死にたくなければフラグを立てろ!
莊野りず
プロローグ エミリア
「あなたはぁー、一週間以内にぃー、死にまーすぅ!」
いきなり視界に入ってきた、妙な格好をした同年代くらいの女子が、いきなりそんな事を言ってきた。彼女の髪の色はピンク色で髪型は肩までの長さのショートヘア、顔立ちは自体は大変可愛らしい。しかし、どう見ても漫画やアニメキャラのコスプレのような服に、黒いマントを羽織っているのがもったいない。
今は長かった夏も終わりに近づき、秋の気配が訪れるのかと思っていたが、全然そんな事はない。オレはコンビニで買ってきた、一本五十円の棒アイスを口から離した。冗談にしても寒すぎる。いくら暑いからって、こんな笑えない冗談を言う奴は、この暑さと同じくらいうっとうしい。
「はぁ……? それで?」
突然死ぬとか言われても、オレは病気に罹っているわけでもないし、事故が起こっても大丈夫だという謎の自信がある。なにしろ幼い頃から悪運の強さはピカイチなのだ。
「それで? って、反応が薄いにもほどがあるでしょーがぁー!」
少し後ろに下がって彼女を見ると、なんと窓のサッシの上にやっとのことで立っている。なんでそんな無茶な登場をしたのか、オレもバカではないつもりだが、とてもではないが理解できない。
「ああ、すみませぇーん、わたしったらぁー。名刺も渡さずにぃー……はいどうぞぉー、これがわたしの名刺でーすぅ!」
ピンク頭はやっと窓のサッシから降りると、部屋の中に入ってきた。そしてオレに名刺を手渡す。……これって不法侵入じゃないのか? そう思いつつ、渡された名刺に目をやる。
「『
全くもって何が何だか解らない。大体なんだ『新種』って。
ここでピンク頭は意味深に嫌な笑い方をした。
「知りたいですかぁー? 知りたいですよねぇー?」
なんなんだコイツは。会話を始めてまだ五分くらいしか経ってないぞ? なのになぜここまで人を不快にさせるのだろうか? 喋り方にもウザさがつきまとう。そんな嫌な才能でもあるのか?
「えーっと、エミリア? でいいんだよな? この名刺と、オレが一週間以内に死ぬって話と、何か関係はあるのか?」
オレはもう一度問う。すると、この痛いコスプレピンク頭は大きく頷いた。腕を組み、しきりに首を上下させている。
「見ての通りぃー、わたしは社会人さんでーすぅ。お仕事をしてぇー、お給料をいただいてまーすぅ! 今回のわたしのお仕事がぁー、あなたに関係あるんですよぉー、
「なぜオレの名前を知ってる? 新手のストーカーか?」
ふふふと自信に満ちた笑みを浮かべながら、エミリアという名乗った女子は、よくぞ聞いてくれましたとばかりにふんぞり返る。
「救済対象のデータはバッチリそろってますよぉー! 小金井陽、十一月十四日生まれ、射手座のB型。合ってますよねぇー?」
ここで彼女はピンクの髪を耳にかきあげる。その顔には余裕の笑みが浮かんでいる。
「ストーカーって事は否定しないんだな」
オレがあくまで他人事のように言うと、彼女は急に慌てた。
「あれぇー? わたしもしかしてぇー、誤解されてますぅー?」
その程度のプロフィールなら知っている奴なら知っているし、そこまで気色悪いとは思わない。ストーカーも否定していないし。
ただ、さっきの『一週間以内に死ぬ』という話がオレを、らしくもない不安にさせていた。
「じゃあ、仕方がないですねぇー。女はミステリアスなくらいでちょうどいいですけどぉー、色々と詳しい話をしちゃいまーすぅ!」
どうでもいいが、この喋り方はどうにかならないものか。一々イラついて仕方がない。
「実はぁー、わたしは人間ではないのでーすぅ!」
妙にシリアスモードになって、何を言うかと思えばそんなことか。
「確かにお前は人間ではないな」
オレが肯定すると、なぜか驚く。自分で『人間ではない』と言っておいて。
「えっ……? 信じてくれるんですかぁー?」
妙に嬉しそうに瞳をきらきらと輝かせている。正直可愛い。こんな顔をされるとこの後の言葉が言いづらいが、暇人の冗談に付き合っているほどオレも暇じゃない。確かにアイスを食べながらぼーっとしていたけれども。
「人間じゃなくて、コスプレマニアの変態だろ? あ、女の場合は変態じゃなくて、痴女っていうんだっけ?」
オレは思った事をそのまま言っただけだ。こんな真夏日の事だ、暑さで頭がまいってもおかしくはない。
「全っ然っ、ちがいまーすっ!」
彼女はとんでもなく侮辱されたとばかりに、顔を真っ赤に染めた。余裕の笑みはあっという間に消えた。
染めたといえば、これだけ鮮やかなピンクの髪はどうやって染めたのだろう。悪友が変な髪の色に染めるのに凝っているから訊いておいてやろうかな。
