第14話 ロウリィの言い分は、まったくもってその通り

 ケルシュタイード――それは、かつて二人の英雄を輩出した家の名前。

 ロウリィを見ていたら、つい疑わしく思ってしまうけど、そもそもケルシュタイードの家名が時の王より下賜されたのは四百余年もの昔。

 泥沼と化していた異民族との戦いにおいて、あちら側の拠点となっていた砦を取ることに成功したからだ。

 そのおかげで一気に優勢に傾いたこちら側は、ひと月後には領土から異民族を一掃し、不可侵条約と共に有利な条件で国境を引いた。まだこの国がフィラディアルという国名になる前の話である。

 以来、軍務に優れた人材を輩出し続けたケルシュタイード家の名を再び世に知らしめたのがちょうど百年前。旧王族が王位継承権と利権を求めて起こしたテライードの内乱だった。

 当然長引くかに思われたこの内乱は、わずか二日間であっけなく終息した。

 その要因は、二代前のケルシュタイード家当主——つまりロウリィの曽祖父に当たる御人が火薬を開発し、大砲として実戦で用いたことに由来する。

 弓矢と並んでまだ投石機が使われていた時代。圧倒的な兵力差におののいた旧王族側は、すぐさま降伏の意を示した。

 だが周囲の予想に反し、内乱が終わると彼はあっさり辞職して隠居生活に入った。

 その時、王に請われようと火薬の製造法について一切口を割らなかったという話は有名である。

 ちょうど安定期に入りつつあったフィラディアルは、むしろ他国に漏れることを恐れ、ケルシュタイード家の技術の占有と秘匿を容認した。

 ただし、ひとたび戦が起これば、駆りだすことは両者とも暗黙の了解として。

 とは言え、この百年間、火薬についての研究がいっさいなされてこなかったかと言うと、もちろんそうではない。

 当然、各所で研究は行われてきたし、ある程度のものならば実在するのだ。

 しかし、そのどれもが、テライードの内乱の時に使用されたものとは比べものにならないほど威力の小さいものだった。

 内乱後、今日まで続く平和の中では、特に必要とされることの少ない代物だったから、それも仕方がないのかもしれない。

 以後、ケルシュタイード家は軍務からほとんどが姿を消した。

 ロウリィの祖父の時代からは、政務の方に顔を出すことの方が多くなったはずだ。

 どうやら一切武術を習得していないロウリィなんかは、ここ数代のケルシュタイード家の典型的な例と言える。

 それでもなお、ケルシュタイード家と言えば、この国に軍事的に貢献してきた印象が色濃い。

 外面的には政務に専念しているように見えるが、火薬の件を脇に置いたとしても、貴族たちの中には今なおケルシュタイード家が軍事的影響力を持っていると疑ってかかる者が多いのも事実だ。

 ロウリィがあえて今ここで口にしたということは、彼らの予想もあながち外れてはいなかったということなのだろう。

 少なくともケルシュタイード家は、ある一定以上の力は維持するよう、今も家人たちの訓練は怠っていないらしいことはロウリィの言葉から伺い知れた。

 だから、必要ないのだと。

 私の力なんて取るに足らないのだと。

 むしろ、守られる側にあるべきで、そうでないと、命の保証はできないとロウリィは言いたいのだろう。

 ロウリィの言い分は、まったくもってその通りで、事実、私は、相手を転ばせたり、物をぶつけたり、時には投げ飛ばしたりだってできるけれども、確実に昏倒させることまではできない。

 自分の力の限界は、私が一番よくわかっている。

 わかっているからこそ、捕縛はいつもバノとスタンに任せていたのだから。

 かと言って、素直に王都に戻ることに同意できなくて、私は思うように動かない口を、やっとのことで開いた。

「……なら、ルカウトは」

「はい。当家に初期の頃から仕えている家の者ですよ。元は友人の間柄だったそうですが、ケルシュタイードの家名を戴いた時に、当家についたのだと聞いています。本当は国に仕官すれば簡単に上部に食い込むことができるくらいの実力をルカウトは持っているのですが、本人にその気はないようですね」

 ロウリィは、肩を竦めた。

「他に聞きたいことはありますか?」

 尋ねてくる彼は、もう話を切り上げるつもりなのだろう。

 随分と落ち着いているその口調は、いつもと変わらなくなっていて、例えば畑の様子だとか、本当に何気ない会話をしているだけなんじゃないかと錯覚してしまいしそうになる。

 何か話を続けないと、と頭を巡らせる。

 だけど、いくら考えても出てくるのは『違うのだ』というそればかりで。

 それさえも、さっきあれだけルーベンに諭されたにも関わらず、私は声に出すだけの勇気をまだ持つことはできなかった。

 だからなんだ、と拒否されれば、私にはもうなす術がない。

 何もできなくて、ロウリィを見る。

 ふっと和らぐ形になった薄蒼の目は、形とは異なって笑ってなどいなかった。

 どこか一仕事を終えたように、彼は言う。

「母にはもう一度、僕から話を付けておきますよ。なので、前に母に『帰らない』と言ったからとか、そういったことは気にしないで」

 いいですね、と念を押して、ロウリィは私の顔を覗き込む。

 頷いたか、頷きはしなかったのか、自分でもわからなくなってきた。

 けれど、「よかった」と今度こそ本当に安堵して吐き出された声が耳を打って、私は顔を上げる。

 ぱたん、と閉じた扉。

 振り返ると、もうそこには誰もいなくて。初めから一人であったかのような寂しさは、染みだすことなく、小さな書庫を綺麗に満たした。

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