5min

東利音(たまにエタらない ☆彡

5min

==残り:4分30秒==


「5分前仮説は検討に値するとは思うんだけど……」

「そう? じゃあ5分後仮説だって」


 僕は顔をすくめた。

 突然サラがとんでもないことを言いだしたのだ。


 世界5分前仮説とは、この世界が実は5分前に出来上がったという突拍子もない仮説だ。

 5分より前の、人間の記憶、さまざまな記録や事象――古い書籍、歴史の教科書の内容、埋もれている遺物や化石――などが、一瞬にして創造されたという試行実験のような仮説。そう考えると矛盾は生じない。……らしい。


「でもやっぱりおかしいよ。5分後に世界が誕生するのなら、今の僕たちの存在はいったいなんなの? ああ、5分後に時間の流れが逆転して新たなビッグバンへの道を辿るとかいうのならば想像できなくもないけど」

「今回の特異点はアルなのよ。わたしは、哲学的ゾンビ。アルの都合でアルが生み出したもの」

「哲学的ゾンビは知ってる。この世界でちゃんとモノを考えているのは僕だけで、僕以外の人間は思考していない。思考しているかのように振る舞っている。

 サラ? そうなのか?」

「ええ、そうよ。だけどわたしにはちゃんと役割が与えられているの」


 そこでサラは、目の前にあるカップを手に取り、中の液体を口に含む。


==残り:4分==


「サラが哲学的ゾンビだとしても、だよ。

 少なくとも僕の自我が存在しているのなら……。

 それはこの世界は5分後に誕生するのではなく既にあるってことじゃないのか?」

「それは傲慢よ。アルの存在と世界は同列には語れないわ。

 今のアルは概念的な存在。物質とは無縁のね」

「それって、水槽の脳みたいなもの?」

「そうよ、水槽もないし、脳も存在していないけどね」

「わからないな……。百歩譲ってそれが事実だとして。

 今僕にそれを伝える意味ってなんなの?」

「アルにとっては突然だったかもしれないけど、わたしにとってはそうじゃないから。

 わたしが役目を、与えられた仕事を始められるのは世界の生まれる5分前からっていう制約があるのよ。だからこその5分後仮説なの。

 それは事実だから仮説ではないけれど」


==残り:3分==


「まあいいさ。で、世界が5分後に誕生する。そしたらサラはどうなるのさ?

 それに僕も」

「わたしは、ここで役目を終えるわ。

 新たな世界には存在できない。

 だけどアルは違う。

 新しい世界のありようをこれから考えて、世界を生み出すの」

「僕がデザインした世界がこれから生まれる?」

「そうよ。わかってくれた?」

「だけど……、自慢じゃないけど僕だって万能じゃない。

 それは確かに一般人に比べるとよっぽど詳しく世界のイメージは掴んでるよ。

 万人には理解しがたいような持論だってよく言われるけど。

 だけど、わからないことも多い。いやわからないことだらけだ。

 そんな僕に依存した世界なんて穴だらけで複雑怪奇なものになりかねない」

「うん、そうだろうと思う。きっとこれから生まれる世界は歪で、整合性なんて全くないんだわ。

 だから気負うことはないの。誰がやっても似たようなものだから。

 その中でもアルはまだ見込みがあるってだけなのよ。

 サイコロでも振りながら、きままにやってくれたらいいのよ」

「それは僕の知識不足が原因? 今から勉強すれば少しはましな世界を作れるのかな?」

「そうね。でもそんな時間は残されていない」


==残り:2分==


「どうして僕にそんな白羽の矢が、重大な役割が与えられたんだろう」

「気にすることはないわよ。これは実験の一環だから。

 アルが失敗してもまた、他の誰かが同じことをやらされるわ。

 そうして世界のルールが少しずつ定まっていくの。

 何度も何度も繰り返して、不整合が取り除かれていくのよ。

 ただ、次の誰かにバトンタッチするためにはひとつだけ、アルがすべきことがある」

「それは何?」

「沼男って知ってる?」


 僕は頷いた。別に沼じゃなくてもいいのだけれど。

 要は僕の体が失われると同時に、僕とまったく同じ構成のコピーが誕生するとかいう哲学的な思考だ。

 物質だけでなく、意識を司る要素までが完璧に再現されれば、僕は生きながらえる。

 失われた僕は、コピーに置き換わり、それ以前とまったく同じ存在として活動できるのだ。僕自身も、周囲の誰からも、僕が入れ替わったことなんて気づかれない。


「だけど、今の僕は抽象概念じゃないの?」

「それでも知ってるでしょ? 骨があり、内臓があり、DNAを持つ。

 ざっくりとした自分の構成を」


==残り:1分==


「ざっくりとだけどね」

「アルはこれから世界を俯瞰的に見守り続け、そして自分の器を探し求めるのよ。

 探すというよりももっと積極的に作るというイメージね。

 アルは世界の創造にわずかながら干渉することもできる。

 銀河を作り、生物の誕生に適した惑星を見つけ、生まれた生物の進化を見守るの。

 そしていずれは今のアルが認識しているその体を持つ生命を作り出す。

 何百億年とかけて、アルが収まる器を探していくのね。

 そこで、アルの役目はお終い」

「僕はこれから生まれる宇宙を見守り、そして僕が収まるべき器を探し出す」

「そう。そしてもう少しましな世界を作れる誰かに知識を引き渡す」

「そうして世界の秩序が少しずつ取り戻されていく」

「そろそろ時間よ。アル。

 いえ、アルベルト」

「それは、僕が自分の収まる器を手に入れた時の名前?」

「ええ。アルベルト。

 あなたの好みの世界を自由に作ればいいわ。

 さっきもいったけど気負うことはないわ。サイコロでも振って気軽にね」

「僕は……、僕はサイコロは振らないよ」


 ~ fin ~

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5min 東利音(たまにエタらない ☆彡 @grankoyan

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