唇には、牙を忍ばせて

@haradaiko

第1話 衝動

 ああ、白い項が私を誘う。

 残酷なほどに細い頸、染み一つない瑞々しい肌。

 三つ編みのお下げからは花の香り。後ろから近づいて鼻をすんと鳴らすと胸いっぱいにときめきが広がる。

 もう我慢できない。上手く閉じなくなった唇を結びながら。慎みを捨てた私は欲望のままに後ろから抱き付くと彼女は私がふざけたと思って鈴の転がるような声を上げる。

「もう、くすぐったいよぉ。」

 鼻にかかった甘ったるい声。警戒心の無いおっとりとした雰囲気。女に生まれてよかったと心底思う。これから行われる行為を梅雨とも知らぬ哀れな獲物にわずかな憐憫と捕食者の圧倒的な優越感が胸に滲む。制服の下に起伏に富んだ発育良好な身体を無遠慮に撫で回す。規則正しい生活。適度な運動。栄養バランスの取れた食事により育まれた健康そのものなフレッシュな肢体。

 私より頭半分ほど背の高い彼女に背伸びして赤く長い舌を伸ばして首筋にちろりと舌先を走らせる。真夏を間近に控えた季節でうっすらと滲んだ汗に舌がぴりぴりと痺れる。

「ど、どうしたの?へ、変だよ?。」

 ぞくりと肌が泡立つ。不安と恐怖が伝わってくる。痛む犬歯の付け根がずきずきと痛いほどに疼く。お人好しな彼女も少しずつ異変に気付いた様だ。だがもう遅い。視界が赤く染まる。薄い唇からまろびでた異様に伸長した犬歯を剥き、衝動のままに首筋に突き立てた。

―ぷつ、ぞぶり!

「―かっ……!。」

 私の自慢の逸物は処女膜を見事貫き針の様に細い先端は首の筋繊維を掻き分けて血管を蹂躙する。

 刹那の間を置いてじわじわと口内に錆びた鉄と潮の味が広がっていく。もどかしいほどにゆっくりと下顎に溜まった甘露の一杯を大きく喉を鳴らして飲み乾す。

 とろみを帯びた熱い血潮は喉を焼きながら食道をゆっくりと通り胃の腑に到達する。精気がみなぎり全身の細胞が活性化する。

 下腹部から全身に広がる食欲のままに下品に唾の音を立てて並々と溢れ出る鮮血を貪り啜る。口元は鏡を見るまでも無くオムライスを食べた子供みたいになっているだろう。

 牙から分泌される麻酔成分ですでに体の自由を失って死体の様になった彼女を優しく床に横たえる。

「大丈夫……殺さないから……これからも美味しくいただくから……!。」

 すでに朦朧とした意識で聞こえないと分かっている彼女の耳元でそっと囁いた。

 

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