第三話
「クレア!!」
「キース兄様!!」
私を見つけた途端、こちらに駆け寄ってくるキース兄様を受け止め、私たちは抱き合った。
あれ以来、これが日常的に行われるようになった。
最初の頃は変態と言って、追い返していたのだが、だんだん面倒くさくなり、最終的に私からも行うようになってしまった。
今では完全にお兄ちゃん子である。
キース兄様の私に対する愛はますます深くなり、今ではおはようからおやすみまで一緒に過ごすようになっていた。
流石に一緒に寝ることはしないけど。
「気持ち悪くないか、あれ」
「同感にゃ」
キリとサキはそんな私たちを冷めた目で見つめていた。
そんな周りの視線を無視しながら、私たちは過ごしていた。
今まで、私は強くなるためにたくさんのことを知るために書庫に閉じこもって、本を読みあさっていた。
しかし、起きてすぐにキース兄様に会うようになったので、書庫に一日中いることは出来なくなった。
一日一冊は必ず読んでいるけど。
そのことが残念だと思わないくらい、キース兄様は私に本では学ぶことが出来ない大切なことを教えてくれた。
もちろん愛という感情もたくさん教えてもらったのだが、それ以外に貴族の嗜みを教えてもらった。
庶民の生活には興味を示すくせして、今まで全く貴族の生活には興味を持たなかった。
しかし、キース兄様がやるというならば私もやるしかないと、気合いを入れて遊んだ。
そして、気づいた。
頭を使うようなことは大抵上手くいくのに、体を使おうとすると途端に上手くいかない。
それが顕著に現れたのが乗馬だった。
「いや、やめて、キースにいさまぁぁぁぁぁ」
「大丈夫だよ、クレア!風を感じて」
「無理よ!むりぃぃぃぃぃ」
私はこの乗馬というやつがとっても苦手らしい。
キース兄様と遊ぶようになってから気づいたのだが、どうやら私は運動神経が悪いらしい。
それはもう壊滅的に。
どうやら、これは私の「黒色」のせいみたいだった。
だって、キース兄様をはじめとした私以外の家族は、全員運動神経がいいのである。
馬を軽々と乗りこなし、狩りだってお手の物。
私だけが違うのだ。
家族と一緒じゃないことは私を無性に腹立たせた。
自分のことなのにどうしてこうも謎だらけなのだろうか。
考えても、答えが出てこないのは知っているが、考えずにはいられなかった。
だけど、今はそんなこと関係ない。
とにかく私は、キース兄様に飽きられないように、頑張って運動音痴を治さないといけないのだ。
「ねぇ、キリ。馬ってどうやったら乗れるの?」
「乗ったら乗れた」
「説明になってない!もっとわかりやすく説明して!」
手始めに馬に乗ろうと思ったのだが、キリもこんな調子で誰も当てにならなかった。
こうなったら、練習するしかない。
そう思い立ち、私は夜中にこっそりと家を抜け出し、ひたすらに練習していた。
しかし、何度やっても乗ることさえできなかった。
乗った瞬間、馬にふり落とされてしまうのだ。
キース兄様との練習で落ちることだけ上手くなっていた私は、何度も何度も起き上がっては乗り、起き上がっては乗り、を繰り返していた。
それを何回繰り返した頃だろうか。
ヘトヘトになって、地面に突っ伏していると、突然私の体が宙に浮いた。
「うわっ!!」
「おう!クレア、何してるんだ?」
「カイン父様!えっと…馬に乗る練習です」
「ちょっと一回見せてみろ」
そう言われ、馬に乗ってみるとなんと乗れた。
今まで何回も失敗してたというのに。
「カイン父様!一体何をしたのですか!?」
「えっと…こうちょちょいとな」
「わかりやすく!」
「え、あぁ、クレアの魔力を少し馬に馴染ませただけだよ」
「魔力を?」
「じゃあ、俺はもう寝るから!」
「え!ちょ!カイン父様!」
詳しく問い詰めようとしたら、カイン父様に逃げられてしまった。
あともうちょっとだったのに、惜しい。
カイン父様の言う魔力を馴染ませるとは一体全体何なんなのだろうか。