そんなことを呑気に思っていると、彼女のピンクの頭から小さな突起が生えてきた。
「……わたしはぁー人間ではなくぅー、進化した新種のヒト、ニュータイプというかぁー、そんな感じなんですぅー! それにこの格好はカンパニーの正装でぇー、好きで着てるわけでは、あ・り・ま・せ・んー!」
「わっ、解った……」
突起は今や硬質の角となり俺を威嚇する。作り物にも見えなくもないが、彼女の剣幕が必死なので、とりあえず信じてみる事にする。……どうせ暇だしな。さっきは暇じゃないと思ったけど。
「わたしはぁー、新種たちの働くカンパニーに入社一年目のルーキーでぇー、初めて与えられた仕事があなたの命を伸ばすことなんでぇーす!」
ここでいったん角が縮まる。俺はほっと胸を撫で下ろす。コイツは下手に怒らせない方が賢明だ。そう判断を下す。
「その新種ってのは本当に人間の進化した姿なのか? オレは新種なんて見たことも聞いたこともないぞ?」
「それは無理もないんですよぉー。新種はぁー、全部で百人くらいしかいませんからぁー」
あっさりと彼女は答える。
「もっともぉー、これから増加していく可能性は無きにしも非ず、ってところでぇーすぅ!」
真面目な話なのだろうが、間延びした喋り方のせいで緊張感が皆無だ。しかし彼女の表情は真剣そのもの。
「ここまでは前置きでぇーす! ここからの話をよく聞いてくださいねぇー?」
彼女はたすき掛けにしていたポーチから、潰れたカエルのオモチャ、らしきものを取り出した。デフォルメしてあるが、そのカエルは車にでも轢かれたのかと思うくらいペタンコだ。……正直な感想は『キモイ』の一言。
「じゃーんっ! これぞ技術部の最高傑作、稀代のお仕事お助けマシン! ケロケロ君でーすぅ! 可愛いでしょぅー? 羨ましいでしょー?」
ピンク頭は自慢げに、無残に潰れたカエルのオモチャを見せつけてきた。俺は全くもって羨ましいとは思わない。残念だったなピンク頭。
「あれぇー? 反応薄いですねぇー? ここはもっと驚くべきところですよぉー?」
カエルのオモチャをいじりながら、彼女は不満顔だ。興味を持たなかったのが悪いらしい。そんな事、オレは知らない。
「その潰れたカエルと、オレの命が一週間以内という事って、何か関係でもあるのか?」
仕方なく話を合わせると、やっと報われたとばかりに、コイツは嬉しそうな声を上げた。
「そーそーそー、そーなんですぅー。このケロケロ君の凄いところはぁー……の前にぃー、あと一週間の命、という話を詳しくしましょーかぁ?」
「頼む。いきなりすぎてついていけないんだ」
「わたしはぁー、
荒唐無稽な作り話にしては、世界観をよく作り込んでいると思う。点数をつけるのなら、五十点といったところか。
「我がカンパニーのモットーは、『新種は一人で生きていけるけど、人間は一人では生きていけない』なんですぅー。わたしたち新種は普通の人間と同じように生まれますがぁー、生命力や自己治癒力などが人間に比べて段違いにいいんでーすぅ! いいでしょー?」
それは素直に羨ましいな。オレは部活で無理をしているから、怪我も多いし、その自己治癒力とやらがあれば相当便利だ。
「それで?」
思わず新種という存在を信じそうになる。俺は首を左右に振る。これは作り話だと自分に言い聞かせながら。
「ズバリ! 人間が生きていくには、愛が必要なんでーすぅ! 愛です、愛っ! ラブでーすぅ!」
……愛とな。確かに、オレには彼女や恋人といえる女子はいない。中一の頃から始めた剣道と勉強に集中するあまり、女子との会話はほぼ皆無と言ってもいい。ほぼ、というのは、多少は女子と話す機会があるからだ。隣の家に住む幼馴染や部活の後輩などと。
だが、クラスの女子とは日常会話くらいしか話さない。他人から見たらオレは『非モテ』の可哀想な男子、とでも思われているんだろうな。
「その愛がどうしてオレの命に関係してくるんだ?」
「あーもうっ! 桐芝学園高等部二年一組の小金井陽ともあろう者が、こんな簡単なことも理解できないなんてぇー!」
もどかしそうに頭を掻いている。何となく『愛』が大切だということはわかる。でも、愛なら両親から十分にもらっている。なぜわざわざ他人の愛なのか。
オレはその辺をはっきりさせたくて、ピンク頭に訊いてみようとした。が、彼女は一人で愚痴りだした。
「はぁぁー。桐芝学園の秀才で、剣道部のエースだって聞いたから期待してたのにぃー! 係長の嘘つきぃー! どこがイケメンのリア充ですかぁー! ただの剣道馬鹿じゃないですかぁー!」
イケメンとか言われても反応に困る。
