死人の総大将
「……おい、師泰。いつまでへたっている」
「……兄上」
あの事件から 既に一月あまりの時が過ぎていた。
しかし、未だ師泰や頼章の容態が回復に向かわない。
否、より正確に言えば、肉体は回復している。しかし、肝心の精神の回復が悪いのだ。
師直が彼の回復に焦るのには理由がある。
近頃、死人の軍による襲撃が相次ぎ、既に多くの犠牲者が出ているのだ。
大軍を送ろうとも対策を考えようとも、歩いてやってくる死の恐怖に勝てず、ただただ慄くばかりであった。
もっと優秀な将が必要だ……そうなると、師泰に鉢が回ってくるのも時間の問題だった。
「お前には御所様も期待をかけている。早く正気に戻れ。それとも、死人以外に何か不測の事態でもあったのか?」
「……不測の事態ばかりですよ……。もちろん、死人に遭遇したのも堪えましたが、それ以上に厄介な事がありまして……」
「何だ」
そこで、師泰は口をつぐむ。
「どうした。早く言え。例え嘘のような話であろうと気にせぬ」
すると師泰は意を決したように口を開く。
「先日話しました死人の司令…………楠木正成殿であったのでございます……」
師直が目を見開く。
「……それは真か」
その声は震えている。無理もない。楠木正成、幕臣時代、建武の新政後共に、足利を苦しめた因縁の人物である。
「ええ……幾度となく見た顔ですから、俺も忘れませんよ」
ここで師直ははてと首を傾げた。正成が死んだ時、果たして死人は近くにいただろうか――否、有り得ない。正成を倒した湊川では死人など見なかった。例え別働隊が目撃していたとしても、死人の存在を隠す利点が見つからない。
そうなると、可能性は限られてくる。
「……分かった。御所様に報告しよう」
師直は、苦々しい面持ちで部屋を出た。
尊氏の部屋に向かう最中も、彼は推測を巡らせていた。
嫌な予感が、頭をよぎった。
(――まさか、例の死人は、人為的に作られたものなのか……?)
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