

　千景はいきなり猿一匹に抱き付かれ、胸を揉まれてしまう。頬を火照らせていた。

「エロ猿やね」

「千景お姉ちゃんのおっぱいが好きなんだね」

「おサルさん、千景ちゃん嫌がってるからそんなことしちゃダメだよ」

「こいつら、ゲーム上でも箕面の山間部に現れるミノオザルって名の敵モンスターやで。体力は５９や。素早さもあるで」

　佐桜里はにっこり笑顔で伝えた。

　キャッ、キャッ、ウッキャキャ。

　ミノオザルは桃絵、羽音、舞衣にも襲い掛かる。

「ワタシ達今、武器持ってないし、すっぽんぽんやから攻撃力も防御力もかなり劣っちゃうよ。きゃんっ！　あんっ、んっ。めっちゃ吸い付きよ過ぎや」

「おサルさん、あたし達に懐いてるみたいだよ。あっ、いたたたっ。いたーい。腕引っ掻かれちゃったぁ」

「大丈夫？　羽音。怖い、怖い。離れて、離れて」

「あの、いい加減離れて下さい」

「引っ掻きと噛みつき攻撃はかなり強力やから、皆様気を付けて」

　例により、案内役の佐桜里には襲って来なかった。

「エロザル、お仕置きしちゃうよ」

　桃絵は胸に吸い付いて来たミノオザルの頭に殴りかかる。

　キャキャッ！

　しかしかわされ岩場へ飛び移られた。

「いたっ、足引っ掻かれたわ～」

「桃絵、大丈夫？」

「舞衣お姉さん、ワタシは大丈夫よ。舞衣お姉さんこそ、おっぱいと背中と足、三匹もとまられとるけど大丈夫？」

「うん、攻撃はされてない。動いたら攻撃されそうで動けなーい」

　舞衣の表情は少し青ざめていた。

「とりゃぁっ！」

　羽音も自分を襲い掛かったミノオザルに蹴りを食らわす。

　ギャッ、ギャッ！

　見事命中。

「みんな、敵が出たみたいだけど大丈夫か？」

　慶祐は室内から、外は覗かないようにして問いかけた。

「慶祐お兄さんも助けに来てやーっ！」

「いや、悪いけどそれは無理だ。みんな裸だろうし」

「慶祐様、非常事態やねんで」

「そうはいってもなぁ」

「慶祐お兄さん、頼むからこっち来ていっしょに戦ってや。ついでに武器も持って来て」

「慶祐さん、お願いします。また数が増えてわたし達だけじゃ勝てそうにありません」

「慶祐くぅん、早く来て」

「慶祐お兄ちゃん、このおサルさん、すごく強いよ」

「……わっ、分かった。ちょっと待ってて」

　これは深刻な事態だなっと感じた慶祐はみんなの武器を持ち、勇気を振り絞って露天風呂の方へ移動するとすぐに自分の分以外の武器をみんなのいる方へそっと投げる。視線は洗い場に向けたまま。