俺の容姿はあくまで十人並。悪くもないがよくもない、中の中くらいだと思う。ただ、剣道をしているため汗がひどく、時々酷いニキビが出る。そのくらいは無頓着なオレでも気にしている。いや、気にしているのなら無頓着とは言わないか。
あまりにも言いたい放題の彼女に呆れながらも、オレはあくまでも冷静に反論する。
「オレは確かにリア充だぞ? 勉強も楽しいし、剣道部でも重要なポジションで試合に出してもらえるし。毎日充実してる。……十分リア充だと思うが?」
使い方は間違ってはいないはずだ。そう確信してオレが言っても、ピンク頭――エミリアは見下すような、蔑んだ目でオレを見た。憐れんでいるような目にも見える。そんな目で見られる覚えなどないんだが。
「……あなたって、案外かわいそーな人種なのかもしれませんねぇー。リア充ってのは、隣に可愛い彼女がいてこそでしょーがぁ!」
「なんだよ、その偏見! オレが自分でリア充だと思ってるんだから、それでいいだろ? それともお前は、オレに彼女でも作ってもらわなきゃ困るとでもいうのか?」
言いたい放題のコイツにはもう飽きてきた。もう、ここいらで帰ってもらおう。妄想を聞かされるのはもう沢山だ。
そう思って、オレは一階の玄関までこのピンク頭の身体を押し出してやろうにも、細い外見の割にこのピンク頭は重量があるらしく、なかなか押しやれない。
「ふっふっふぅー! 無駄ですよぉー。仮にも新種と名乗るわたしが、なんの能力も持っていないワケがないでしょー!」
縮んでいた角を再び立てて、エミリアは得意げに笑う。
「とにかく、あなたは『恋愛フラグ』を立てなければ生き残れないんですよぅー!」
「れっ、恋愛フラグ?」
いきなり過ぎる。しかし、『フラグ』というのは何かの本で読んだことがある単語だ。確か、ゲームのプログラムでイベントを進行するためのシステム、と書いてあった。
「それで正解でーすぅ!」
いつの間にかオレの頭には、エミリアの手が乗っていた。コイツ、オレの考えを読んだだと?
そんな俺の疑問に答えるように、何でもない事だとでも言わんがばかりに、エミリアはあっさりと言う。
「人間が言うところの
再びケロケロ君を持ち上げ、オレの方に向ける。
「このケロケロ君は、あなたに好意を持っている女子を念写であぶり出してくれます。何人なのかは対象、つまり今の場合はあなたのスペックによるんですけどぉー、陽さんなら四、五人は硬いんじゃないでしょーか? なんせ成績優秀な一組で、剣道部のエース、しかも顔も悪くない。好条件揃いじゃないですかぁー!」
このカエル、そんなことが出来るのか。ただの潰れたカエルのオモチャだとばかり思っていた。しかし今日は厄日なのか? こんな変な女子に絡まれるほど、オレの生活態度は悪くはないぞ。
「ケロケロ君が念写した女子との好感度が八十以上に上がると、フラグが立ちまぁーす! そのフラグが立つと、ケロケロ君の口からこのよーな珠が出てきまーすぅ! わたしたちカンパニーの者はこれを『フラグ珠』と呼んでいまーすぅ!」
オレはテレビゲームというものを全くやった事がない。
剣道の練習を毎日欠かさずやり、勉強にも全力投球してきた。だから自由になる時間はごくわずかで、やりたくてもできなかったのだ。その、いわゆるギャルゲーは。悪友はそういうゲームが好きなようで、よくその手の話を振ってくる。だから『フラグが立つ』とどうなるのか、ある程度は予想がついた。
「……何赤くなってるんですかぁー?」
エミリアが不潔とばかりにわざとらしくオレを睨む。いや、そんなつもりはない。ただ、オレの悪友がやってるのは、年齢制限つきのギャルゲーで……。
「……いや、別に」
エミリアはわざとらしくゴホンと咳をすると、何事もなかったかのように話を再開した。
「でぇー、このフラグ珠には新種の驚異的な自己治癒能力とぉー、超巨大な生命エネルギーを生み出す力がこもっていまーすぅ。これらのエネルギーがあなたの身体に干渉してぇー、命が尽きる期限を延ばしてくれるというワケでーすぅ! ……お解りですかぁ?」
これだけ簡単なことが理解できないのー? とでも言わんがばかりの態度にいささかムッとしながらも、オレは頭の中を整理する。……どうやら、もしかしたら、コイツの言うことは本当なのかもしれないと思いながら。
オレにはこれまで生きてきた十六年間の間、彼女はおろか好きな人すらいなかった。それは愛が不足しているという事。人間は愛がないと生きていけないから、寿命がすぐそこまで来ている。それを伸ばすには女子から好かれて、恋愛フラグを立てるしかない。それはえーと、親しくなるということで。そうして親しくなったら、生命エネルギーがこもった珠が手に入り、それがあればオレの寿命は延びる。……ややこしいが、こういう事だよな?
