第五話

 

 キース兄様が出て行ってからというもの、私の生活は前のような引きこもり生活に戻りつつあった。

 前と一つ違うのは、馬に乗るようになったことだろう。

 私はキース兄様に教えてもらってから、毎日のように馬に乗って領地を駆け巡っていた。


「クレアお嬢様、今日も元気ですね!」

「クレアお嬢様、ちょっとこれ食べていきませんか?」


 そのおかげで、領地の皆さんとよく話すようになった。

 領民の話はどれもこれも面白く、私の興味をそそるものばかりだった。

 なので、ついつい長話になってしまい、キリを怒らせてしまった。

 しかも、毎回何かしらお土産をくださるので、帰るのが大変になり、もっとキリを怒らせてしまっていた。

 しかし、こういう現象も領地が豊かだからこそ起きることなのだろうと思う。

 私はカイン父様の凄さを改めて実感していた。

 そんなある日のことだった。

 私がいつものように領地を走っていると、いきなり馬が何かに驚いて勢いよく駆けだした。

 そのひょうしで、私は馬の上から投げ出されてしまった。


「イタタ…え?」


 顔を上げると、私の喉元にナイフが突きつけられていた。

 咄嗟のことに声が出ず、私は口をパクパクすることしか出来なかった。


「お嬢!!大丈夫か!?」


 キリがどこからか駆けつけて、私と敵の間に入ってくれて、私はなんとかその場から逃げ出した。

 敵は突然現れたキリに驚いたのか、反射的にナイフを前に突き出した。

 あっという間だった。

 目の前の影がゆらりと揺れ、その瞬間、キリが腹を抱えて倒れた。

 今度は私が刺される、そう思い私は恐怖のあまり目をつぶった。

 しかし、予想していた衝撃はいつまでたっても訪れなかった。

 恐る恐る目を開けると、なんと敵が大の字に倒れていた。

 それよりも私の目を奪ったのは、何もなかったように立っているキリだった。

 しかし、よく見てみるとキリの服は血だらけだった。


「お嬢、立てるか?」

「あの、ごめんなさい」

「なんで、謝る?」

「傷つけて、しまったから」


 こみ上げてくる涙を抑えながらそう言うと、キリは大きな声で笑いだした。

 その笑いはなかなかおさまらず、しまいには目に涙が溜まっていた。

 やっとおさまったと思ったら、キリは優しく微笑んだ。


「謝らなくていいよ、お嬢。俺はやるべきことをやっただけ」

「でも、」

「でも、じゃない。これが俺の仕事。つべこべ言わないで、勝手に守られてろ」


 はい、としか答えられなかった。

 キリはこんなに頼れる人だっただろうか。

 密かに感動していると、キリが突然ばたりと倒れた。


「キリ!キリ!」


 キリに駆け寄り、体を揺すってみるが反応がない。

 私はペンダントからサキを呼び出した。


「サキ!!」

「はいにゃ!」

「キリの様子は!?」

「はいにゃ!」


 サキはすぐにキリの額に手を当てた。

 そして、おかしいな、というふうに首を傾げた。

 何回も何回も手を当てて、確認していたが、やはり何かがおかしいようで首を傾げていた。


「寝てるのにゃ」

「は?」

「キリ、疲れて寝てるのにゃ」

「へ?そ、そっか。よかったー」


 キリの身に何もなかったことを聞いたら、気が緩んだのか、眠気が襲って来た。

 大きなあくびをしていたら、サキに鋭い目つきで睨まれてしまった。

 寝るな、とのことらしい。

 それから、私はなんとかキリをサキの上に乗せ、いつのまにか帰ってきてた馬に乗って、家へ戻った。

 家に入った瞬間、そのままぶっ倒れるように寝てしまったようで、気がついたらベットの上で朝をむかえていた。


「ふぁー、よく寝た」

「おはよう、お嬢」

「ふぁっ!?」


 キリが平然と返事を返したことに私は驚いた。

 てっきり、何日か寝込むものだと思っていたのに。


「私、何日寝てた?」

「いや、普通だよ。昨日の昼に寝て、朝に起きたんだから」

「そっか…」


 キリの異様な回復のスピードに首を傾げながらも、私は食堂に向かった。

 扉を開く前に、キリが少し怯えてるように見えたのは気のせいではないのだろう。

 昨日のことで、こってりメリーに怒られたはずだ。

 少し目元が青紫色に腫れていたから。

 きっと私も…、そう思って少し身震いをしてしまった。

 メリーは本当に怖い。


「みなさん、おはようございます」

「クレア!!!」


 お辞儀をして、顔をあげようとしたらいきなり何かに、いやステラ母様に抱きつかれた。

 少し鼻声になっているので、きっと泣いているのだろう。

 母様の背中をポンポンしながら、どうしたものか、と悩んでいるとカイン父様が私から離してくれた。

 どうやら、私は家族にかなり心配をかけてしまったらしい。

 これからは馬で領地を駆け巡ることは止めようと密かに心の中で決心した。

 メリーに小言をたくさん言われてしまったからでもあるけど。

 食事も終わりがけの頃、玄関の方でチリンチリンと鈴が鳴った。

 どうやら、お客様が来たらしい。


「ただいま、戻りました。私、ルール家からの言伝を預かっております」

「お!帰ってきたか、アレン!」

「急いで来ましたよ、主人」

「で、結果はどうだった?」

「とりあえず、落ち着いて。こちらをお読みください」


 帰ってきたのはお客様ではなく、カイン父様の従者であるアレンだった。

 アレンは細身で筋肉質、その上紳士的で、領地の中でも噂になるくらいのイケメンである。

 そんなアレンは主に事務仕事を担当しているのだが、今回は隣の領地まで出張していたらしい。

 珍しいこともあるものだ、と見ていたら、突然二人が私の方を見た。

 そして、カイン父様は大きな咳払いをした。


「クレア、一つ話があるのだが…」

「はい、なんでしょうか?」

「実はな…」

「はい」

「縁談が来てるんだ」

「は?」


 最初に声をあげたのは私ではなく、ステラ母様だった。

 母様は何を馬鹿なことを言いだすのだという目でカイン父様をするどく睨んでいた。

 父様はそんな母様の態度に少し、いやかなり驚きながらも話を進めた。


「クレア、受けるか?」

「はい、喜んで」

「相手は一体どこの誰なの?」

「ルール家の長男、クリス=ルールだ。クレアと同い年らしい」


 何故かステラ母様がカイン父様を質問攻めにしていた。

 私はそんな様子を横目で見ながら、そっと食堂を後にした。

 いつものように書庫に入ると、ペンダントからいきなりサキが現れた。


「あんな簡単に決めていいのにゃ?」

「何が?」

「縁談にゃ!」

「別に興味ないし、誰でもいいからな」

「そうかにゃ…」


 そう言うと、サキは呆れたようにため息をついた。

 私だって、好きな人がいたなら大反対をしただろうけど、そんな人いないし、これからも出来ないだろうと思う。

 なので、全く問題ないのだ。

 そう力説すると、困ったようにキリとサキは顔を見合わせていた。

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