　ギャッ、ウキャッ、キャキャッ！

　ミノオザル達が、邪魔するなよと言わんばかりに一斉に慶祐の方に襲い掛かって来た。

「やっぱ堺までの敵より手強いな。いってぇ。腕噛みやがった」

　慶祐は竹刀を用いてみんなの姿は見ないようにミノオザル達と戦う。

「開放されて良かったけど、慶祐くんが心配」

「慶祐お兄さんならきっと大丈夫やろう。ワタシすっぽんぽんじゃさすがに慶祐お兄さんの目の前に出れんよ」

「慶祐さん、ご迷惑かけて申し訳ないです。あらっ、ミノオザルさんから受けた傷が一瞬で癒えたわ」

「入浴は体力全快効果があるんよ」

　羽音以外の女の子達は湯船に肩までしっかり浸かって裸体を隠した。

「慶祐お兄ちゃん、あたしも協力するよ」

　羽音はすっぽんぽんのまま、慶祐を襲うミノオザルをメガホンと水鉄砲の二玩具流で攻撃する。

「ありがとう羽音ちゃん、こいつめ、くたばれっ！」

つるぺた幼児体型の羽音の姿が慶祐の視野に時折しっかり入ってくるが、慶祐は当然のごとく欲情せずにミノオザル戦に集中。

「他にもういないね」

「ようやく全滅したか」

　羽音は一回だけ、慶祐も何度もダメージを食わらされながらも勝利を収める。

「慶祐お兄ちゃん、湯船に浸かったら一気に回復するよ」

「俺はこれで回復させるからっ」

全身傷だらけになってしまった慶祐は、ミノオザルが落していった箕面名産モンちゃんせんべいともみじの天ぷらを拾い上げると、そそくさ室内へ戻っていった。

「わたし、ここにまで敵モンスターが出るとは思わなかったわ」

「屋外では油断出来んってことやね。でもそれもまたスリルあって楽しいわ～」

「また襲われるかもしれないから、早く中に戻ろう」

　舞衣が湯船から上がろうとしたら、

「ここの露天風呂、広いねー」

　茂みから羽音と同い年くらいに見えるほんのり茶髪なカールヘアの女の子が現れた。

「かわいい♪」

　舞衣はうっとり眺める。

「隣のお部屋から伝って来たのかしら？」

　千景は推測する。

「お姉ちゃん、いいおっぱいしてるね」

　女の子はいきなり舞衣の胸を両手で揉んで来た。

「もう、ダメだよ」

　舞衣はぴくっと反応。

「こらこら、女の子だからってむやみに他人のおっぱい揉むもんやないよ」

　桃絵は背後から抱きかかえて引き離す。

「あーん、もっと揉みたいのにぃ」

すると女の子の首下から膝の辺りにかけて巻かれていたタオルがハラリと湯船に落ちた。

「えっ！　男の子？」

　あれがばっちり見え、舞衣は目を大きく見開く。

「わたし、女の子かと思ってました」

「お○んちんがしっかりついてるね」

「きみ、男の娘やったんかぁ！」

　千景も羽音も桃絵も驚くとともに笑ってしまう。

「おれっち、よく女に間違えられるからな。今でも女湯に余裕で入れるぜ」

　少年は得意げな表情で自慢する。

「おれっちって一人称もＧｏｏｄ！　ねえ、あとできみの似顔絵描かせてくれへん？」

　桃絵は少年に近寄ってお願いしてみた。

「嫌だね、このブス」

　少年はそう言って、薄ら笑う。

「かわいいお顔のくせにかわいくないなぁ、この男の娘」

「いっててて、ごめんなさーい」

　桃絵はむすっとしながら少女のような少年のほっぺたを、両サイドからぎゅーっとつねった。

「きれいなお尻してるくせに」

「くすぐったい。撫でるなって」

そのあとちゃっかりお尻も一撫でする。

「自分、歳なんぼなん？」

　佐桜里がにこやかな表情で問いかけると、

「十歳♪」

　少年は屈託ない笑顔で答えた。

「そっか。八歳くらいやと思ったけど」

　佐桜里はにっこり微笑む。

「あたしより一つ上だね。あたしももうすぐ十歳だけど」

「ほんま、かわいいわ～」

「やっ、やめてぇ」

　桃絵は少年のほっぺたに顔をぐりぐり引っ付ける。

「ワタシ、これくらいの年頃の男の子見ると本能的に遊びたくなっちゃうんよ」

「あーん、くすぐったいよぅ」

　続いて体中をこちょこちょくすぐり続ける。

「今度はキスしちゃおうかな？」

「やめろぉ～っ！」

「桃絵、やめてあげて。この子、すごく嫌がってるよ」

「桃絵さん、この子の保護者からもあとで叱られるかもしれませんよ」

「桃絵お姉ちゃん、モンスターペアレントだったらまずいよ」

　舞衣と千景と羽音に注意されると、

「分かったよ。ごめんねボク」

　桃絵はしぶしぶこの男の子を自分の体から離してあげた。

「この姉ちゃん怖い。こっちの姉ちゃん、すごくいい人だね。お礼にこれあげる」

　男の子は嬉しそうに舞衣の手のひらに何かを置いた。

「何かな？」

　カサッとした感触。

「きゃっ、きゃあああああああっ！」

　舞衣は甲高い悲鳴を上げ、渡されたものを反射的に投げ捨てる。

　全長十センチを超えるアシダカグモだったのだ。

「岩場のとこにいたよ」

　男の子は無邪気な笑顔で伝える。

「やっぱり男の子やね」

　桃絵はくすっと微笑む。

「あたし久し振りに生で見たよ、アシダカグモさん。かわいいね」

「舞衣さん、この子はゴキブリを駆逐してくれる縁起のいいクモさんよ」

「これがリアルアシダカグモかぁ」

　羽音と千景と佐桜里は楽しそうに岩場をゆっくり動くそいつを観察する。

「おれっちも大好きなんだ♪　ペットにしてるよ」

「あのう、ボク。そろそろ自分のお部屋に戻った方がいいんじゃないかな？　パパとママが心配するよ」

　舞衣は苦笑いしてこう諭す。

「おれっち、淡路島の洲本からここに一人で来たんだ」

　男の子は自慢げに言い張った。

「そうなんだ。えらいね」

　舞衣は感心させられてしまう。

「淡路っ子なんかぁ。関西から高速バスで徳島行く時素通りされちゃう島やね。ワタシ、マチ★アソビの時に何回か徳島行ったことあるけど、淡路島なんて途中で寄ろうとは全然思わんかったわ」

