生徒会に権力はありません
雪瀬ひうろ
第1話 椿野聖
「どうして、学園にイベントを巻き起こさないんですか! 生徒会長!」
そんな叫び声をあげたのは、つい先日、生徒会の庶務として迎え入れられた一年生の女の子、椿野聖だった。長い黒髪をツインテールにまとめた小柄な女の子だ。
ここは生徒会室。
校舎の一角にある小さな部屋だ。普通の教室の半分程度の大きさだろうか。その中にホワイトボードや会議用デスク、本棚などが詰め込まれているのだから、窮屈という他ない。
「なに? イベントって……」
「ほら、カップル作りを奨励するようなクリスマスパーティとかですよ!」
「いや、今まだ四月だし……」
「あわてんぼうのサンタクロース!」
「すげえ、あわててんな」
あと、八か月は待機しておいてください。
「イベントって他には?」
僕は尋ねる。
「ほら……ほら……なんかあるでしょ?」
「思いつかないのかよ! 勢い込んで叫んだくせに考えなしか!」
僕は思わず声を荒げる。
「むー……」
僕に突っ込まれ、立つ瀬が無かったのか、椿野は拗ねた顔で唇を尖らせ、指をもじもじさせている。
僕は溜め息を一つ吐いて、言ってやる。
「たとえば、新入生の親睦を深めるという名目で行われる球技大会、とかか?」
「そう! そして、気がつけば異能者同士のデスゲームに!」
「ごめん、寡聞にしてそんな話、聞いた事ないわ」
ボールが燃えたりしそうです。
「あとは……まだまだ先だが、年明けに百人一首大会とか……」
「取った札に書いてある歌人を召喚ですね!」
「歌人の方にお越しいただいて何をするんでしょうか?」
連歌とか始めそうです。
「はっ、解りました!」
椿野は何か天啓を得たかのような顔で叫ぶ。
「解りました! 文化祭ですよ! 文化祭!」
「いや、うちの文化祭は秋だからさ……」
「年二回開催!」
「斬新すぎるわ」
このテンションだと「毎月やりましょう」とか言い出しかねない。
「毎月やりましょう!」
「本当に言いやがった」
「むしろ、毎日でも構いません!」
「君以外の全員が構うんだよ」
もしかして、この子はアホの子なのかな?
「まあ、椿野。落ち付け。ともかくいくら言われようとそんなイベントを開催するのは無理だ」
「何故ですか! あなた、生徒会長なんでしょ!」
「あのなあ、椿野」
僕は椿野が勘違いをしているようなので、はっきり言い放ってやる。
「生徒会に権力はない」
「……は?」
呆けた顔でこちらを見ている椿野に僕は繰り返す。
「僕たちには何の権力もないんだよ」
椿野は、口元を片手で覆い、どこか憐れむ様な目で僕を見ている。おい、なんだその目は。まるで僕がおかしなことを言ったと言わんばかりの雰囲気を醸し出してくれている。
「生徒会が権力を持っているなんていうのは、マンガやアニメの中だけの話で、実際に僕たちがやっているのは、雑用がせいぜいなんだよ」
「嘘でしょ……」
「本当だよ」
「各クラブの予算を決める権限は?」
「そんなもん教師が握ってるに決まってる」
「生徒会に対立する風紀委員会は?」
「年に二回、服装チェックの時期に校門に立つくらいが仕事だよ」
「……理事長をあごで使ったりは」
「式典以外で理事長を見たことすらないよ」
「嘘だっあああああっ!」
そう叫ぶと、椿野は驚くべき行動に出た。
眉間に皺をよせ、今にも爆発せんとする火山の様な表情を見せながら、自分のツインテールの根元をむんずと掴む。
「うわああああああああああっ!」
そして、でかい叫び声を上げながら、それをヌンチャクの様に振りまわし始めた!
「なにしてんの!」
その姿はさながら文明を知らぬ野生児。
表情も相まってクレイジーとしか言いようがない。
「うわああああああああああっ!」
「ちょっとマジでやめてください! 怖い!」
目が完全に逝っていました。
「はあ、はあ」
謎のツインテール大回転を停止した椿野は肩で息をしている。
「大丈夫か……?」
「すいません………」
椿野はようやく冷静さを取り戻したのか、落ち着いた口調で言う。
「あたし、たまに動揺すると奇行に走る癖が……」
「奇行……」
「根は悪い子じゃないんですけど」
「自分で言わない方がいいよ、そういうの」
出会って三日の僕には、まだ彼女のいい所が見えません。
「ともかくだ」
僕は改めて、彼女に『現実』を突きつける。
「僕たち生徒会に権力など無い!」
「ぐっ!」
「生徒会なんてたいそうな名を冠しているから勘違いするが、実態はただの雑用組織だ」
「そんな……」
がっくりと肩を落とす椿野に僕は言ってやる。
「それが『現実』なんだよ」
そのときだった。
椿野の様子が不意に変わった気がした。
どこがどう変わったのか。説明するのは困難だ。ただ彼女が纏っていた空気が変わったというのだろうか。彼女の中で、何かがすとんと落ちた。そんな顔をしていた。
そして、次の瞬間。
彼女はふわりと笑った。
「じゃあ、変えましょう。その『現実』」
「え?」
不覚だった。
「あたしたちがこの学園を変えましょう」
彼女の柔らかな笑顔は確かに僕の芯まで届いていて――
「このつまらない『現実』を塗り替えましょうよ、会長」
僕の心は確かに彼女の笑顔に掴まれてしまったのだった。
そう言って、彼女は僕に手を差し出した。
「改めてよろしくお願いします、生徒会長」
僕は彼女の柔らかな手を握りながら、ただ茫然と彼女の瞳を見つめていた。
これは、僕たち生徒会が権力を得るまでの物語。
そして、僕たちは『現実』を塗り替える。
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