第2話プロローグ(後編)
彼の家は都心部から少し離れた、自然が豊かな郊外にあった。
宇宙船の大きさは、全長48m、幅28m、高さ14mというかなり大きな物だったため、さすがに彼の家の庭に置くことは出来ず、家の近くにあった空き地を買い取って、そこに宇宙船を置いていた。
この宇宙船の名前はコメットという。これは政府の所有物であった頃からこの名前で登録されていたらしい。今回晴れてイングスター家の所有物になったのだから、新しく名前を付け直しても良かったのだが、100年近くこの名前で宇宙を飛んできたのだ。今さら変える必要も無いと思う。
二人は休みの日になるとコメットのパーツを一つ一つバラして磨き上げ、オイルを挿したり状態の悪い部品を交換したりしながら、約2年間掛けて全ての装置を整備した。
作業を始めた当初は宇宙船の構造に関してそこまで知識を持っていなかったシュウトであったが、この2年の間にほぼ一人で完璧にコメットの整備を行えるまでになっていた。
そして約2年ぶりにコメットを飛ばした時にシュウトは驚くこととなる。音や振動が全く違うのだ。動きもなめらかになったように思える。
一番分かりやすかったのがメインスラスターだ。ヴォン!ヴォン!うなりをあげていた音は、ウイィィィィィィ……と癖のない音になり、振動はほぼ無くなっていた。
……あぁ、やっぱりあの時のあの音……ダメだったんだな……。
次の2年間はコメットの内装を作り変えることに使われた。
基本的にはシュウトと父親で話し合って内装を考えているが、その時にまず一番最初に決まったのが、コンテナの積載量を減らし、その分部屋を増やすことだった。シュウトは別に硬派な運送屋をやりたいわけでは無いからである。
この世界の一般的なコンテナの外寸法は、長さ10m、幅2.45m、高さ2.6mで、直方体の形をしている。コメットは、コンテナを横に6列、上に4段を4セット積載でき、一度に最大で96個のコンテナを積むことが出来た。その中で1セット分のスペースを部屋にしてしまおうというものである。
この頃になると父親は、宇宙船にかけるお金の金銭感覚がだいぶマヒしてしまっていたらしく、惜しげも無くコメットに自分のロマンを詰め込むことになる。
まぁ高給取りだから特に問題は無いのだろうが、シュウトが完成したものを見た時にはちょっとだけ……いや、こんな宇宙船に乗れるなんて間違いなく嬉しいんだけどね、うん。
今から約2年前、宇宙暦1億2014年。
シュウトは18歳になった時に、宇宙船の操縦免許を取った。普段から父親に副操縦席に座ってもらい練習をしていたので、これは教習所へも行かず一発で合格することが出来た。
そして高校卒業後に、父親から正式にコメットを譲り受ける。
「ちょっとお前にはもったいない気もするが……大事に使えよ」
冗談ぽく言った父親は、少しだけ涙ぐんでいるように見えた。
……ありがとう。
その後、シュウトはすぐに旅に出るような事はしなかった。これは父親と決めたことで、運送ギルドに加入し、運送ランクがDランクになってから旅立つというものだった。これにはちゃんと意味がある。
そもそも運送ギルドとは何か。
一言で言ってしまえば、全宇宙規模で活動する星々の間の荷物の配達を仲介をするギルドである。
依頼から完了までの流れとしては以下の様なものだ。
1.配達の依頼人が運送ギルドに依頼を出す。
その時にギルドの職員と依頼人が相談をし、配達先の距離や配達物の内容、配達時間等により1コンテナ辺りの報酬額を決定し、その報酬額の総額と依頼手数料をギルドに支払い、各宇宙港にあるギルドに指定された倉庫にコンテナを運びこむ事によって、ギルドの電子掲示板に依頼が掲載される。
当然、距離が遠かったり危険物、重要物であったり、配達完了までの依頼時間が短かったりするものほど報酬額は多く設定される。
ちなみに配達依頼の最低単位は1コンテナである。
2.配達員が掲示板をみてやりたい依頼を引き受ける。
ギルドに登録された配達員が、各宇宙港でギルドの掲示板にアクセスをすると、その配達員が現在引き受けることが出来る依頼の一覧が表示される。その中からやりたい依頼を引き受けると、宇宙船にコンテナが積み込まれる。
3.配送を行う。
宇宙船にコンテナが積み込まれた後、依頼先の宇宙港へ移動し、ギルドへ配送完了の手続きを行う。
4.配達物のチェックを行う。
配送完了の報告を受けたギルドは、宇宙船からコンテナの荷降ろしを行い、配達物のチェックを行う。それで問題がなければ依頼完了となり、事前に登録がされた宇宙共通銀行の口座への依頼料の振り込みが行われる。
