第16話TK-0141-4(中編)

 それから約二十分程すると、電車はコタの街に到着した。その駅は浮島の中心部にあったので、そこから乗り換えをして島の北端の駅に向かう。数分後に到着すると、二人は地上に出た。


 コタの街は観光用の浮島である。現地時間は現在昼の十一時過ぎ。季節は夏らしい。

 外に出ると青空が広がっていた。目の前には石畳の敷き詰められた広場があり、ところどころに配置された花壇には色とりどりの花が咲いていた。風は少しだけ吹いていて微かに土や花の香りが漂ってくる。今日は平日のためか人影はそこまで多くないが、露天商なども出ており広場にほどよい活気を与えていた。その向こうにはガラスの壁を隔てて海が広がっている。


 シュウトはミルを確認すると、広場の右手側にある鉄の骨組みをガラスで覆った様なドーム状の大きな構造物に向かう。近づくとそれはゲートの様になっていて、地下に続く長いエスカレーターが伸びていた。二人はそのエスカレーターに乗る。

 スー…っと降りて行くと地上の光が遠ざかり、徐々に暗くなっていった。

 下に到着すると、そこは薄暗いエントランスホールになっていて、海に関連するオブジェクトがブラックライトや間接照明でライトアップされていた。地下のためか少しだけひんやりとした空気が漂っている。

 正面を見ると一箇所だけ明る場所がある。

 二人はそこへ向かうとチケット売り場になっていた。


 そう。ここはこの星の水族館だ。

 この星の海の生物はシュウトの住んでいた星の海の生物とは全く異なっている。

 それは海水の成分が異なるためだ。この星の海水は強い放射性物質を含んでおり、この星の生物はそんな放射性物質を含んだ海水でも生きていけるように、独自に進化をした生き物たちである。

 つまりシュウトの住んでいた星に住んでいる海の生物はこの星では生きていけないし、その逆また同じだ。もはや放射性物質無しでは生きていけない体に進化してしまっている。

 浮島全体がドーム状の強化ガラスで覆われている理由の一つもそれである。当然人間も生きていけない。

 放射能除去装置といった物は存在するが、浴びないに越したことは無いのである。


 二人はチケット売り場の前についた。

 窓口は全部で四つあるが、販売中の明かりが灯っているのは二つだけだった。今日は平日だから客が少ないのだろう。

 シュウトは左端の窓口に進んだ。

「すいません。大人二枚お願いします」

「本日はカップルデイとなっておりまして、男女ペアのお客様はお二人で二千コスクとなっております」

 カップルデイか。別に男女ペアならなんだって良いのだろうが、少しだけ気恥ずかしい気がしてしまう。


 シュウトが携帯端末を専用の機器の上にかざすと、ピッっという電子的な音がした。

 受付のお姉さんは「ではこちらを」と言いながらシュウトにチケットとピンバッジを渡す。

「よろしければお付けになって、お楽しみください」

 にこやかに言われた。

 シュウトは渡されたピンバッジを眺める。紫の蛍光色の二匹のタコが絡みあっている。

 ――なぜこのデザインにしたのだろう。

 疑問以外何も湧いてこなかったが、お姉さんを見るとまだにこにこしている。

 シュウトは軽く頭を振ると、はいっと言って一つづつをミルに渡した。

 ミルは特に気にすることもなくピンバッジを胸元に付けた後、シュウトを見つめた。

 瞬き数回分の間が空く。

 ――マジか……わかったよ………。

 シュウトは折れた。しぶしぶ胸元にピンバッジを付ける。

 お姉さんは少し驚いた顔をしていた。


 二人はチケット売り場の横にある入り口に向かう。入り口のゲートには自動改札機があり、通過する際にチケットを入れると半券が帰ってきた。

 更に少し先に進むと先の方で通路が途切れており、その横に中年のおじさんが立っていた。

「どうぞこちらへお乗りください」

 おじさんは係員らしい。

 途切れた通路の先には五、六人乗りくらいの円形の乗り物があった。遊園地にあるコーヒーカップを想像してもらうとわかりやすいだろうか。

 二人はコーヒーカップに乗り込む。

「それではスタートボタンを押してください」

 コーヒーカップの中央はぐるぐる回すやつじゃなく、電子パネルになっていた。


 シュウトはその電子パネルのスタートボタンを押す。するとコーヒーカップが動き出した。

 ――なるほど。乗り物に乗って楽しむタイプの水族館か。

 電子パネルをもう一度見ると、「自動モード」「お魚選択」「施設選択」「終了」の四つのボタンに変わっていた。

 試しに「お魚選択」ボタンを押してみると各種魚の名前が、「施設選択」ボタンを押してみるとトイレやレストランなど各種施設の名前がズラリと並んだ。

 ――行きたい所にも行けるわけか。

 まぁ確かに途中でトイレとか行きたくなった時に行けないのは困るかもしれない。

 それにしても……この乗り物移動しながら軽く回転している……。

 やっぱりコーヒーカップか!