その前に、魔力ってどうやって感じるのだろうか、というか魔力ってそもそも何。
わからないことが多すぎて、途方に暮れていると、暗闇から突然キリが現れた。
「キリ!!どうしたの?」
「手伝うよ」
「え?」
「だから!手伝うって言ってんの!」
少し頬を染めて、そっぽを向きながらキリは言った。
どうやら、私のために動いてくれたらしい。
「ありがとう、キリ!」
すると、キリはもっと顔を赤く染めてうずくまってしまった。
どうやら、褒めることが弱点らしい。
これは使える。
そう思っていたら、おもむろにキリが私の手を握った。
「ちょっと歯くいしばれよ」
「は!?え…いやぁぁぁぁぁ」
抵抗する暇もなく、キリは私の手に何かを流しこんだ。
その瞬間、キリの手から発せられる何かを追い出そうと私の体は拒絶反応を起こした。
ありとあらゆる毛が逆立ち、今にも全て抜けそうだった。
「お嬢!それを受け入れるんだ!それは悪いものじゃない!お嬢の味方であり、力だ!受け入れるんだ、お嬢!」
キリの声だけを頼りに、私はそれを受け入れたいとただひたすらに思い続けた。
すると、徐々に痛みは薄れていき、そしてついになくなった。
「ちょっと、キリ!すっごい痛いんだけど!」
「悪い悪い」
「絶対悪いなんて思ってないでしょ」
「ハハハ。まぁ、でも、これで魔力を感じることが出来ると思うぞ」
キリの言う通り、私は体に纏っている薄い膜のようなものを感じていた。
それは風のようにゆらめていて、私の感情と連動しているようだった。
「この薄い膜みたいなやつのこと?」
「そう、それが魔力。で、馴染ませるっていうのはさっきお嬢が無理やりやったこと」
「あぁ、あのすごく痛いやつね」
「うん、そう、ごめん。でも、これで大体の運動音痴は治せると思うぞ」
「本当に!?」
どうやら、私は馬の魔力だけではなく、土や空気、水の微量な魔力にさえ、拒絶反応を起こし、通常より何倍もの負荷が体にかかっていたらしい。
確かに、体が軽くなったような気がする。
試しに馬に乗ってみると、もうふり落とされることはなかった。
そのまま、走ることは出来なかったけど。
まだまだ、練習は必要みたいだ。
次の日、馬に乗れるようになったことをキース兄様に報告しようとしたら、何故か家のどこにもいなかった。
いつもは探すまでもなく、向こうから会いに来るのだが。
不思議なこともあるものだな、と私は首を傾げた。
多分、何かしらの用事があるのだろう。
キース兄様はこの家の長男。
次期家督。
実は忙しかったりするのだ、多分。
そう思い、その時私は特に気も止めなかった。
その日の夕方になると、キース兄様は私に会いに来たし、大したことではないのだろうと思った。
すっかり私が馬に乗れるようになり、貴族の嗜みを少しづつ楽しみだした頃、キース兄様はある大きな決心をした。
「キース兄様が家を出るーー!!!」
「お嬢、うるさい。耳がつぶれる」
ある朝、キリがそんなことを言い出した。
どうやら、こっそりと盗み聞きしたらしい。
今日の朝ごはんの時に、キース兄様はその決心を伝えるというのだ。
「信じられない」
「で、朝ごはんには行く?」
「行きたくない、聞きたくない、嘘だと信じたい」
「だよね」
そう言って、私はその日の朝ごはんをサボった。
遠くでメリーの説教とキリの叫びが聞こえてきた。
どうやら、私の犠牲になったらしい。
ご愁傷様、と心の中で無事を祈っておいた。
布団の中に潜って、体調が悪いふりをしていると、トントンと扉がノックされた。
「クレア、入っていい?」
「だめ」
「入るよ」
「だめ」
キース兄様は私の声を無視し、部屋に入ると、私から布団を引き剥がして、言った。
「クレア、僕は学校に行くことに決めた。僕は家を出るよ」
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