　桃絵はにっこり微笑んだ。

「猥褻姉ちゃん、淡路島バカにしてるでしょ？　淡路島はレジャー施設がいっぱいある楽しい島だよ。専用のる○ぶやまっ○るも出てるんだよ」

　男の子はむすっとなった。

「いやぁ、バカにはしてへんよ。昔からしょっちゅう家族で遊びに行ってるし」

「わたしも年に二、三回は行ってるわ。それにしても、小学生でも一人で泊まれるの？」

　千景は少し驚く。

「なんてったっておれっち」

男の子は満面の笑みを浮かべてそう言うや、彼の身に驚くべき変化が。

ポンッと煙を上げ、なんと狸の姿に変身したのだ。

「えっ、狸？」

「まさか、狸さんでしたとは――またびっくりです」

　舞衣と千景はきょとんとした表情。

「狸だぁ！　変身も出来るなんてすごぉいっ！」

　羽音は大喜びしていた。

「こいつ、芝右衛門狸や。あんた兵庫編の敵やろ？　ここにおるんは場違いやで」

「そんなことないよ。言い伝えでは大阪の芝居小屋によく現れるんだよ」

　男の娘から本来の姿に戻った芝右衛門狸はにっこり笑って自信満々に主張する。

「確かにそうやけど、ゲーム上では淡路の洲本におることになってるんやで。皆様、気を付けて。芝右衛門狸の体力は２１８。皆様の今の力ではかなり苦戦すると思うで」

「敵なんかぁ。ますますいじめがいがあるわ～」

　桃絵はにやけた表情で嬉しそうにバットを手に取り芝右衛門狸目掛けて振りかざした。

「遅過ぎ。こっちだよぅ」

余裕でかわされる。

「あっ！　それ、私のパンツ」

「へへへっ。捕まれられるものなら捕まえてみろ」

　芝右衛門狸は舞衣の替えと今日穿いていた水玉ショーツ二枚を重ねて頭に被ると、山の方へ逃げてしまった。

「手裏剣もよけられたよ。まだレベル不足やったか」

　桃絵は悔しそうに嘆く。

「でも面白い敵だったね。明日また戦えそうだからすごく楽しみ♪」

　羽音はわくわく気分で呟いた。

「また敵が出たみたいだけど、みんな無事か？」

　慶祐は室内から問いかけた。

「大丈夫よ。被害は舞衣お姉さんのパンツ全部盗まれただけやから」

「いや、舞衣ちゃんにとっては大きな被害だろ」

「私のお気に入りだったのにぃ」

　舞衣は悲しげな声だった。

「舞衣さん、わたし余分に持って来てるので貸してあげますよ」

「いいの？」

「はい」

「ありがとう千景ちゃん」

　こんなやり取りをしている声を聞き、

「なんとかなるようだな」

　慶祐は安心して数学の予習を再開する。

「きゃっ、きゃぁぁぁっ！」

　ほどなく舞衣の甲高い悲鳴が聞こえて来た。

「舞衣ちゃん、どうした？　また敵が出たのかーっ？」　

　慶祐は部屋の窓は閉めたまま、少し心配そうに大声で問いかけた。

「大きな蛾が、私の鼻にとまったのぉ。とって、とってぇ～」

「舞衣お姉さん、相変わらずオーバーリアクション過ぎ」

「舞衣さん、落ち着いて」

「舞衣お姉ちゃん、あたしが取ってあげる。あっ、飛んで行っちゃった」

「よかったぁー。きゃぁっ、今度は眉の上にとまったぁ！　戻って来ないでぇぇぇ～」

「慶祐様、舞衣様は敵モンスターじゃない本物の蛾に襲われてーん」

　佐桜里から伝えられ、

「そうみたいだな」

　慶祐はホッと一安心して勉強を再開する。

それから五分ほどして、

「慶祐お兄ちゃんお待たせーっ！」

「ええ湯やったよ」

「慶祐様、お風呂どうぞ」

「慶祐さん、先ほどはありがとうございました」

「慶祐くん、敵モンスターや虫が襲ってくるかもしれないからじゅうぶん気を付けてね」

女の子達はみんな風呂から上がって来た。

「一応武器持っていっとくよ。じゃあ、入ってくるね」

　みんなゆずやいちごのいい香りがしてたなぁ。

　そんなことを思いながら慶祐はパジャマと竹刀を持って、露天風呂へ。

「超難問もすらすら解けるわ。学問仙人のおかげね」

「私も今すごく頭が冴えてるよ」

　千景は数学の自習、舞衣は英語の予習をし始める。

「二人とも、勉強道具持って来てたんか。慶祐お兄さんも持って来てはるし、みんな真面目過ぎよ。あのゲームもアイテムに夏休みの宿題があったし、あれは現実のことが思い出されて萎えたで」

　桃絵は４Ｂ鉛筆を用いて、スケッチブックに芝右衛門狸の男の娘の姿の時のイラストを描きながらほとほと感心する。

「ねえ、みんなでテレビゲームしようよ」

　羽音は備え付けのテレビゲーム機を四八インチ液晶テレビに繋げる。

「うち、あのゲーム、慶祐様宅から一応持って来とったねん。回復アイテムの買い足しせんといかんなるかもって思って。宿でテレビゲームで遊べるなんて思わんかったからちょうどよかったわ。明日の決戦はより多くのダメージ受けそうやから、回復アイテム買い足してくるで」

