ぷちぷち彼女

ZAP

そのいち

 ぷち。ぷちぷち。

 ぷちぷちちぷち。

 ベッドの上の水島亜希(みずしまあき)がプチプチをつぶす音だ。

「亜希、それ楽しいのか?」

 直泰(なおやす)の問いかけにも亜希は反応しない。ピンクのふわふわ布団に深くおしりを沈めて、両手でプチプチを潰し続けている。ぷち、ぷち、ぷちぷち。空気の弾ける音が亜希の部屋にリズムよく響き続けている。

 直泰は唸り声をあげたくなった。

 自分と亜希の二人きりなのに、かまってくれない。

 彼女は一度作業に集中すると止まらないのだ。このまえゲーセンに行ったときもクレーンで目当ての猫グッズを全部取るまで何を言っても反応がなかった。

 そんなところもかわいいんだけど。

 直泰はちらりと亜希を見た。プチプチを一心不乱に潰し続けている亜希は、少し口を開けて、小さく息をしている。くせっ毛がエアコンの風に揺れている。唇はみずみずしい。触れたくなるほどだ。

 ふと、先週キスしたときを思い出してしまう。

 亜希はキスしたとき、いまと同じように集中モードに入った。

 なんというかその、とんでもなく、すごかった。

 失神するかと思った。

 だから亜希の集中はプチプチなんかじゃなく、自分に向けて欲しいのだ。

 直泰はぐっと拳を握った。すっと息を吸った。

「亜希。キスしたい」

 ぷちぷち。

 それが答えだった。

 直泰はプチプチを取り上げたい衝動にかられたが、なんとかこらえた。自分は彼女の彼氏なのだ。愛だ。愛で、彼女を憎きプチプチから取り戻してやる。真摯な愛を言葉に乗せれば彼女はきっと振り向いてくれるはずだ。

「なあ、俺たち二人きりだな」

 ぷちぷちんぷちん。ぷちんぷちぷちぷちん。

「二人で話をしないか。亜希のこと、聞きたいんだ」

 ぷち。ぷちぷち。ぷちぷちぷちちっ。

「……俺よりプチプチの方がいいのか、亜希?」

 ぷちん。ぷちぷちぷちん。ぷちぷちぷちぷちん。

 声の返事はない。

 愛は敗れたのか。いや、まだだ。直泰は立ち上がった。プチプチが入っていたPS4の箱を押しのけて、亜希の正面に立つ。亜希の視線を取り返してやる。プチプチなんかに俺のかわいい亜希を渡してたまるものか。

 直泰は己の青春を賭けるつもりで、愛を言葉に乗せた。

「亜希――愛してる」

 ぴたり。

 音が、止まった。

 直泰は顔がにやけるのを感じた。亜希が視線を上げていた。プチプチを見ていなかった。プチプチを潰す手も止まっていた。やった。自分はプチプチに勝った。愛は勝ったのだ。亜希は人類の、そして俺の彼女なのだ。

 そのとき亜希がこちらに振り向いた。きょろきょろと、何かを探すような仕草だ。床に視線が止まってぱあっと笑顔を浮かべた。すっくと立ち上がった。

 直泰はびくんと震えた。

 ひょっとしてキスか。

 もう一度、ものすごいキスをしてくれるのか。

 直泰は目を閉じた。亜希が待ち遠しい。前回キスしたときに、ほっぺをはさむ亜希の手は、とても暖かかった。もう一度あの感触を味わいたい。まだか。まだ来ないのか。っていうかもう十秒は経ってるんですけど、まだでしょうか亜希様。

 ぱさり。

 膝に、何かの感触を感じた。亜希ではない感触だった。

 目を開けた。亜希はいなかった。代わりにプチプチの残骸がひざの上にあった。

 ぜんぶ、割れている。

 がさごそと横から音がした。振り返ると亜希がPS4の箱を開けていた。なかから取り出してきたのは正方形の大きなプチプチだ。亜希はプチプチを大儀そうにかかえるとベッドに持って帰ってきた。

 満面の笑顔だ。

 ぽふんと座り込む。

 また、ぷちぷち。

 ぷちぷちぷち。ぷちぷちちちぷちん。

「亜希いいいいいいいいーーーーーーっ!?」

 直泰がいくら叫んでも、亜希は帰ってこなかった。

 第一次プチプチ寝取られ事件である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぷちぷち彼女 ZAP @zap-88

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