逆光の男(ニ)
「はっ」
中庭では、文種(ぶんしゅ)が再び主君の間隙を衝いて、勾践(こうせん)の左腕に強(したた)かに打ち込んだ。
「ぐっ」
際どいところで、勾践の棒が受け止めて押し返す。
しかし、足場自体は確固としたままの文種に対し、若い主君は反撃の際に微妙に均衡を崩したらしく、前のめりに二、三歩よろける格好になった。
――陛下のあれは、まるで千鳥足(ちどりあし)ではないか。
言葉にはしないが、見守る列臣たちは苦笑して互いの顔を見合わせる。
末席に座す、ただ一人の男を除いて。
「そろそろ……」
文種は艶のいい丸顔に生じた汗を袖で拭った。
元来赤ら顔のところに、炎天下で打ち合いをしているため、顔全体が緋桃(ひもも)の様に上気している。
「終わられますか?」
大夫のふくよかな頬に比して小さな丸い目は、自らが優勢に立つ余裕より、むしろ年少の主君への懸念を示していた。
「先ほどの傷の手当てを……」
「構うな」
文種の言い掛けを勾践が再び制する。
「掠(かす)り傷だ」
吐き捨てる様に告げると、若い主君は蜜色の長い首筋に張り付いた自らの髪を鬱陶しげに払う。
だが、髪を引き剥がす際に、うなじの擦り傷に擦(こす)れたのか、勾践はぎゅっと黒く薄い唇を歪ませた。
「今日の陛下はご不調の様だが」
日陰に座した列臣の一人が、苦笑と幾許(いくばく)かの憐憫を交えた語調で言い掛ける。
「好調の者が常に勝つとは限りませぬ」
応じる末席の男の目は、その実、ますます色濃く冴え渡る碧空を仰いでいた。
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