　佐桜里はあのゲームをセットし、慶祐が赤阪庵で旅日記を付けたデータを選択し、ゲーム画面に飛び込もうとしたが、

「いたたたぁっ」

　液晶にゴツンッと頭をぶつけてしまった。

「佐桜里お姉ちゃん大丈夫？」

「無理やったか」

　羽音と桃絵はにっこり微笑む。

「慶祐様のお部屋のテレビじゃないと無理みたいや。新たな回復アイテムは今後も敵モンスターを倒して手に入れるしかないみたいや。皆様、申し訳ない」

　佐桜里はてへっと笑った。

「敵倒して手に入れた方が楽しいよ。慶祐お兄さんは今どうしとるかな？」

　桃絵は露天風呂に通じる窓を開け、少し奥へ。

「覗くなよ、桃絵ちゃん」

　慶祐は手ぬぐいであの部分を隠した状態で洗い場の風呂イスに腰掛け、髪の毛を擦っている最中だった。

「今日パンツ見られた仕返しや」

「あれは阪神タイガースおじさんや埴輪くんや学問仙人がやったせいで、俺は全く見る気なかったからな」

　慶祐は桃絵に対し背を向けて弁明する。

「ほんまかな？　ほな慶祐お兄さん、ごゆっくり」

　桃絵はそう言って部屋に戻り窓も閉めてあげた。

「佐桜里お姉ちゃん、いっしょに飛ばなきゃダメだよ」

「ごめんね、羽音様」

　羽音と佐桜里は備えのアクションゲーム二人プレーモードで遊び始める。

「このゲーム面白そうやね。羽音、ワタシに代わって」

「いいよ。あたし、もう一回お風呂入ってくるから」

「羽音、敵にはじゅうぶん気を付けてね」

「分かってる舞衣お姉ちゃん、水鉄砲も持っていくから」

　羽音は外へ出ると、

「やっほー慶祐お兄ちゃん」

すぐにすっぽんぽんになって湯船の方へ。

「羽音ちゃん、二度風呂しに来たのか」

その時、慶祐は湯船に浸かってゆったりくつろいでいた。

「くらえーっ！」

「うぼぉあ、羽音ちゃん、ダメだよそんないたずらしちゃ。俺は敵じゃないからね」

　水鉄砲を顔面に直撃されるも、慶祐は上機嫌だ。

「ごめんなさーい」

羽音は湯船にポチャンと飛び込み、慶祐のすぐ目の前に近寄るや、

「ねえ慶祐お兄ちゃん、あたしと同じクラスの子で、もうおっぱいがふくらんで来たからブラジャーつけてる子がいるんだけど、あたしのおっぱいはいつ頃からふくらんでくると思う？」

　無邪気な表情でこんな質問をしてくる。

「五年生の終わり頃じゃ、ないかな？」

　慶祐は困惑顔で答えてあげた。

「そっか。あたし、まだまだおっぱいふくらんで欲しくないなぁ。桃絵お姉ちゃんにおっぱいがふくらんで来たらパパと一緒に入っちゃダメよって言われたもん」

　羽音は自分の胸を両手で揉みながら言う。

女の子は一般的に十歳くらいを境に男に裸を見せるのが恥ずかしくなって嫌悪感を示すようになるのが普通だけど、羽音ちゃんはまだまだそうならなそうだな。

「羽音ちゃん、俺、もう上がるね」

　ちょっぴり気まずく思った慶祐は、湯船から上がる。

「じゃああたしも上がるぅ」

　羽音もすぐに湯船から出た。

　その直後。

「あっ、危ないよ羽音ちゃん」

慶祐は竹刀をすばやく手に掴み、羽音の背後に迫っていたある敵モンスターを攻撃した。

「あっ、蝙蝠だ。くらえーっ！」

　羽音はすかさず水鉄砲（今は中はお湯）でさらに攻撃を加え、消滅させた。

「うわっ、また来たぞ」

　ほどなく他にも何匹か襲撃してくる。

「そいつは箕面蝙蝠や。体力は５３。箕面に出る敵じゃ弱い方やけど、吸血攻撃に気をつけて！　体力吸い取られてまうで」

　佐桜里はガラガラと引き戸を引いて警告する。

「また新たな敵襲来と聞いて飛んで来たよっ♪」

　桃絵も嬉しそうにバットと手裏剣を持って露天風呂にやって来る。

「おいおい、俺と羽音ちゃんだけで倒せそうだから。いってぇ！」

　手ぬぐいであの部分を隠しただけの慶祐は、気が散ったからか噛み付き攻撃を食らわされてしまった。

「慶祐お兄さんダメージ受けてはるやん。ワタシにも戦わせてや。バットだけにバットで攻撃しようっと。とりゃっ！」

　桃絵は箕面蝙蝠を会心の一撃で消滅させた。

「離れろっ！」

　慶祐は腕をぶんぶん振って噛み付いて来た箕面蝙蝠を引き離すと、竹刀ですばやく攻撃。

　また倒せず、今度は腕に吸い付かれる。

「やばいな。俺から吸った分回復されてしまう。くそっ、離れてくれない」

　腕をぶんぶん振っても、もう片方の手で引き離さそうとしても箕面蝙蝠は全く動じず。

「そうだ！」

　ふといい案が浮かんだ慶祐は、腕を箕面蝙蝠ごと湯船に突っ込んだ。

「やっぱ水、お湯が弱点か」

これにてあっさり消滅。

「そうみたいやね」

　桃絵は湯船のお湯を洗面器に掬って、残りの箕面蝙蝠にぶっかける。

　一匹にはかわされたが、

「蝙蝠さん、くらえーっ！」

　羽音が水鉄砲を直撃させ、全滅。

「皆様、なかなか素晴らしい戦いやったで」

「箕面蝙蝠、雑魚過ぎやったわ～」

　佐桜里と桃絵はすみやかに室内へ戻っていく。

「吸われた跡もきれいに消えてよかった」

　慶祐はもう一度湯船に浸かり、体力を全快させた。

「それじゃ、先に戻っとくね」

　羽音はお気に入りの暗闇で光るフォトプリントパジャマを着て、一足先にお部屋へ戻っていく。

「これほんまにゲーム内のなん？　リアルのと全くいっしょやん」

「しっかりゲーム内のやで。リアル世界から画面越しにプレーする限りは一切見ることの出来へん超レアアイテムやで」

　このあと桃絵と佐桜里はマンガやラノベを交換して読み、

「ジョーカーを除いたトランプ五二枚の中から一枚のカードを抜き出し、表を見ないで箱にしまった。残りのカードをよく切ってから二枚抜き出したところ、二枚ともダイヤであった。この時箱の中のカードがダイヤである確率はいくらか分かるかな？」