「はーい、大体そんな感じでーすぅ!」
気づくと、ピンク頭がオレの頭に手を当てていたところだった。コイツ、またオレの頭の中を透視たな。
「じゃあさっそく、あなたに好意を抱いている女子を、ケロケロ君に念写してもらいましょー! ケロケロ君、念写スタートッ!」
彼女がカエルの目元の目盛りを調整し、腹のところのボタンを押すと、ポラロイドの写真が四枚、出てきた。
「きたきたぁー! さーてぇ、陽さんを想っているのはどんな人かなぁー?」
やたら楽しそうに、ピンク頭はカエルの口から出て来た写真を手に取り、覗き込む。
こんな小さなカエルの口から、このサイズの写真が出てくるのは軽くホラーだ。写真には粘っこい液体が少し付着している。
よくこんなもんを躊躇いなく触れるな。オレはそう思いながらも、自分に好意を寄せているという女子が気になって、写真を覗き込む。
出て来た写真は全部で四枚だった。そこに写っている人物全員の顔には見覚えがあった。
「うーむ。思ったより少ないですねぇー。私が買いかぶりすぎてたのかなぁー? 陽さん、彼女たちに見覚えってありますぅー?」
見覚えがあるも何も、彼女たちとは、いや四人のうちの二人とは毎日話している。
剣道部の
「どなたも可愛いやら美人さんやらですねぇー。こんなステキな人たちに好かれてぇー、陽さんったら女ったらしぃー!」
女たらしになった覚えはないが、どうやらオレは鈍かったらしい。
確かに言われて見れば、恋とは幼馴染として親しい自覚はあるし、部活の後輩の篠原とは連日の部活で毎日顔を合わせては、軽い世間話をしている仲だ。
「よっぽど鈍いんですねぇー。普通はこれだけ好かれてれば気づきますよぉー?」
コイツはケロケロ君の腹のあたりのボタンをいじって、舌を出させた。そこには大雑把な目盛りがあり、毒々しいピンクのラインが半分以上伸びている。
「なんだそれ?」
大体の察しはつくが、敢えて訊いてみる。もうオレは、すっかり彼女の言うことを信じていた。嘘や作り話にしてはリアルすぎる。
「ああ、これは好感度チェッカーでーすぅ。現時点でどれだけ好かれているかをチェックできるんですよぉー。そーですねぇー最初は部活の後輩さんあたりから当たってみましょうかぁー? ちょうど明日は部活ですしぃー」
オレの部屋の壁掛けカレンダーをまじまじと見つめて、エミリアは無茶な事を言いだした。
「なっ、何を言ってるんだよ! 篠原は大事な後輩だぞ? こんな不純なきっかけで声をかけるなんて失礼だ! それに、その機械の故障かもしれないじゃないか!」
オレがムキになっても顔色一つ変えないピンク頭。コイツはもう決めたらしい。オレはため息をついた。もう何を言っても無駄らしい。すると慰めるように彼女は微笑む。
「大丈夫ですよぅー? 将来有望なキャリアウーマン! ……だったらいいなぁー、なわたしがついてるんですぅー。寿命なんて簡単に伸びますよぉー。わたしには他にもフラグ立てに役立つ能力があるんですしぃー。任せてくださーい!」
能力? この接触感応能力の他にもまだ何かあるというのか? 厄介なものでなければいいが。
とりあえずオレは、一目見た時から気になっていたことを訊いた。
「なぁ、その頭って天然なのか?」
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