 そんな事を考えていると最初の水槽に到着した。大きな水槽だ。電子パネルには「スパトクオ海底」と表示されている。

 水槽を覗き込んでみるとサンゴとかカニとかヒトデとかがいた。ラインナップ自体ははシュウトの住んでいた星と似たようなものだったが、一つだけ大きな違いがあった。

 みんなそれぞれどこかしらがほんのりと光を放っているのだ。

 初めはライトアップされているのかと思ったが、電子パネルの説明を読むとこの惑星の海の生き物たちは体のどこかしらかに放射能を貯めこむ器官があり、そこが光を放っていると説明にあった。

 シュウトは単純に、へぇー面白いなと思った。

 それからいくつかのコーナーを回る。

 どれも生き物たちが動く度にネオンサインがゆらゆら揺らめくようでとても神秘的だった。


 しかしそんなロマンチックな雰囲気を次のコーナーがぶち壊してくれる。

 場所は「スパトクオ中層」。

 電子パネルの説明を読むと、ここではアジなどの小魚が群れて泳いでいるとのこと。

 巨大な水槽を覗き込んでみるが、それらしい物は見当たらない。

 あれ?本当にいるのかなっと油断していた所……それは一気にきた。

 

 水槽の奥の方が一瞬キラっとしたかと思うと、ドォっと大群が目の前を横切り自分たちの目の前で巨大な渦を作る。その渦が玉になり蛇になりもう一度玉になったかと思うとまたどこかへと去っていった。

 この行動自体は小魚が大きな魚からその身を守るためにするごく一般的な行動ではあるが、問題は彼らの目である。

 完全に血走っていた。

 いやっ、正確には目に放射能を貯めこむ性質なのだろう。別に怒っていた訳でも、悪魔に取り憑かれていた訳でも無い。そんな事はわかっている。

 でもアジの大群の目が全て暗い赤色に光っていたら誰だって世紀末を連想するだろう。


 魚の大群が目の前に居た時間は二十秒程ではあったが、シュウトとミルは完全に抱き合っていた。それはもうガッチリと。そして、彼らが去っていった今でも抱き合っている。

 いや、マジでダメだってあれ。子供だったら間違いなく泣き叫んでる。

 電子パネルの説明を読み進めていくとこんな説明書きがあった。

 ――尚、ここが当水族館で最高のデートスポットです。是非ご利用ください。

 シュウトはミルをチラッと見る。ちょっと理解してしまった。


 そんなこんなで結局それなりに楽しんだ二人は、昼ごはんを食べにレストランに向かった。

 レストランについた二人は少しだけほっとする。結構な数の人がいたからだ。先程まで乗り物に乗って移動をしていたため、あまり人と出会うことが無かったのだ。

 レストランの外側の壁は全てガラス張りになっており、そこには水中が映しだされていた。深さは地下二階とか三階とかそのあたりかな。水面まですぐそこのため窓の外はだいぶ明るい。

 二人はウエイトレスに窓際のボックス席に案内される。

 そしてその席に並んで座った。並んだ理由は……電車と一緒だ。


 メニューを広げる。やはり海産物がメインの品揃えだ。

 ペラペラとページをめくっていると全部のページの一番下に書かれている注意書きに気が付く。

 なになに……。

 ――当店で扱っている海産物は、全て適切な処理を行い放射能を除去しておりますので、ご安心してお召し上がりください。

 なるほど。言われてみればそうだ。

 自分たちみたいに他の惑星からやってきた人からみれば、この星の放射能漬けの海産物は怖いかもしれない。当然この星の人達は問題なく食べているので平気なはずだが。

 シュウトは深く考えるのをやめた。まぁ大丈夫だろう。

 結局シュウトは本日のおすすめである魚フライ定食。ミルは店長イチオシのエビドリアをそれぞれ注文した。


 シュウトは店内を見回すと、カップルデイのためかやはり男女ペアばかりだった。

 そこで気が付く。ピンバッジの異変に。

 全ての客がピンバッジを付けていたわけではないが、中には付けている客もいた。

 そしてピンバッジを見ると……あれ?

 みんなそれぞれ形も色も違った。種類があったらしい。

 キョロキョロしていると隣の席にいた別のお客さんと目が合ってしまう。

 そしてそのお客さんはシュウトのピンバッジに気付いてしまった。二度見する。そして口元抑えて他の方向を見てしまった。

 なんだろう……。多分これレアだよ。こんな卑猥なデザインのやつ。うん。なんか得した気がしてきた。どうだ。羨ましいだろう。

 頭の中で変な対抗心を燃やしていると、料理が到着した。

 魚フライ定食。イワシとアジだった。さっきの赤いやつ……何だったっけ。


 味は美味しかったが、食事中そんな事が頭から離れなかったシュウトだった。


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