へげぞぞ超短編小説集第二期

木島別弥(旧:へげぞぞ)

第1話 民主主義を信じた男の子はモテないという話

 総次郎は、三歳で読み書きを覚え、保育園に行く頃には大人たちの価値観をおおよそ理解していた。童話の教訓を理解し、大人たちが子供に期待するものを理解した。すなわち、正しい民主主義だ。

 そんな総次郎は、二十歳になってもまだ恋人ができなかった。

 悩んだ総次郎は、学生心の相談所の大岩先生に相談した。

「先生、ぼくはそろそろいい年頃なのに、さっぱり彼女ができません。どうしたら、いいでしょうか」

 大岩先生は自信をもって答えた。

「よし、悩める青少年の問題を解決するのはわたしの仕事だ。まかせたまえ、総次郎くん」

 総次郎は不安ながらも、大岩先生の教えに自分が見逃していた知恵が見つかることを期待した。

「まず、総次郎くん、女の子がどんな男性に魅力を感じるか知っているかね?」

「いえ、わかりません。それがわかったら苦労しないですよ」

「なるほど。相当重症のようだ。女の子は、格好良くて、権力のある男性に引かれる。権力は最高の媚薬だといわれている」

「ええ、権力ですか!」

 総次郎はたじろいだ。ダメだ。大岩先生とは考えが合いそうにない。やっぱり別の人に相談しようと思った。

「そうだ、権力だ。女の子にモテるには、権力を振りかざし、多少、乱暴な方がよい」

「ええ、あの、わかりました。では、失礼します」

 総次郎が帰ろうとしたところだ。大岩先生は見透かしたように呼び止めた。

「待て。総次郎くん。きみは、そうやって、女の子の本音から逃げて生きていくつもりなんだろう。そんなことでは、一生、彼女などできないぞ」

「はっ」

 ずばり、自分が逃げようとしていたことを言い当てられて、総次郎は少したじろいだ。

「それでは、どうしたらいいんですか、先生」

「うむ。例えば、具体的にきみと付き合う可能性がある三人の女性について話をしよう。春香、夏美、秋子だ」

「はい」

「春香は、理想が高い。世界でいちばん強い男としか付き合うつもりがない。しかし、これはしかたのないことだ。女性がボス猿の子孫を残すことで進化してきた遺伝的文化的原因を考えてみても、女の子がいちばん強い男と付き合うと考えるのは、いたしかたのないことだ」

「でも、強いっていったいどういうことなんですか。どういう強さですか。頭の良さ、腕力、銃器の熟練度など、たくさんの要素があると思いますが」

 総次郎の疑問に、大岩先生はひとことで答えた。

「もちろん、強さとは、腕力だ。女は、関節技や銃撃戦、ナイフ術などの知識はない。女が強いと想像できるものは、単純に腕力が強いことだけなのだ。男はみんな単純に殴り合うだけだと思っているのだ」

「そんな。無茶苦茶ですよ。強さって、もっといろんな要素のあるものでしょ。複雑な現代戦の要素を彼女たちが理解しているとは思えません」

「もちろん、理解していない。だが、それでいいのだ。性欲は、本能だからだ。本能は、腕力を強さと理解するのがせいぜいなのだ。春香は、腕力が強ければ、付き合える。これが女の子の口説き方だ。きみは腕力は強いかね」

「いえ、あまり」

「では、春香を口説くのは難しいといわざるをえないな。だが、安心しろ。春香は、腕力だけでなく、権力にも性的魅力を感じる。軍隊の司令官がめちゃくちゃ強いことは、バカな女の脳でも理解できるのだ」

「権力ですか。でも、権力をもつなんていうのは、民主主義に反します。万民平等の精神にのっとれば、一人一人の労働者の労力が積み重なって国家の富が作られるのは、いくらなんでも彼女たちにもわかるはずだ」

「おおっと。きみは大きく勘ちがいしているようだ。恋愛対象は、学校で教えられる道徳の授業の通りにはいかないものだ。いいかね。女性が好んで読むロマンス小説のヒロインの相手役である男性の職業は、格好の良い権力のあるものだけだ。王さま、王子さま、ポップスターだけだ。その中に、肉体労働者は一人もいない。いいか。一人もいないんだ」

「そ、そんな。差別だ。肉体労働者がいなければ、世の中がまわらないのはわかっているのに。なんてことだ」

「待て待て、総次郎くん。問題は、きみの彼女になってくれる女の子が一人でもいるかということだ。このとおり、王さまにも、王子さまにも、ポップスターにもなれないきみは、春香と付き合うことはできない。だが、まだ夏美がいるじゃないか」

 大岩先生は、お茶を入れて総次郎に勧めた。総次郎は、ありがとうございます、といってお茶を飲む。

「夏美さんはどういう男性が好みでしょうか。肉体労働者でも付き合えるでしょうか」

「いい質問だ。夏美は肉体労働者とも付き合う。夏美の好きな男性も、やはり、強い男だ。これは変わらない。だが、夏美は、男の強さを小学校や中学校での強さが一生、つづくと考えているのだ。いわゆる、学校洗脳された女の子だ。きみは、小学校や中学校で荒々しく振る舞ってきたかな?」

「いえ、ぼくは大人しい子供でした」

「おう。それでは、夏美と付き合うことはできないね。夏美は、一生、学校時代にどれだけ威張っていたかで男性の魅力を決めてしまう。きみが夏美と付き合うのは無理だ」

「だけど、強いとか権力とか、必ず弱者がいて成り立つものだし、それでは万民平等の現代では、一部の男しか彼女ができないではないですか。まるで、民主主義が普及すると、必ず少子化するかのような理論です」

 大岩先生は、自分にもお茶を入れて、一杯飲みほした。

「そうだ。強さが男性の魅力である以上、そうなることになる。すると、きみと付き合うことのできる女の子は、深く民主主義や万民平等の人権思想に理解ある人だということになるね。ずばり、それは、秋子だ」

「おお、やった。秋子さんなら、ぼくと付き合ってくれるんですね」

「しかし、秋子が好きなのは、男と男のからみ、いわゆるBLなのだよ。秋子は、一生、BLにひたって生きるつもりだ。わかるかね。春香、夏美、秋子、この三人の中で、きみと付き合う可能性のある女の子は、ゼロだ。一人もいないんだよ。きみの彼女になる女の子は一人もいないんだ。わかったか」

 総次郎は、相談所を出て、一人、街へ散策に行った。大岩先生の話は、聞くだけ無駄だった。いや、しかし、もしかすると、ここに現代社会の病巣があるのだろうか。総次郎は深く献身的に考えるのだったが、彼女はできない。

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