「……五〇分の一一か？」

「私もすぐに頭の中で計算式が思い浮かんでその答が出せたよ。合ってる？」

「二人とも正解よ」

「合ってたか」

「私もびっくり。確率苦手なのに。学問仙人のお守りの力は偉大過ぎだよ」

「トランプを見て、そこに話が行くとはさすが千景様」

「学問仙人のテスト問題に出てましたよ」

「千景お姉ちゃん、あたしには分からなかったよ。ババ抜きしよう」

「ババ抜きって俺、小学校の時にやって以来だな」

他のみんなはトランプゲームで遊んで三〇分ほど過ごした頃。

「羽音さん、急に大人しくなったね」

「羽音ちゃん、なんか元気なくないか？」

「遊び疲れちゃった？　それとももうおねむかな？」

　千景と慶祐と舞衣は、羽音の異変にすぐに気付いた。

「なんかあたし、急にすごくしんどくなったの。お熱があるみたい」

　羽音はゆっくりとした口調で答えた。

「羽音、本当にお熱があるよ。大丈夫？」

　舞衣は羽音のおでこに手を当ててみた。

「まあ、なんとか」

　羽音はそう答えるも、ぐったりしていた。

「あらら、羽音、風邪引いちゃったかぁ。でもそんなに高熱じゃないっぽいからきっと一晩で治るよ」

　桃絵も羽音のおでこに手を当てて、安心させるように言う。

「羽音、これからぐっすり寝れば、明日の朝までには絶対治ってるからね」

　舞衣が勇気付けるようにそう言うや、

「羽音様、これ舐めてみて。薬用ドロップ、いちご味で風邪に良く効くで。風邪引いた時のために念のためにゲーム内から持って来てたの」

　佐桜里はマイトートバッグからピンク色のドロップを取り出した。

「ありがとう佐桜里お姉ちゃん、いただきまーす」

　羽音は一粒受け取るとさっそくお口に放り込んだ。

「甘くてすごく美味しい♪」

　するとなんと、羽音の顔色がみるみるうちに普段の状態へと戻っていったのだ。

「急に元気が出て来たっ！」

　羽音はにっこり笑い、ガッツポーズを取る。

「お熱も下がったみたいだね。ドロップ効果すごい！　さすがゲーム内のお薬だね」

　舞衣はもう一度おでこに手を当ててみて、ホッと一安心出来たようだ。

「ありがとう佐桜里お姉ちゃん。あたしの風邪あっという間にすっかり治っちゃった♪」

「どういたしまして」

　羽音に満面の笑みでお礼を言われ、佐桜里はちょっぴり照れた。

「でも眠くなって来たからあたしもう寝るよ。おトイレ行ってくるね」

「俺ももう寝るか。十時半過ぎてるし」

「私もー」

「みんなもう寝るん？」

「桃絵さん、明日が本番なので今日はゆっくり休んだ方がいいですよ。わたしももう寝るわ」

「桃絵様も、早めに寝た方が明日全力を尽くせると思うで」

「確かにそうやね。ワタシもじつはめっちゃ眠いねん」

　それから十分少々してみんな布団に入った後、女の子達は疲れ切っていたのかすぐにすやすや眠りについた。

……寝顔、見てみたいけど、見ちゃ、いけないよなぁ。それにしても今日は、みんなの下着姿が見れてラッ……いや、いかん。そのことは忘れないと。

　舞衣と桃絵に挟まれる位置になった慶祐は、布団に入ってからさらに三〇分以上してからようやく眠りつけたのであった。

　　　　　　　※

翌早朝、六時半頃。

「……まむしに締め付けられる嫌ぁな夢見たけど、舞衣ちゃんにしがみ付かれてたのが原因か。あの、舞衣ちゃん、起きてくれない？」

　目覚まし時計の鳴り響く音で目覚めた慶祐は、わき腹付近に抱き着いてまだぐっすり眠っていた舞衣のほっぺたを軽くぺちぺち叩く。

「……んにゃっ、おはよう、慶祐くん」

　すると、舞衣はすぐに目を覚ましてくれた。寝起き、とても機嫌良さそうだった。

「早く俺の体から離れてね」

「ごめんね慶祐くん、枕代わりにしちゃって」

　舞衣はすぐに両手を離して慶祐の体から離れてあげた。

「おはよー、慶祐お兄さん、舞衣お姉さん」

「慶祐お兄ちゃん舞衣お姉ちゃんおはよー」

「おはようございまーす」

「おはようさん皆様、体力は全快しましたか？」

　他のみんなもそれからすぐに目を覚ましてくれた。

「俺はちょっと寝不足気味だけど、大丈夫だよ。じゃあ俺、外で着替えてくるね」

　普段着を手に抱え露天風呂の方へ向かおうとする慶祐に、

「慶祐お兄さん、外出たら敵に襲われるかもしれんから、ここで着替えたら？」

　桃絵はにやけ顔で問いかけた。

「そうはいかないよ」

「おう、慶祐様やっぱ紳士や」

「慶祐くん、カーテンの中で着替えてくれたら私気にならないよ」

「わたしも全く気にならないですよ」

「そうすると、桃絵ちゃんにカーテン捲られる可能性大だから、トイレで着替えてくるよ」

　慶祐は爽やかな笑顔で言い張り、トイレの方へ向かっていった。

「もう、慶祐お兄さん失礼よ」

　桃絵はぷくっとふくれる。

「本日向かう能勢妙見山は強敵揃いやで。せやけど皆様レベルは旅開始時より五段階は上がっとるから、きっとなんとかなると思うで。でも用心してこの辺りの敵とも戦闘し、もう一段か二段レベルを上げてから向かいましょう」