ただし、チェックを行った際に内容物が破損している、配達物の配達依頼時間が過ぎてしまっているなどの不備があった際には、報酬金額の減額、場合によっては罰金等が課されてしまうことがある。
ちなみにギルドを介して得た報酬に関しては税金が一切かからない。
これはその惑星ごとの政府がこれに対して自由に税金を課してしまうと、政府と配達員との間で無用ないさかいが起き、その結果流通そのものを滞らせてしまうといった事態が多発してしまったため、大昔にそういう事になったらしい。
もちろんそれを認めていない政府も存在するが、そういった惑星への配送をギルドは一切受け付けていないため、ギルドを介して運送業をしている限り、そういったいさかいに巻き込まれることは無いといっていい。
ここからが本題ではあるが、ギルドの配達員にはそれまでの功績に応じて運送ランクというものがある。
運送ランクは全部で5つあり、上から順に、A、B、C、D、Eランクとなっていて、言うまでも無くランクが高いほうが様々な依頼を受けることが出来る。
EランクとDランクの違いは、Eランクは見習い配達員と言われ、同惑星系内の配達依頼しか受けることが出来ないのに対し、Dランクは一般配達員と言われ、他の惑星系への配達依頼も受けることが出来る点だ。Eランクの配達員が、最低でも2年以上仕事をして、ある程度実績を積むとDランクに格上げされる。
シュウトは小金を稼ぎながら宇宙中を旅したいと考えているため、最低でもDランクが必要なのだ。
ちなみにCランクはベテラン配達員、B、Aランクはギルドの試験を受けて取得することの出来るスペシャリストと言われる人達で、それぞれ更に難易度の高い依頼を受けることが出来る。
とにかくシュウトはDランクを目指す事となる。
その後、シュウトが仕事を始めてから数ヶ月が経過した。
仕事をするようになってから気づいたのだが、宇宙船の操縦をするのに操縦桿を握る機会は極端に少ない。……というよりもむしろ、電子パネル以外は基本触らない。
仕事を受けた後は、行き先をコンピュータに登録し自動操縦にするだけで、目的地の宇宙港まで自動で航行してくれる。宇宙港に入港する際も、自動で着陸許可を求め、港が空いていなかったら自動で待ち、着陸許可が出ると自動で入港する。
……これ自分必要だろうか?と本気で考えたりもしたが、コンピュータでは処理できない様な想定外の事態が発生した際には、やはり人間が必要になってくるらしい。現に資格を持ったパイロットの乗っていない宇宙船の、宇宙港への入港は禁止されている。
そして話は現在、宇宙暦1億2016年4月。
シュウトの運送ランクがDランクになった。
地元の友人や親戚の家に挨拶回りをした後、旅立ちの日。
「……ついにこの日が来たか。本当にあっという間だったな」
「うん。すごく楽しかった。今までありがとう、父さん」
父親は恥ずかしそうに鼻をかく。
「ふん。別に今生の別れじゃあるまいし勘弁してくれよ…まぁあれだ。たまには連絡しろよ。母さんが心配するからな」
「わかったよ。父さん」
「はぁ。……本当に気をつけなさいよ」
隣に居た母親も心配そうに声を掛けたため、「うん」と軽くうなずいた。
「そういえばシュウト。お前これから何処へ向かうつもりなんだ?適当に旅をするにしても、とりあえずの目的地はあるんだろ?」
シュウトは少し考えるように間をおいた後、軽くうなずく。
「うん。実は前から決めていたんだけど、地球に向かおうと思っているんだ」
「……なるほど。地球か……。確かに目的地にするにはいいかもしれないな……」
地球とは言うまでもなく人類発祥の地。地球である。
人類が宇宙に進出し始めてからはや一億年。ワープ航法を利用したとしても、シュウトの住む星から何ヶ月とかでたどり着ける距離ではない。
感慨深くなったのか、父親が少しの間自分のあごを触りながら黙りこむ。そして”よし”っと小さくつぶやくと、笑顔でシュウトの背中をバンッっと叩いた。
「わかった。行って来い!だが孫の顔は絶対に”ちょ・く・せ・つ”見せに来いよ」
「あはは……うん。わかった」
シュウトは少し渋い顔をしながらこう答え、
「じゃあ、父さん、母さん。行ってくるね」
そう言うとシュウトは宇宙船に乗り込み、最初の目的地をコンピュータにインプットした。
少しの不安と大きな期待、しんみりと心の奥の方にある寂しさなど、シュウトの胸にはあらゆる感情が渦巻いていたが、それを振り払うように一言叫ぶ。
「よし、行くぞ!!」
この日、一人の青年が広大な宇宙へと旅立っていった。
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