第2話 きちんと説明してください!
夜のお茶会を終えると、夫はいそいそと寝台にあがり掛布の中へと潜りはじめた。
横になった途端、うつらうつらとしだし、早くも瞼が落ちはじめている。
「本当に何もしなくてよろしいのですか?」
私が緊張しながら聞けば、彼はほややんと微笑んだ。どうやら相当眠いらしい。目を閉じたまま、あぐあぐと口を開く。
「あぁ。ちゃんとしましたから、安心してください。今日のところは寝台にも何も仕掛けられていません。毒に関しては一応詳しいので信頼してもらって結構ですよ」
半分眠りながら返されたのは、ひどく物騒な言葉だった。それのどこがどう安心できるというのだろうか。
「だーかーらっ! それはどういうことなのですか! きちんと説明してください!!」
今にも眠りそうな夫の身体をガクガクと揺すり起こす。揺すられたロウリエ様は「うぅ」と呻き声を漏らした。
「――とりあえず、王宮よりもここが危険ということは、確か、です。続き、は、また明日……」
「だあああああああ!! 待ちなさい! ちゃんと説明してから寝なさいよ!」
先程よりも強くロウリエ様の身体を揺さぶる。だが、今度こそ眠りに落ちた彼は起きてくれなどしなかった。
まもなくスピスピと聞こえはじめた平和そのものな寝息を呆然と聞きながら、私も諦めるしかなかった。少なくない疲労感を抱え、おとなしく掛布の中へ入ることにする。
毒殺への不安と恐怖よりも、夫に対するあほらしさが勝った瞬間だった。
ピチピチと鳥が陽気にさえずる。厚い雲が垂れ込めているせいか窓から差し込む朝の光はいくらか鈍くぼやけている。
それでもひとまず朝が来た。訳のわからぬこの事態の事情を説明してもらえる朝が来たのだ。
覚醒した私はむくりと身を起こし、隣でまだ夢を見ているらしい夫をすぐさま起こしにかかった。
「ロウリエ様、朝です。起きてください」
すやすやと心地よさそうに眠るロウリエ様は、人の気も知らず幸せそうだ。私の呼びかけにぴくりとも反応しない。
「起きてください! もう、朝が来ましたよ!」
肩をとんとんと叩くと、ロウリエ様がむずがゆそうに眉を寄せた。身じろぐだけで起きる気配はない。
そのまま何度肩を叩き、呼びかけ続けただろうか。次第に大きさを増していく叩音も彼に響いた様子はない。 むしろ私の手の方がしびれてきた。
一向に起床する意思を見せない夫に我慢の限界がきたのも仕方のないことだと思う。
「ロウリィ! いい加減に起きなさい!!」
ガクガクと大きく揺さぶった後、最後にバシリと彼の背中をはたいた。勢いまかせて掛布を引っぺがす。
寝台の上からころりと転げ落ちた我が夫は、ようやく目を覚ましたらしかった。
「――おは、ようござい、ます……」
「おはようございます!」
寝台の縁の影に隠れ頭しか見えない彼は、ほやんと相好を崩して今日も朝からのんきそうな顔をする。
「ああ、今日は雨ですか」
外は視界を遮るほどの土砂降りの雨。
「カザリアさん、昨日話していた実家に戻るという件ですが、今日戻るのはどうやら無理のようです。土砂降りの日の道行は暗殺の危険が高まります。雨が血の匂いと気配を消してしまいます。せっかくぬかるみについた足跡も流れてしまいますしね」
なので今日は諦めてください、と彼はのんびり言った。
「だから、そんな物騒な説明はいらないんです! とにかく私が今置かれているこの状況について説明してください!」
「……と言われましても、昨夜お話ししたことですべてなのですが」
夫は困ったように頬をぽりぽりと掻く。
「そうですねぇ。繰り返しになりますが、ここは王宮よりも危険なんです。いつ狙われるかわかりませんし、いつ殺されてもおかしくありません。首謀者はわかっているのですが、公の事実なせいかあっちも堂々としたもので、とにかく僕たちは注意するしかないんです」
「その首謀者っていうのは?」
「チュエイル家ですね」
「そのチュエイル家っていうのは?」
「あ。ほら、見えますか? カザリアさん。あそこのひときわ大きな建物。チュエイル家はあそこに住んでいるんですよ」
彼が指さした窓の外。雨に遮られた景色の向こうに、尖塔のついた建物が霞んで見えた。
雨が降りしきる今の状況では、正直、影にしか見えない。威厳も何も恐ろしささえ垣間見えない。
大体、暗殺の首謀者がどこに住んでいるのかなんて、どうでもいい。
「場所がわかっていてなぜ捕まえないのですか?」
「はっきりとした証拠を残しているわけではないんですよ。彼らの使う手段は鮮やかで、たまに感心してしまいます」
彼は噛み締めるようにうんうんと頷いたが、褒めることではないと思う。
ただ、ここで指摘したら、それこそ話がそれてしまう気がした。あえて夫の発言を無視し、話を進めることに注力する。
「それで、どうしてチュエイル家に狙われるようなことになっているのです?」
「う~ん、きっと僕が彼らに嫌われているのでしょうね」
「なぜ嫌われているのです?」
「それは、多分、僕がいきなりここにやって来たからでしょうね」
「…………」
まったく説明になっていない。
ひとまずわかったのは夫の説明を聞いても、まったく要領を得ないということ。
正直なところ彼がすべてを把握しきれているのかさえ、とても疑わしかった。
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