　みんな普段着に着替えた後は朝食を取るため、昨日と同じ宴会場へ。

　卵かけごはん、味噌汁、イワナの塩焼き、ナスの漬物が用意されていた。

「お粗末な朝食になって大変申し訳ございません。鹿肉のハムサラダ、スッポン肉入りのお吸い物などもご用意する予定だったのですが、材料が今朝、盗難被害に遭ってしまって」

　女将さんがぺこぺこ謝りながら伝えてくる。

「いえいえ、じゅうぶん豪華過ぎますよ。気になさらないで下さい」

　慶祐は慰めの言葉をかけてあげる。

「女将のおばちゃん、かわいそうだね」

「きっとこの辺りの敵モンスターのしわざや。野生動物型が多いから」　

「懲らしめんといかんね。ワタシも許せんわ～」

「この旅館以外にも被害かなり出てるだろうな」

「これ以上被害が拡大しないように、わたし達がなんとかしてあげないとですね」

「私も、怖いけど、頑張るよ」

　みんな闘志を胸にいったん旅館から外へ出た後、近くの雑木林の遊歩道を散策していると新たに見る敵モンスター数体に遭遇した。

「ゆずのモンスターかぁ。箕面はゆずともみじの里って言われてるもんね。かわいい♪　ぬいぐるみに欲しいな」

　舞衣はうっとりした表情を浮かべる。

　直径三〇センチくらいの大きさで、浮遊しながらみんなの方へ接近して来た。

「舞衣様、油断は禁物やで。箕面ゆずっちは箕面に出る敵じゃ経験値と小遣い稼ぎに使える体力３２の最弱雑魚やけど、果汁の威力は強烈やから」

「舞衣お姉さん、早く叩かなきゃ攻撃されちゃうよ」

「舞衣お姉ちゃん、すごくかわいいけど敵なんだよ」

「確かにこれはたこ焼きの助以上に攻撃しづらい愛らしさがありますね」

「危ねっ、噛まれそうになった」

　他の四人が全部で十体もいた箕面ゆずっちを容赦なく退治。

「うわぁぁぁっ！　きゃあああああああっ！」

　舞衣は体長二メートルくらいある、両生類型の敵モンスターの姿を目撃した途端に青ざめた。

「これ、あたしが倒したーい」

　羽音はうっとりした表情でそいつを見つめる。

　オオサンショウウオがモンスター化したものだったのだ。

「オオサンショウウオは箕面に生息してるものね。わたし、オオサンショウウオさん好きですよ」

　千景はちゃっかりデジカメに収めた。

「リアルの以上に気味悪いよ」

　舞衣はそそくさ慶祐の背後へ。

「箕面オオサンショウウオの体力は６５。尻尾振り回し攻撃は強烈やで」

「飛び道具の方が良さそうだね」　

　羽音は箕面オオサンショウウオに手裏剣を投げつける。

　直撃はしたがまだ倒せず。

「あとはワタシがやるわ～」　

　桃絵が十本ほどで束ねられたＧペンを投げつけて消滅させた直後に、

「ぎゃあああっ、みんなーっ、早くこれ倒してぇぇぇぇぇーっ！　お化けガエルがあああああぁぁぁっ！」

　舞衣は灰褐色で四本足の新たな敵に追いかけられ、悲鳴を上げた。

「本当にお化けガエルだな。でか過ぎだろ」

　慶祐はその姿に圧倒される。全長１．５メートルくらいはあった。

「すっごぉぉぉいっ！」

「うひゃぁっ、こいつも倒しがいがあるわ～」

　羽音と桃絵は食い入って見つめる。

「カジカガエルさんのモンスターですね」

　千景はまたもデジカメに収めてしまった。

「北摂カジカガエルは体力６８。瞬発力、跳躍力は高いけど攻撃力は低い雑魚や」

「これは、火で倒すか」

　慶祐はマッチ火を投げつける。けれどもよけられてしまった。

「速過ぎや」

　桃絵はＧペン、

「今三メートルくらい上にジャンプしたよね？」

羽音は手裏剣を投げつけるも、またもよけられた。

　フィフィフィフィッ、フィッフィッフィッ、フィィィィィィィッ♪

　北摂カジカガエルはリアルのにそっくりな特有の美しい鳴き声を上げ、尚も舞衣を追い掛け回す。

「何だこの鳴き声は。心が弾みそうだ」

「あたしも踊りたくなって来たぁ」

「ワタシもめっちゃ愉快な気分になったわ～」

「わたしは、涙が止まりません。ずっと聞いていたいです。なんて素晴らしい鳴き声なのでしょう」

「北摂カジカガエルの鳴き声は戦意喪失の快楽、陶酔、感動状態にさせる力があるんよ。舞衣様は全然効いてへんね。この鳴き声に聞き入る余裕はなかったみたいやね」

　佐桜里は苦笑いする。

「みんなぁーっ、この子は敵だよ。倒してぇぇぇーっ。早く消えて、消えて、消えてぇぇぇ～」

　舞衣は必死の形相でヴァイオリンの弦を引き、『かえるの合唱』の演奏を始めた。

　すると、

　フィッフィッフィッ、フィィィン♪

　急に鳴き声が元気なさそうになり、北摂カジカガエルはすぐにその場から退散してくれたのだ。

「助かったぁー」

　舞衣がホッとした直後に、

「うわっ、今度はもみじで目くらましかよ」

　みんなの目の前に赤や黄色に染まったもみじの葉っぱの猛吹雪が。慶祐は手ではたいたが視界は全く晴れず。

「この時期に紅葉見れるんは得した気分やけど、これ絶対攻撃してくる罠やね」

　桃絵が予感した通り、

「きゃんっ！　痛いです。紅葉は大変美しいですが」

　紅葉のわずかな隙間から枝がいきなり飛び出して来て、千景が弾き飛ばされてしまった。

「ぃやぁーん。やめて」

　舞衣は別の枝でスカートをビリッと破かれてしまった。ショーツの一部が露になってしまう。

「この敵までエロ攻撃かよ。ぶぉぁっ！　いってぇぇぇっ！　強烈だな」

　慶祐はまた別の枝でバチンッと頬を引っ叩かれた。スパッと切れて血がかなり噴き出てくる。

「この敵は体力６０の箕面もみじやで。ゲーム上でも戦闘画面になるともみじの葉っぱ画面いっぱいに撒き散らして攻撃当たりにくくしてくるんよ」

「数打ちゃ当たる戦法だね」

　羽音は両手を用いて水鉄砲と手裏剣攻撃を同時に食らわす。

「本当に敵がどんどん手強くなっとるね」

　桃絵はＧペンと手裏剣を同時に食らわした。

　すると、もみじの吹雪がパッと消滅した。

そして目の前には回復アイテムの【もみじの天ぷら】が。

「倒したみたいだね」

「上手くいったね。敵の姿が見えんかったのはちょっと残念やけど」

　羽音と桃絵が勝利を喜んでいると、

「きゃっ、いたぃっ！　何かに腕噛まれたぁ」

　舞衣が悲鳴を上げた。

「大丈夫か？　舞衣ちゃん、あっ、血がいっぱい出てる」

　慶祐が最初に反応する。

「急に気分が悪くなって来たよ。めまいがするぅ」

　舞衣の顔色が少し青ざめていた。

　みんなの目の前に現れたのは、まむしのような生き物。

　体長は一メートルちょっとくらい。

「みのおまむしや。舞衣様、毒に侵されちゃいましたよ。すぐに手当てしますね」

　佐桜里は急いで薬草を取り出し、傷口にあてがう。

「ありがとう、佐桜里ちゃん。これで毒消えるかな？」

「はい、毒は完全に消えました」

「確かにそうみたいだね。すごく気分良くなったよ」

　舞衣の顔色は一気に元の状態へ戻っていく。

「ちなみにゲーム内の妙見の森ふれあい広場の妙見の水、能勢妙見山境内の御神水には毒などの状態異常完治、気絶状態からの全快効果もあるで」

「そういう救済的な場所もやっぱ設けられてるんだな。後ろから狙うとは卑怯なまむしだ」

　慶祐はすばやくそいつに向かって竹刀を振りかざす。

　直撃はしたが、まだ倒せず。

「うわっ、飛び掛って来た」

　今度は慶祐の首筋を目掛けて飛び跳ねた。

「慶祐お兄ちゃん、あたしに任せて」

　羽音がメガホンで攻撃を加え、弾き飛ばした。

　時同じく、

「こっちはイノシシや」

「この凶暴なイノシシさん、防御力高いですね。なかなか消えてくれません。きゃっ、いったーい。足噛まれたぁ」

「舞衣お姉さんか佐桜里ちゃん、早く千景お姉さん回復してあげて。膝からめっちゃ血が出てる」

　桃絵と千景は体長二メートルは超えているだろう箕面イノシシと格闘中。

「千景ちゃん、ひどい怪我。これ食べさせてあげるね」

「ありがとう舞衣さん。わたしの体力が五〇くらいとして、二〇くらいダメージ食らっちゃったわ」

　舞衣は痛みで蹲っていた千景に抹茶飴を与えて全快させた。

「あたしも毒牙足に食らっちゃった。頭がくらくらするぅ」

「羽音様、すぐに手当てするで」　

　佐桜里は羽音の傷口に毒消しの薬草をあてがってあげる。

「ありがとう佐桜里お姉ちゃん。すごく良く効くね」

羽音は瞬時に回復。

「羽音ちゃん、みのおまむし、なんとか倒したぞ。俺は幸い噛まれずに済んだ」

「こっちもイノシシ手裏剣で倒したで。猪肉ハム手に入れちゃった♪」

　みんな一息ついたのもつかの間。

「鹿さんも来たわっ！」

　新たな敵が千景に猛スピードで接近してくる。

「箕面鹿は箕面イノシシよりは弱いで。でも角に注意してや」

「了解です」

　千景はハリセンを構えて箕面鹿に立ち向かっていくも、

「きゃんっ！」

　角で突き飛ばされてしまった。

「いったぁぁぁい。背骨折れちゃったかも」

　仰向けで苦しそうに痛がる千景の口に、

「千景ちゃん、これ食べて」

　舞衣はもみじの天ぷらを与え、全快させた。

「千景お姉さん、ワタシが敵討つよ。打撃は危なそうやから」

　危険を察した桃絵は、箕面鹿に向かって手裏剣とＧペンを同時に投げつけた。

　見事命中。

　フィゥゥゥン！

　箕面鹿は大きな鳴き声を上げる。けっこうダメージを与えられたようだ。

「とどめだっ！」

　羽音も手裏剣を投げつける。これにて消滅。鹿肉ハムを残していった。

「舞衣様、後ろ、敵が迫ってはるで」

「いやぁぁぁ～、助けてーっ！」

　舞衣はある敵から追いかけられ逃げ惑う。

「でかいな」

　慶祐はその姿に圧倒された。舞衣の背丈くらいあるムカデ型モンスターだったのだ。

「あわわわ」

　千景もそのなりを見てカタカタ震えて足がすくんでしまう。

「ミノオノムカデ、体力は６３や。毒に気を付けて」

「こいつも接近戦は危険そうやね。舞衣お姉さん、任しときっ！」

　桃絵は手裏剣を投げつけた。

直撃し、ダメージを与えることは出来たようだが、

「ひゃっ！」

　桃絵はミノオノムカデの口から吐き出された液体をぶっかけられた。

「気分悪いわ～」

　桃絵の顔色が見る見るうちに蒼白していく。毒に侵されてしまったようだ。

「桃絵様、これをお使い下さい」

　佐桜里はすぐさま毒消しの薬草で治療。

「これはほんま重宝するわ～」

桃絵は瞬時に回復した。

「ムカデさん、くらえーっ！」

　羽音は生クリームと水鉄砲をミノオノムカデに食らわせた。

　これにてようやく消滅。

「羽音ちゃん、やるねえ。んっ？　いってぇ。誰だ俺の足蹴ったの？」

　慶祐は新たな敵に背後から攻撃された。

「狸や。おう、腹叩き出した。リアル狸はこんなことせんよね。写真撮っとこ」

「ぽんぽこ鳴ってるぅ♪」

　全部で三匹いた。桃絵と羽音は行動を見てくすくす笑う。

「かわいい♪」

　舞衣はやはり見惚れてしまった。

「箕面たぬき、体力は６６。腹太鼓で仲間呼ぶで」

「呼ばれる前に倒さないとな」

　慶祐も竹刀ですぐに自分を襲った一体を攻撃し消滅させたが、

「あっ、外しちゃった」

もう一体には羽音の手裏剣攻撃の空振りにより引き続き腹太鼓を叩かれてしまった。

「やはり火が弱点ね」

「必殺、かちかち山やっ！」

そいつは千景と桃絵のマッチ火攻撃により一蹴されたのだが、

キャッキャッ、ウッキャ、ウッキー、ギャァァァッ。

ミノオザル集結。全部で十数頭いた。

「二発で消えたか。攻撃も簡単にかわせたし、昨晩よりずいぶん楽に倒せたな。レベルが上がってるってことか」

「あたしもメガホン三発だけで倒せたー」

「ワタシはバット二発や。海遊館ワッフルクッキーと利休の堺こよみ盗まれたんは不覚とったけど」

「わたしは噛み付き攻撃一回食らっちゃいましたが、ハリセン三発で倒せました」

　それでも慶祐、羽音、桃絵、千景。四人の力を合わせて二分足らずで全滅させた。

　昨夜と同じく、モンちゃんせんべいともみじの天ぷらを残していく。　

「皆様、予想以上に健闘してたで。ここよりもっと手強い大阪編で最強クラスの能勢妙見山の敵も難なく倒せそうや」

「みんな凄過ぎるよ。私は怖くて何も攻撃出来なかったのに。私は回復役として懸命に尽くすよ。ん？　きゃっ、きゃぁぁぁっ、巨大な昆虫さんがいっぱいまとわりついて来たぁ」

　舞衣は通常の倍以上のサイズはあるカブト、クワガタ、尺取虫、カミキリムシ、とんぼ、チョウチョウなどに追われ逃げ惑う。

「箕面の愉快な昆虫達。体力は３４から５７まであるけどこれも雑魚やで。ゲーム上では一回の戦闘につき八種類くらいで襲ってくるで」

「ペットにしたいなぁ」

「わたしは標本にしたいです。倒すのが勿体ないかも」

　羽音と千景は攻撃を躊躇ってしまったものの、

「外国産のもまじってるから、自然にいるのだけじゃなく昆虫館のもモンスター化したみたいだな。竹刀じゃ当たりにくい」

　慶祐はマッチ火、

「舞衣お姉さんの昆虫を引き付ける力はすごいわ～。昆虫好きで箕面まで足を延ばすこともあったらしい手塚治虫さんに敬意を表してこれで攻撃しよっと」

　桃絵はＧペンミサイルで攻撃していき、とくに苦戦することなく全滅させた。

　その後は敵モンスターに遭遇することなく旅館まで戻れたみんなは、阪急箕面駅まで送迎タクシーで送ってもらった。